2017年07月11日

NHKスペシャル「徹底解剖 藤井聡太〜“進化”する14歳〜」(7月8日)

天才少年の出現を祝い、AI(人工知能)と人間の関係を考える。

まだあどけない表情の中学生が、加藤一二三など名だたるプロ棋士との公式戦で29連勝する。
はにかみながら、「勝てたのは僥倖です」(20連勝した澤田戦の後)とかいう。僥倖って、中学生が使うことばかよッとつっこみをいれながら、つい彼がでてくるニュースや新聞・雑誌記事は見てしまう。NHKのニュース番組に、将棋の盤面がでてきてプロが解説するという、かつてみたことのない光景まで出現した。
羽生善治七冠誕生(1996年)以来の将棋フィーバーです。
つい最近、三浦弘行九段の「将棋ソフトカンニング疑惑→冤罪」騒動でミソをつけてしまい、地に落ちるほどイメージダウンしていた将棋界にとって、まさに起死回生の救世主です。人間社会は、こういう逆転がおこるからおもしろい。
全国各地で、将棋教室に子どもたちがやってくる。山形・天童市では将棋の駒が売れまくる。「囲碁将棋をやると子どものアタマが良くなるらしい」といったうわさが流れる。いいことづくめです。

7月8日(土) 午後9時、NHKスペシャル「徹底解剖 藤井聡太〜“進化”する14歳〜」は、藤井の強さの秘密に迫った、とても面白い番組でした。
強く印象にのこったこと二つ。
一つは、AI(人工知能)将棋ソフト「ポナンザ」による「指し手評価」を、プロたちがためらいなく受け入れていること。
藤井の全対局をAIが一手ごとに評価する。AIが「最善手」とする着手との落差が数字で示され、「悪手率」という言葉が使われる。
新記録達成となった29戦目の増田康広4段(19歳)との対戦。増田自身がAIソフト活用世代で、藤井対策をしっかり研究してきた。ペースを握った増田が放った42手目で、AIの考えた最善手は2六歩。しかし増田はやや勝負を焦って4九角成り。AIはこの一手を悪手と判定する。その後、この悪手をとがめた藤井が増田を追いつめて勝利し、連勝新記録を達成した。全局を通じての「悪手率」を、一手ごとの平均として表せば、藤井−15点、増田−72点なのだという。
この対局をふりかえる増田が「どちらかというと2六歩がコンピュータらしい手かなとは思ったのですが」藤井の強さへの恐怖から「早い決着」をもとめて悪手を指してしまったと語る。
AI「ポナンザ」が正着・最善手を知っている「神」で、不完全な人間がそれに近い手を打てるかというゲームが現代の将棋なのか?
そんなもののなにが面白いの、というくらいのものですが、どうやらそれが面白いと感じる感覚が人間にはあるみたいです。
AIの考える「最善手」にちかい手を打てる棋士が出てきたことを、プロ棋士自身が面白がっている。ウーム。

もう一つが、藤井が「AIには打てない悪手」を放って勝利した一局。
20戦目澤田真吾6段との対局。藤井はめずらしく悪手が多く、澤田に即詰め寸前まで追い詰められる。このとき110手目からの数手で、相手が間違えれば自分の勝ち、間違えなければ相手の勝ちという「ワナ」をしかけ、AIが決してうてない「悪手」を放って相手のミスを誘い、勝利を収める。
師匠・杉本昌隆7段は「AIは悪手だから選ばない手」を打てるからこそ藤井将棋は面白いのだ、と語る。
なるほど。人間同士のたたかいにミスはつきもの。「ミスしない」AIにはありえない手が、人間同士の闘いでは最高に魅力的な一手になる。ウーム。

囲碁より一足先に、AIに人間が勝てなくなった将棋の世界が、14歳少年の連勝でこれほど盛り上がる。しかも囲碁のアルファ碁のように「人間より強くなってしまったので引退」ということでもないみたいです。すると、AIとプロ棋士は共存しながら、将棋の魅力の新しい側面をひきだすのだろうか。
いずれにしても藤井総太クンの登場、すばらしい。囲碁の世界にも、同じような天才少年・少女がでてきてほしいなあ。

「今日は総太クンの番組があるから、早く帰るか」

土曜日は、碁会所→居酒屋のゴクラク日です。TVを見ているヒマなどない。ところが7月8日・土曜日の夜は、いつもの居酒屋で飲んでいたら「今日は総太クンの番組があるから、早く帰るか」となかまのひとりがいう。60〜80代の爺さんたちが「お、それもそうだナ」とサクサク帰る。
藤井総太、おそるべし。汝の名は、居酒屋グダグダ飲みより強し。
しかし、そのひとことのおかげで、この貴重な番組を見て、録画することもできました。

「将棋世界」8月号には、あの名作『聖の青春』の著者・大崎善生が「神を追いつめた少年」という連載を始めました。第1回「将棋との邂逅」。まだ、5歳の少年が瀬戸市にある将棋教室に通い始めるところまでしか書かれていないのに、ドキドキするほど面白い。

将棋界にあらわれた天才少年に、乾杯。
将棋世界 2017年8月号 -
posted by 三鷹天狗 at 10:57| Comment(0) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月09日

大田昌秀×佐藤優『沖縄は未来をどう生きるか』

たがいを尊重し合うふたりの、心ゆくまでの対話

対談の骨格部分は、雑誌「世界」2009年1月号〜2010年9月号に掲載されたものです。ですから、対談途中の2009年9月の民主党政権の誕生と、鳩山由紀夫首相の「普天間基地の県外移設」をめぐる迷走が、リアルに織り込まれている。
読みながら、当時の沖縄の期待と失望がありありと浮かんできて、息苦しいほどです。
第8章「政権交代が開いた可能性とその反動」(2010年4月号)では、大田が「もしも今後、民主党政権がつまずくようなことがあればバックラッシュで、より右寄りの一大連立さえおきかねません。自民党が逆転をもたらすだけの力があるか疑問だとしても、万が一にも逆転するようなことになると、国民はたいへん不幸な状態に陥るかもしれない」という、予言をしています。
ズバリと、予言通りのバックラッシュがおき、国民が「たいへん不幸な状態に陥る」事態になっている。歴史学者でもある政治家の、現実を読み、先を見抜く目に敬服するしかありません。

話題は、沖縄の歴史全般に及び、大田の底知れない学識・研究・経験を、佐藤が存分に引き出すという構図になっています。
佐藤優の母は大田昌秀と同じ久米島の出身であり、大田のことを「昌秀兄さん」と呼んで慕っていたという。久米島の生んだ自慢の秀才であり、遠縁でもあった大田を、終生誇りに思っていた。それが佐藤優にもひきつがれ、「大田先生は、沖縄の歴史で唯一の哲人知事であった」(P201)という、最大の賛辞を贈っています。
自民党や御用言論人からは「左翼」のレッテルを張られているが、実際の大田は保守・革新などという「本土の論理」を超えた沖縄固有の「セジ(霊力)」の体現者であった。大田の思想と行動は、沖縄の全歴史からうみだされたものであり、存在そのものが本土政府と拮抗し、対等である。大田県政の「代理署名拒否」の経験が、これから必ずいきてくる。
佐藤のことばは、のちに「保革の枠を超えた」翁長県政となって実現しており、いま現に安倍の暴政と対峙している。

大田も佐藤へのエールをおくっています。「かつてない有意義で興味尽きぬもの」「(これほど)知性あふれる対談は初めて」(「あとがき」)。対談の中でも、佐藤の強靭な思考が、キリスト教やマルクス主義の体験から生み出されていることが分かった、これまでは敬遠してきたが、もっと勉強すべきだったと敬意を表しています。
たがいに尊重し合うふたりの、1年半がかりの心ゆくまでの対話は、沖縄の未来にとっての貴重な資産です。

全編を通じての基調音は「沖縄の自己決定権」です。
沖縄のことについて決めるのは沖縄人だ。日米安保は保持し、米軍基地の75%は沖縄におしつける。これは植民地的な差別の構造だ。沖縄は、平成の琉球処分=辺野古新基地を許さない…。
佐藤が「太田さんはこのごろ独立論に傾斜しているのではないか」とふり、大田は自分が調べた沖縄独立論の系譜を丁寧に紹介しながら、「独立論がでてくる必然性」を語ります。断言はしませんが、大田の内心は大きく「沖縄独立」に傾いていると感じとれます。
佐藤は「独立を前面に出さない方がよい」という立場を表明したうえで、ソ連邦解体の時に小国があっさり独立するのを見てきた経験を語ります。「沖縄の人口は142万人です。これは独立国として十分やっていける人数です。」「ソ連の解体過程で、エストニア、ラトビア、リトアニア、モルドバなどの小国が独立する過程を見ている」「案外、簡単に実現できる」(P40)。
「思考実験としては、永世中立国宣言をして、それに成功したトルクメニスタンの事例を研究すると面白い」(P46)
なんだか「独立には慎重」といいつつ、独立のリアリティをさかんに語っているように感じます。

あらためて、偉大な沖縄人・大田昌秀氏を追悼する

本書で大田が縦横に語る歴史研究は、刺激的です。琉球処分のとき、日本政府は日清修好条規改定の事前交渉で先島諸島(宮古・八重山)を清国に渡すことを考えていた。曽野綾子などの右翼言論人の言説(「反沖縄」ビジネス)がいかに愚劣なものであるか。牛島司令官、長参謀総長の自決についての、軍関係者の記録と米第10軍司令部情報部の記録の違い。沖縄の人々をスパイ扱いした歴史。米占領軍と沖縄人との初期の蜜月。朝鮮戦争がはじまっていきなりの土地強奪と米軍への怒り。復帰運動や独立運動の錯綜…そのどれもが、沖縄の誇り、沖縄人の自己決定権に貫かれた研究です。
先月6月12日、大田昌秀氏は死去されました。享年92歳。6月19日のブログにも記しましたが、あらためて、偉大な沖縄人、歴史学者にして政治家・大田昌秀氏に追悼の意を表します。

火花を散らす「沖縄の知」に、乾杯。
沖縄は未来をどう生きるか -
大田昌秀×佐藤優『沖縄は未来をどう生きるか』岩波書店、2016年、1700円+税。
関連:2017年04月03日、孫崎享さん講演会http://boketen.seesaa.net/article/448664206.html
2016年01月10日、翁長雄志『戦う民意』http://boketen.seesaa.net/article/432358680.html
2015年05月21日、5・17沖縄県民、翁長演説。http://boketen.seesaa.net/article/419325697.html
posted by 三鷹天狗 at 09:25| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月07日

哲学するボクサー・村田諒太が輝いている

「村田諒太 再起への哲学」(NHK BS1 7月1日)に拍手

5月20日のWBA世界ミドル級王座決定戦で、誰がどうみたって勝っている試合を、判定負けにされてしまった村田諒太。命がけのたたかいを、愚かな(たぶん金がらみの)ジャッジによって泥まみれにされる。人生の理不尽きわまれりです。
どれほどの悔しさだろうか。村田は立ち直れるのか。
そんな思いで見た「村田諒太 再起への哲学」(NHK BS1 7月1日 午前0:00〜)でした。試合からわずか一週間後(5月27日)に行われたインタビューは、そんな危惧を完全にふっとばしました。それどころか、日本に、これまでありえなかったタイプのボクサー=哲学するボクサーが出現したことを告げるものでした。
びっくりしたなあ、もう!という、50年前の三波伸介の口ぐせが浮かび、見終えたあとに、TV画面に向かってパチパチと拍手を送りました。

あらわれた村田は、傷一つない顔、さわやかな笑顔、澄んだおだやかな目をしています。
ダメージを隠せない顔、苦笑い、拗ねた目で現われたって不思議はない場面のはず。
インタビューアー(武田真一アナウンサー)は当然のこととして、深く傷ついたであろう村田の気持ちを思いやって「判定への世間の疑問」から入ります。
ところが村田は「自分にとっての最悪のシナリオは、変な判定で勝つこと」だったという、意表をつく言葉から話し始めます。「変な判定で勝利を奪われて憔悴しきっていると思われるかもしれませんが、そんなことはまったくない」という語りには、強がりもウソも感じられない。
「やりきった、ということですか」と問う武田。
「そうではない、これまで自分の実力に半信半疑だった。この試合で、世界の最強レベルと闘えることが分かった。ボクシングへの情熱の火に油を注がれた。」
もうこの辺で、完全に引きこまれましたね。
なんなんだ、このボクサーは。

プロデビュー戦の前の日に父・誠二と電話で話しているとき、怖いと泣き出してしまったこと。その場ではうまい言葉が浮かばなかった父は、これまで自分が人生で影響をうけてきた本を村田に送る。なんとそれはヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』『人生にイエスという』であり、ニーチェ『ツァラトゥストラはこう語った』であり、アドラー『嫌われる勇気』であり、というのですから、父親もかなりぶっ飛んでます。
ボクサーに読ませる本かよ!とツッコミが入るところですが、村田はそれらの本に没入し、ボクサーという過酷な職業を生き抜く指針としていく。
「自分の人生を決めるのは『いま、ここ』に生きるあなたなのだ」(アドラー)
「誰もそのその人の身代りになって苦しむことはできない」(フランクル『夜と霧』)
オリンピック金メダリストからプロへの転向で悩み逡巡する村田を、哲学や心理学の本が支える。
「金メダリストという偶像が壊れることへの恐怖だった」
「コントロールできないもの(レフリー、ジャッジ等)を気にしない。コントロールできるのは自分だけ」
「自分を受容する。世界戦の前に寝れないのはあたりまえと、あきらめとともに受容する」
ことばのひとつひとつが粒だっています。哲学しています。

さらに、エンダムとの世界戦の映像を見ながらの会話がすばらしい。
第1ラウンド、まったくパンチを出さなかったのは作戦だった。独特のカウンター技術をもつエンダムのパンチをみきわめるためだった。ブロックに絶対の自信を持つから可能な作戦だった。第1ラウンドの終わり間際、残り10秒に一発放ったパンチは「相手を脅そうと思ったから」だった。
第3ラウンド、笑顔を見せる。「そのパンチじゃオレを倒せないよ」「一流の選手相手に自分のブロックが通用している。だからでた笑顔だった」
第4ラウンド、ついに炸裂した村田の右。残り34秒で放ったカウンターがエンダムの顔面をとらえ、みごとにダウンを奪った。「カウンターは、狙って出すのではなく、偶然に入るもの」と冷静に語る。
エンダムが後半、体を寄せてきた。自分に、短い距離から強いパンチを打つ技術がないが故に、勝ちきれなかった。チャンピオンズラウンド(第11・12ラウンド)を闘っているとき、楽しかった。試合中に日本語で「来いよ!」といってた。「最後は殴り合いだろ」というシンプルな気持だった…。
「初めてプロとしての試合ができた試合だった」
いやはや、おごりもなく卑下もなく、あの死闘をこういうふうに語れるのか。すごいボクサーだなあ。

試合後、保育園に息子を迎えに行ったら「春道クンのパパ、負けちゃったね。だけどカッコ良かった」と息子の友だちの女の子にいわれた。息子は、ぜんぜんめげていなくて、ニコニコ自慢のパパだという顔をしていてくれて、それがうれしかった。
この一週間の間に浮かんだ言葉は、との問いに「人生に意味を求めてはいけない。人生からの問いかけに最良の答えを見い出していけ」(フランクル)をあげる。すごいね。
インタビューの終わり、村田の言葉に感動した武田アナが泣きそうになっている…。

インタビューから約1ヵ月が過ぎて、世間が黙っていなくて(なにしろWBAの会長が「村田が勝っていた」という)再度の世界戦が日程にのぼってきている。
武田アナとのインタビューとの時とは違って、もはや世界戦に向けて再始動し、ギラギラした目で「人生に平穏を求めるな」という言葉を口にする村田の映像がエンディングです。カッコイイ!

ミドル級に、日本人チャンピオンが生まれる?この目でみたい。

中学・高校のころ、あれほど夢中だったボクシングへの熱が冷めたのは、完全に負けている日本人選手が判定で勝つ試合を、何度も見せられたからだった。不正な判定ほど、生死をかけて闘うボクサーを冒涜する行為はない。
それでも、モハメド・アリの雄姿や、1980年代のミドル級、ハグラー、レナード、ハーンズ、デュランの死闘は胸を熱くして見てきた。いま、そのミドル級に、すばらしい日本人ボクサーが登場してくれた。
どんな選手に育っていくんだろうか。究極の格闘技・ボクシングに、しかもそのミドル級に、あのハグラーやレナードと並び称されるスーパースターが誕生するのだろうか。ドキドキします。

村田諒太よ、世界のスーパースターになれと祈って、乾杯。
村田諒太.png 村田諒太.jpg
「村田諒太 再起への哲学」(NHK BS1 7月1日(土) 午前0:00〜0:50)
関連:2015年12月31日、映画『クリード チャンプを継ぐ男』http://boketen.seesaa.net/article/431912308.html
2015年01月03日、安藤サクラ『百円の恋』http://boketen.seesaa.net/article/411714696.html
2014年08月07日、祝!小関桃世界王座連続14度目防衛!http://boketen.seesaa.net/article/403319968.html
posted by 三鷹天狗 at 10:57| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする