2023年12月29日

今年、いちばん心に響いたことば

「かたむちょ」黒井秋夫の「白旗を掲げよう」というよびかけ。
要約も、しまい込むこともできないことばを抱いて、年を越す。

今年もいろんな本を読み、講演を聞き、友人たちと語り合い、ことばのシャワーを浴びてきました。わたしには早飲み込みのクセがあり「要するにこういうことね」と手早く分かったつもりになり、自分の引き出しにしまい込む。
しかし、要約もできず、引き出しにしまい込むことができないことばに出会うこともあります。
今年の5月9日に「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」が参議院会館に登場しました。78年にわたって閉じ込められてきた復員日本兵のPTSDと、それに苦しめられてきた家族の問題が、国会の場に姿を現した記念すべき集会でした。そのとき講演した「語り合う会」代表の黒井秋夫は、講演とはべつに、『非暴力・白旗を掲げよう!』という文章を配布しました。わたしが「要約も、しまい込むこともできない」ことばとは、その文章です。以下に、全文を採録します。

『非暴力・白旗を掲げよう!』 2023.4.20 黒井秋夫

1.交流館にはガンジーの肖像画を室内に掲げています。
ガンジーは非暴力主義を唱えました。
黒井が青年時代に経験した内ゲバの応酬、25年後のニューヨーク貿易センタービルへの旅客機突入、アメリカのオサマビンラディン等への報復、イラクへの米軍の侵攻などなど、暴力が暴力を呼ぶ連鎖に、私は何かを暴力で解決することはできない、と悟りました。そして非暴力にたどり着きました。その時、私は50歳をわずかに超えた頃でした。
非暴力と言えばガンジー、ガンジーを読みました。しかし、ガンジーに私は”しっくり”きませんでした。
ガンジーの非暴力は非暴力抵抗です。「敵・暴漢の前に身を投げ出して抵抗する行動」をガンジーは要求します。敵・暴漢を前にして逃げ出す様な卑怯な非暴力ではない、とも言います。
敵・暴漢(イギリス帝国主義)は非暴力抵抗する100人200人のインド人を殺すことはできても100万人200万人と殺すことはできない、そしてインドは非暴力抵抗で勝利する、とも言います。
私は繰り返し読んでも「敵・暴漢に身を投げ出す、殺されることを覚悟した100人の勇気」を自分は持つことはできない、そんな強い人間ではない、と認めざるを得ないと思いました。
ガンジーの非暴力は誰でもできる行動ではない。自己犠牲を体現できる、本当に勇気ある人しか実行不可能な高尚な非暴力と思います。私は弱い人間だ。銃を向けてくる敵・暴漢に死を覚悟して身を投げ出す勇気などこれっぽっちも持ち合わせていない卑怯な人間だ、と思わされました。

67才の時、ピースボートで沖縄那覇に向かう船中で沖縄伊江島の阿波根唱鴻さんの非暴力に出会いました。
1959年、沖縄に来た世界人権連盟議長に「米軍に取り上げられた農地はどうしたら取り戻せるか?」との阿波根昌鴻さんに「みんなが反対すれば取り戻せる」と連盟議長は答えたと言います。阿波根さんは深く納得しました。
相手が敵と思える米軍でも「会談の時は必ず座る。耳より上に手は上げない。静かに話す。道理を通して訴える。破壊者軍人を教え導く心構え」を、すべての人たちに理解してもらい農地を取り返す戦いを阿波根さんは実践しました。たしかに、阿波根さんが生きて勝利の日を迎えることはできませんでした。今もなお、農地は返ってきていません。それでも、その精神は伊江島の人たちに受け継がれています。

法然・親鸞は成仏することは誰でもできると説きました。修行などいらない。そのままの自分でいいのだと。人間誰もが悪人であり、善人しか成仏ができないならどんな人間も成仏できない、と言いました。
遠藤周作は沈黙の中で踏み絵を前に躊躇するロドリゴに「踏むが良い」とあの人・キリストは耳元でささやいたと綴ります。キチジローは「俺は弱い人間だ。何度もイエスを裏切った。自分をこんな弱い人間に生まれさせて、強い人だけが救われるのか」と叫びます。
私は悪人であり、ロドリゴであり、キチジローに違いありません。勇気など持ち合わせていない卑怯者の一人です。

私はそうして「戦争はしません。白旗を掲げましょう。話し合い和解しましょう」にたどり着きました。
戦争になったら、なりそうになったら、さっさと逃げよう。見つかったら白旗を見てもらおう。支配される覚悟を決めて屈辱にも耐えよう。生き延びよう。絶対に銃は取らない。それでも無力な私を殺すなら殺すが良い。殺して生き延びるより何ぼかましだ。
戦になったら逃げるのは遠い昔から遭遇したほとんどの先人が選んだ道です。戦国時代の農民も、明治維新の時にも兵士以外は皆逃げました。
ロシアに侵攻されたウクライナの母と子どもも老人も戦場から避難しています。
黒井は戦場から逃げる人たちを支持します。応援します。あえて言えば拍手を送ります。
逃げて逃げて生き延びて欲しい。いつか停戦の日が来る。そうしたら皆さんの出番です。母と子どもたちが手を繋いで次なる世界を作って欲しい。戦争のない平和な世界を作って欲しい。
逃げることなら誰でもできる、それも抵抗の一つだろう。高邁な理論も殉教も修行も必要ない。弱い人間の生きる道だ。戦争するより何ぼかましだ。

2.Wさんのおっしゃる以下の発言について、ちょうど私の非暴力を公開した時期と重なりましたので「私の考えとは少し違う」と私の思いを述べさせていただきました。
『万が一、日本が他国から攻められ不測の事態が生じた時には、軍事力ではない非暴力の抵抗によって、人的物的被害を最小限に留めることが可能である。』
私は攻められても武力やガンジーの主張するような抵抗はしないし、私はできない、と述べました。私の活動は「日本が二度と戦争をしない。誰もが安心して暮らせる平和な社会」をめざしています。だから、一にも二にも戦争をさせない、しない国家をめざしています。そのことは大前提です。
私の主張はそれでも戦争は起きるかもしれない。
その時には、その情勢でも個人の選択、覚悟は当然問われます。
黒井個人は「戦争はしない、人殺しはしない」を取るべき選択と考えています。
だとしたら、「まず逃げる。戦場から逃げる」であり、逃げきれなかったら「白旗を上げて命に従う」という選択を致します。付け足せば、私は「戦争はしない、人殺しはしない」が戦後日本の憲法であり、世界への約束と考えています。しかし、日本の憲法がそうだからの白旗宣言ではありません。もっと普遍的、世界がめざすべきことと考えています。
私は「人類はいつの日か戦争をしない世界・地球を作る知恵がある」という希望を持っています。
それは希望であり、説得力ある根拠、理論ではありません。
それでも私は「戦争はしません。白旗を掲げましょう。話しあい和解しましょう」の白旗を掲げ続けます。
実際に白旗をおつくりなった女性が2名ですがいらっしゃいます。
白旗が多数にならない限り人類は戦争から逃れられないと私は考えています。
しかし、知恵ある人類はいつの日かそういう考えに進化してたどり着くと信じているのです。
そう主張し続けることが未来を開くし大事なのだと考えています。
以上

粗削りな、洗練されているとはいえない文章です。ごつごつした手触り。だれがなんといおうと私はこう思っているという頑ななまでの信念。黒井と同郷の藤沢周平によれば、そういう人を庄内方言では「かたむちょ」というらしい。
わたしは「かたむちょ」黒井秋夫が述べている、まずは逃げる、逃げ切れなかったら白旗をかかげて降伏するという考え方に99%賛成です。77歳にもなったいま、暴漢が襲ってきたら、戦うことも逃げることもできず、身ぐるみはがされて降参するしかない現実があります。
「人類はいつの日か戦争をしない世界・地球を作る知恵がある」という希望を、わたしも抱いています。じっさいに、日本国内での内戦はこの100年おきていないし、世界の戦争や紛争の犠牲者も1950年以降、劇的に減っています(『ファクトフルネス』)。暴力の連鎖を断ち切り、戦争のない世界をつくって行こうと、わたしも心から思っています。

賛成しきれない1%は、ロシアの侵略に抗してたたかうウクライナの人たちへの支持です。イスラエルによるジェノサイドに抗うパレスチナの人たちの抵抗への支持です。
5〜60年前、ベトナムとアメリカの戦いではベトナムを支持してアメリカの敗北を願った。チェコの人民とソ連の戦車の戦いではチェコの人々を支持し、ソ連の敗北を願った。若いころのその考え方・感じ方は、いまも変わらない。変えられない。政治の用語でいえば「民族自決権」に対する支持であり、民法の用語でいえば「正当防衛」に対する支持です。この固定観念=バカの壁が、どうしても越えられない。

にもかかわらず、黒井のよびかけは重くこころに響く。
わたしの思考は、ほぼぜんぶ、誰かからの受け売り、借り物です。本で読んだこと、誰かから聞いた話の中から、自分の好みのことばをえらび、それらしく組み立てて「自分の考え」だと思っているにすぎない。
それに比して、ここに書かれている黒井のことば・思考は、まったくの自前です。
「『敵・暴漢に身を投げ出す、殺されることを覚悟した100人の勇気』を自分は持つことはできない、そんな強い人間ではない」
ガンジーに対峙し、わたしはあなたの言う通りにはできない、ときっぱりと拒絶している。
「私は悪人であり、ロドリゴであり、キチジローに違いありません。勇気など持ち合わせていない卑怯者の一人です」
自分のことを「卑怯者の一人」と自認するのは、容易なことではない。まして黒井は、2018年にたった一人で「PTSDの日本兵と暮らした家族の会」をたちあげ、自宅敷地内に「交流館」をつくり、5年がかかりで大きな波紋をつくりだしてきた。今年8月15日には朝日新聞が1面トップに黒井の顔写真とインタビューを掲載するという、5年前には想像することすら不可能な現象を引き起こした。「勇気など持ち合わせていない卑怯者」には、とうていなせるわざではない。

黒井の思考・ことばは、このごろさらに鋭さ、すごみを増している(以下、黒井のフェイスブックから)。
12月20日の朝日新聞に、イスラエルのユダヤ人「ガザの人の苦しみ8割が考慮の必要なし」という見出しが載った。私(黒井)はこれを「ガザの人の苦しみ2割が考慮の必要あり」と回答したと読む。
12月5日の朝日新聞に、「ウクライナでは徴兵対象の男性の内65万人が欧州に逃げだし、不正な手口で2万人が徴兵を逃れている」と報じられている。私は、この人たちと連帯したい。
10月19日朝日新聞デジタルに、プーチンが予備役兵を対象にした部分的な動員を発表したら「動員を逃れるための出国が相次ぎ、反対デモも起きた」と報じられた、私はこういう人たちと連帯したい。

さらに、自ら代表をつとめる「PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会」の運営について、次のように発信している。
「ある日のその時に、ある課題で一致する。そのことが全てだと私は考えています。もちろん、その一致する集団が、『家族会・市民の会』がどんどん膨らみ大きな集団になることを望んでいます。それでも何の強制も働かない集団でありたいのです。あくまでも誰にも束縛されない、本人の自由意思で集まっている、一緒に活動している集団であることをめざしたいと思います。それは簡単ではないかもしれませんが『家族会・市民の会』はその道を模索していきたいのです。
『誰それさん、来月も必ず来てください』とは言わないようにしています。少しであっても『強制を感ずる』言葉や行動はしないようにしているつもりです。強制することはできないし、仮にできたとしても120%力を発揮する生き生きした組織にはならないでしょう。
個人が尊重されて、自由な意思と判断で参加することも、不参加を選んでも誰からも非難されたりしない組織を私はめざしたいと考えています。」
理想論をふりまわしているのではなく、じっさいに「家族会・市民の会」はそのように運営されている。ほぼ毎月参加しているので、この目で見ている。「大きな声をださない」「誰かの発言を途中でさえぎらない」という、二つのルールが会議の冒頭に告げられる。これは、PTSDの日本兵の家族が、大声や大きな物音、強圧的な態度に敏感に反応するトラウマを抱えていることへの配慮です。ときどき地声の大きい老人の発言があったりはするが、黒井はそれを制することもあえてしない。
「家族会・市民の会」は、これまで日本の社会運動がとりあげたことのなかった「日本兵のPTSD」を課題とし、これまで日本の大衆運動が実践したことのない「どのような強制もない」「個人が尊重され、自由な意思と判断で参加」「不参加を選んでも誰からも非難されない」組織をめざす。かつての「ベ平連」に似ているともいえるが、PTSDの日本兵と暮らした(あるいは世代間連鎖している)家族=当事者と、寄り添う市民の協働という点では、ベ平連にはなかった要素を孕んでいる。いったいどのように成長していくのか。未知の世界に踏み出している。

黒井が4月20日に発した『非暴力・白旗を掲げよう!』というよびかけを、引き出しにしまい込まずに、年を越すことにします。みなさん、良いお年を!

黒井秋夫、渾身のメッセージに、敬意の乾杯。
左:黒井秋夫。右:交流館に掲げられている白旗。
2023年05月14日、「PTSD日本兵」の家族が参議員議員会館に登場https://boketen.seesaa.net/article/499343359.html
2023年08月15日、朝日新聞8月15日朝刊1面トップに黒井秋夫さんが登場https://boketen.seesaa.net/article/500372799.html
2023年10月31日、「PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会」が設立https://boketen.seesaa.net/article/501296612.html
2020年05月28日、ハンス・ロスリング『ファクトフルネス』https://boketen.seesaa.net/article/475307970.html
posted by 呆け天(ぼけてん) at 10:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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