2018年06月07日

映画『モリのいる場所』(監督:沖田修一、2018年)

熊谷守一は、夫婦で囲碁が趣味だった

樹木希林がでているので観にいった映画ですが、いちばん驚いたのは夫婦で囲碁を打つ場面です。
そうか、超俗の画家・熊谷守一(山ア努)の趣味は囲碁だったのか。それも、かなり弱いらしく、繕い物の片手間に打つ妻・秀子(樹木希林)にボロボロにやられて、「勝つことだけが目的か」などと泣き言をいう。
囲碁好きとしては、もうそれだけで嬉しくなってしまいます。
モリのいる場所.jpgc「モリのいる場所」製作委員会
観客は囲碁を知らないということを前提にしているので、タモリのにせ外国語のような怪しげな盤面になっていますが、それはしょうがない。ただ、納得がいかないのは、妻がアゲハマ(取った石)を碁笥のフタに入れるのではなく、コタツ板のうえに直接おくことです。何十年も碁を打っている人が、そんなことをすることはありえない。スタッフに碁を打つ人が一人もいなかったんだろうなあ。出演者にはきたろうがいて、彼はNHKの囲碁番組にゲスト出演するくらいの囲碁愛好家なのに、囲碁シーンのアドバイスをしなかったんだろうか。残念。
(ここまで書いてから、「熊谷守一、囲碁」で検索すると、熊谷の碁は定石もなにもない、まったく自由奔放なものだったようです。つまり二人とも「囲碁の常識」といったことにはまるで関心がなかったようですから、これでいいのかもしれません)。

山ア努と樹木希林の演技がしっくりとかみあい、小宇宙をつくっている。
97歳まで生きて現役の画家だった夫と、18歳年下で50年以上も連れ添っている妻。貧窮の中で子供を病気で失ったりしたつらい過去も、画家として名声を得て千客万来のいまも、すべてを包み込んだ夫婦像です。
洗濯物を干している妻の脇を、両手に杖をついて散歩の支度をした夫がでかける。いってくる、いってらっしゃいと声をかけあった夫の行く先は、20坪に満たない自分の家の庭だ。庭の木々、雑草、蝶やトカゲ、蟻を、ひたすら凝視する。
地べたに横たわって、蟻の行列を延々と見つめている。その果てに「蟻は左の二番目の足から歩きだす」という、ファーブルもはだしで逃げだす観察をする。
まさに超俗です。狭い庭が、大自然・大宇宙と化している。

むかし一休さんが、修業の果てにカラスがカアと鳴く声を聞いて悟りをひらいた、なんて話を聞いたことがありますが、悟りというのが宇宙・自然との一体感を感得することだとすれば、熊谷守一は30年間一度も外出せず居続けたというこの庭で、悟りの境地に達したんでしょう。そうでなければ「文化勲章あげる」といわれて、あっさり「いい(いらない)」とこたえることはできない。

樹木希林と山ア努。もはや名老優。

朝日新聞「語るー人生の贈りもの」の5月8日〜25日に、樹木希林の14回のインタビューが載った。「向田さんの脚本ですか?『才能ないなあ』と思っていたわね」など、絶好調の語りです。この第13回に、「モリのいる場所」のオファーがきたとき、山アと初共演できるというので「はい!やります」と即決したこと、撮影は至福の時間であったことを語っています。映画については、よいできだが「破けていないこと」が心配、という感想を述べています。そういえば、樹木希林というのは、どんな映画・ドラマに出ても「破けた」ところをつくる役者だった。
山ア努は『サライ』6月号のロングインタビューで「僕は俳優として未だアマチュアでしかない」という、おそろしいことばを発しています。
二人とも、もはや老名優です。『マルサの女』など伊丹十三作品での山アの名演・怪演、「ジュリイィィ!」と叫ぶきん婆さんや、富士フィルムのCM「それなりに」の樹木希林。くっきりとまぶたに焼きついて忘れられない。

碁を打つ熊谷守一(山ア努)と秀子(樹木希林)に、乾杯。
モリのいる場所2.jpg
映画『モリのいる場所』(監督:沖田修一、2018年)6月4日(月)11:00〜イオン・シネマ、シアタス調布
監督・脚本:沖田修一、出演:山ア努、樹木希林、加瀬亮、吉村界人、光石研、青木崇高、吹越満、池谷のぶえ、きたろう、林与一、三上博史
関連:HP「畑に家を建てるまで」の「熊谷守一」http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/silent.html
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2018年06月05日

原田マハ『たゆたえども沈まず』

ゴッホが切り落としたのは、耳たぶの先っぽだけだった

ゴッホといえば、ひまわり、貧乏、耳きり落とし、自殺です。
50数年前、東北の片田舎で、ひまわりの絵と、生きている間は世の中に認められなかったハナシをセットで記憶した中学生は、天才画家=貧乏という固定観念をずいぶん長くいだいていました。

名手原田マハは、加賀藩の蘭学者の家に生まれた青年・加納重吉が、尊敬する先輩で画商の林忠正によばれて勇躍フランスにでかけていくという仕掛けで、わたしたちを1880年代のパリに連れていきます。ナポレオンの親族が貴族扱いされているような時代の、フランスです。
芸術を愛好する若いエリート・重吉の、焦がれるようなパリへのあこがれ。慣れないモーニング姿の東洋人を、珍奇なものとして見るフランス人の視線。貴族趣味の絵画が、新興ブルジョア好みの印象派の波に駆逐されていく時代の流れ。フランス・ヨーロッパにまきおこった日本の浮世絵や工芸品への高い評価=ジャポニズム。そのチャンスをとらえて活躍する画商・林忠正の仕事ぶり。
青年重吉のみずみずしい感性がつたえる当時のパリに、次第に感覚がなじんでいきます。

重吉は、同年代の画商・テオと親しくなり、テオの兄・ゴッホのことも知るようになる。なにか卓絶したものをはらんでいるとみえるゴッホの絵だが、まったく世の中からはうけいれられない。確かに、作者が表紙につかった「星月夜」なんて、唯一無二、美とも狂気ともつかぬ作品です。これが当時のフランスで受け入れられなかったのはしょうがなかったんだろうなあ。
テオの援助を酒でつかいはたしてしまうゴッホ。ゴーギャンとの同居と共同創作がうまくいかず、耳きり落とし騒動をおこす。やがて、孤独のうちに自殺。重吉がテオから聞くさまざまなエピソードで、ゴッホの悲劇的な生涯がつづられます。
世に受け入れられなくとも描き続ける孤絶・孤高の画家には、テオという、画商にして兄弟の、絶対的な理解者がいた。
テオは、ゴッホの死後1年とたたずに、愛する妻と子どもを残して亡くなる。せめてテオには、ゴッホの絵が世界の賞賛を浴びる場面を見せたかったなあ。

本作でいちばん驚いたのは、ゴッホが切ったのは耳たぶの先っぽ、小指くらいの大きさにすぎなかったということです。なんか、大仰に包帯を巻いた自画像の記憶などあるから、片耳全部をすっぱりと切り落としたのかと思っていました。
治療にあたった医者がテオに「小指の先程度ですよ。しかし、びっくりするほど血が出たのです。指でも耳でも、体の先端っていうのは、傷つくと出血が激しいものなのです」と説明するくだりがリアルで、テオの、人騒がせなバカ兄貴への憤りと、たいしたことがなくて良かったという安堵が、まざまざと伝わってきます。

架空の人物?それは誰だ

長い物語が終わり、映画のエンドロールのような、40数冊の<主な参考文献>協力を得た個人や公的機関の紹介につづき、「この作品は史実をもとにしたフィクションです。架空の人物に特定のモデルは存在しません」ということばがきます。
「架空の人物?」それは誰だと思いかえすと、<主な参考文献>のタイトルに一度も名前がでてこない加納重吉しかありません。
加賀藩に生まれ、東京の開成学校(のちの東京大学)でフランス語を専攻し首席で卒業、先輩・林忠正を慕ってパリにやってきた青年。彼が作品全体の狂言廻しとなっているから、快調に読み進むことができた小説です。その重吉が「架空の人物」というのですから、原田マハには負けるしかありません。
読みはじめに重吉がでてきたとき「また加賀藩かよ」などと、最近読み終えたばかり『西郷の首』の、二人の加賀藩士のことなど思い浮かべたのですから、ウブというか、だまされやすいというか。
では不快かというと、そうではありません。それこそ、「ひまわりと貧乏」くらいしかゴッホについての知識がない爺さんが「そうだったのか、つらかったなあゴッホ。良く支えたなあテオ」とゴッホ兄弟に感情移入しながら読了できました。

ゴッホとテオの兄弟愛に、乾杯。加納重吉の純情に、乾杯。
たゆたえども沈まず
原田マハ『たゆたえども沈まず』幻冬舎、2017年、1600円+税。
関連:2016年12月25日、原田マハ『暗幕のゲルニカ』http://boketen.seesaa.net/article/445233798.html
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2018年06月03日

沖縄の友人より(54)もう、貝だって黙ってはいられない

世界に一属一種、大浦湾にしかいない「サンゴウラウズ」が死滅の危機に

5月23日のキャンプ・シュワブゲート前の座り込みで、名護市議の大城敬人さんは「もう、貝だって黙ってはいられない」と、5月31日に開かれる日本貝類学会の黒住耐二さんの講演会を案内した。チラシにはこう書かれている。
「もう、貝だって黙っていられません。私の名前は『サンゴウラウズ』。世界に一属一種、大きさ3センチくらいの小さな巻貝です。世界でも辺野古の大浦湾でしか見つけられません。一属一種と言うのは佐渡のトキ、やんばるのノグチゲラとおなじ貴重な存在です。私だけではありません。辺野古の大浦湾には少なくても、1000種を超える私(貝)の仲間たちが住んでいます。2002年、2006年の調査で、この海域で8種類の日本では初めての貝が確認されました。
狭い地域に、多様な環境を持つ辺野古沿岸地域・大浦湾は、沖縄の貝類の典型的な生息環境をセットで再現できる貴重な海なのです。私たちの住むこの豊かな海に毎日、10dトラック400台分もの砕石が投下されています。苦しいです。助けてください。止めてください。」
違法な砕石投入を止めるための座り込みが、機動隊の暴力的な排除に抗して、今日も続く。

<写真>@2018.5.23 キャンプ・シュワブゲート前座り込み。はじめに、大阪うたごえ協議会のメンバーが歌。「やんばるの森の小さないのち」など。A5.23 警察機動隊がゲート前の座り込みを排除して歩道上に囲い込むオリ。辺野古は無法地帯だ。B5.23 島ぐるみ本部の阿波根さんが塩川港での搬出阻止行動について報告。
C5.23 砕石を積んだダンプの運転席へ向かって「海をこわすな」と訴える。D5.23 囲われたオリの上にのぼり、埋め立て工事の中止を訴える女性。E5.23 国道329号線沿いのファミリーマート入り口の郵便ポスト。新基地の高さ制限の55mを越えている。
F5.24 米軍のサード配置に反対して闘い続ける韓国星州(ソンジュ)の代表団三人の報告集会。ハンカチでマスクしているのは機動隊に前歯5本を折られたのを覆っている。G5.25 韓国星州(ソンジュ)の代表団は平和祈念公園を訪れ、韓国人慰霊の塔で黙祷。そのあと、平和の礎の朝鮮人刻銘版を訪れた。H5.26 米軍の実弾射撃訓練で赤茶の山肌がむき出しになった久志岳。
I5.26 資材搬入の合間に、医労連の沖縄平和ツアーの参加者30人が一人ひとりあいさつ。J5.26 手前(久志側)からダンプが進入。向こう側(二見方面)からの生コン車が列をなしている。K5.26 キャンプ・シュワブゲート前座り込み。警察機動隊が歩道上に囲い込み拘束する道具。最近になって登場した。

5.15平和市民対県要請に40人
土砂投入前に県は埋立承認の撤回を!

5月15日午後、平和市民連絡会は沖縄県に対し、埋め立て承認の撤回を求める要請行動を行なった。会場となった県庁舎2階の会議室には予定の2倍の40人が詰めかけた。
代表世話人の宮城恵美子さんが「埋立承認の撤回を求める」要請文を読み上げた。要請文は、「土砂の投入は県民意思に鉄槌を打ち込む暴挙であると同時に、翁長県政を崩壊させる最大の手段として準備されている」と指摘し、「翁長県政が渾身の力をふりしぼり撤回を行なえば、たとえその効力が裁判所で一時的なものにされても、県民を鼓舞し団結させ、翁長知事再選へと突き進む力を与え、県民の基地反対の決意は全国全世界に伝播する」と述べている。
県側は「みなさんの要請は知事に伝える。あらゆる手段を行使して基地建設を止める考えに変わりないので協力をお願いしたい。防衛局の護岸工事は留意事項違反だ。K9護岸を使用した石材搬入も違反。今年1月から何回も防衛局に指摘し県の承認を受けるよう指導している」と説明した。

L5.15 県庁2階。埋立承認撤回をもとめる平和市民連絡会の対県要請行動。右から北上田さん、宮城さん、真喜志さん、松田さん、城間さん。
M5.16 キャンプ・シュワブゲート前座り込み 。手作りの看板を持参して参加。ジュゴンも、猫も、ヤンバルクイナも、赤ちゃんもすべてのものが新基地NO!.N5.16 南の久志方面からの工事車両が待機する中、強制排除にかかる警察機動隊。O5.16 ゲート前に駐車する警察車両の前に陣取り資材搬入を止める。機動隊が襲いかかる。P5.16 警察は強制排除の際何でもできるとでも思っているのか。警察官は節度を持て!
Q5.19 キャンプ・シュワブゲート前座り込み 。1回目の資材搬入・強制排除の一場面。警察官は正常な感覚を失ってしまっている。R5.19 ゲート前に座り込みスクラムを固く組む。S5.19 工事用ゲート前で資材搬入のダンプを止めるためにデモ行進。㉑5.19 海上行動にカヌー30艇。フロートを越えて抗議。カヌーにぶつかってきた海保のGBに抗議し責任者の乗るGBを取り囲んで抗議。
ひるまずにたたかう沖縄のみなさんに、敬意と連帯を表します。
posted by 呆け天 at 08:50| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする