2017年09月30日

朝井まかて『福袋』

長編力作系作家は、短編も読ませる

身分制という巨大なおもしがかかった社会でも、庶民は知恵をめぐらせ工夫をこらして生き抜いていた。あたりまえすぎるそのことが、笑いあり涙ありで語られます。色とりどりの短編8作、ぞんぶんに楽しませてくれます。
「晴れ湯」。なまけものの父、働き者の母が営む神田松田町の松の湯。ひとり娘のお春はまだ十歳ながら、いなくなってしまった三助の代わりに客の背中は流す、母のかわりに高座(番台)に座るの大奮闘。手習いに行って子どもっぽい連中に話を合わせるのが苦痛で、大人に混じって働き、世間のうわさ話を小耳にはさむほうがずっと楽しい。
お春の造形が、いじらしく可愛い。いまの世の中にだってこういう子どもはいるだろうな。強風の日に店をあけた松の湯は火事のピンチにみまわれて…というクライマックスがやってくる。
「莫連あやめ」。古着屋の娘あやめはこのごろ機嫌が悪い。大工の兄が棟梁の娘を嫁に貰ったのだが、あやめとおない年の兄嫁・お琴は、美人なうえに働き者、やかましやの姑の機嫌もしっかりとって、なんだかあやめができそこないの根性わるみたいにみえる。つまり大好きな兄をとられてやきもちをやいている小姑です。
ひょんなことから、男物の縦縞の着物をしたてなおした古着が「莫連流」の評判をよび、ちょっとしたファッションリーダーになったあやめだが、近所で評判のワル娘軍団に難くせをつけられる。ブチ切れたあやめは、軍団の中のいじめられっ子になっている幼ななじみのおそのをかばいながら、ワルの頭目・備前屋のお八重と対決。タンカはきったがボコボコにされかかったその時に…。
まんま、いまの世に連れてきたって違和感がなさそうなあやめが躍動している。これ、長編にして続編を書いてくれないかな。
そのほか、毛筆の目から見た人間模様という趣向の「ぞっこん」、大食い会のスターになっていく出戻り娘「福袋」、神田祭りの掛りになってしまった家主がぼやきながらがんばる「後の祭」、その日暮らしの若者が商売の面白さにめざめる「ひってん」(貧乏)、笑い絵(春画)をめぐる女絵師と悉皆(染物)屋の若者の恋の駆け引き「暮れ花火」、売れない役者に思いがけない贔屓がつく「千両役者」。
どれもが、切なくておかしくて、つかの間ぐいと小説世界に引き込まれます。長編作家・朝井まかては、短編でも名手です。

ノリにのってる朝井まかて

2016年に4作もの長編が刊行された朝井まかて。『眩(くらら)』『最悪の将軍』『残り者』『落陽』どれもが読み応えのある力作でした。『眩(くらら)』はNHKでドラマ化され評判になった。
まさにいまが旬、書き盛りということなのでしょう。一作ごとにテーマを変え、趣向を変える。読者を楽しませずにはおかないというプロ魂を感じます。ファンは勝手なもので、もう少し力の抜けたものも読みたいなどとも思っていたら、『福袋』はちょうど良いタイミングでした。

朝井の筆でいきいきと動きまわる江戸の庶民たちに、乾杯。
福袋 -
関連:2017年05月10日、朝井まかて『すかたん』http://boketen.seesaa.net/article/449532931.html
posted by 三鷹天狗 at 09:35| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月28日

祝!芝野虎丸・新竜星誕生

「優勝の味は?」と問われ「味は…しないです」と答える。

9月25日(月)夜、囲碁将棋チャンネルで、第26期竜星戦の決勝戦が放映されました。芝野虎丸三段(17)が余正麒七段(22)を破り優勝。17歳8ヵ月の優勝は昨年優勝の一力遼九段の19歳1ヵ月を更新して竜星戦最年少記録。また、プロ入り2年11か月でのタイトル獲得は史上最速。日本棋院の規定により、いきなり4段飛びで7段に昇段しました。
テレビ放映される早碁対局は、放送されるまで結果は伏せるというルールなのですが、この対局に限り7月31日に対戦したその日に、結果がマスコミで報道されました。8月以降の芝野の対局が7段で行われるので、いわば「バレバレ」状態になるからの措置です。
結果は分かっていますが、棋譜はまだ公表されていないので、いつもどおりテレビの前に碁盤をおき、着手を並べながら鑑賞しました。
解説は高尾紳路名人、聞き手は吉原由香里六段という豪華版です。
ふたりが、芝野と余の着手にたびたび「おォッ!」という驚きの声を発するのが可笑しかった。つまり、高尾・吉原の世代と、芝野・余世代では、着手感覚が大きく変わっているということです。ここはこう打つところ、こんな手は田舎に帰れと言われる、といった、高尾・吉原世代の「常識」を、芝野・余は平気で無視する。
盤面は序盤からスリリングな攻め合いになり、どちらがつぶれてもおかしくないギリギリの攻防。並べていて楽しくてしょうがない。そうだよな、これがプロの対局だよな。アマチュアの想像もつかない着手が連続し、ハラハラして並べる。だからこそプロなわけです。

乱戦を制して、芝野の中押し勝ちとなりました。
すばらしい。囲碁界に、井山裕太や一力遼につづく新しいスターが誕生した。万歳!

優勝杯授与などのセレモニーにつづいて芝野へのインタビューが行われましたが、これが傑作。
まず、なにを言っているのか聞きとれない。口の中でなにかもごもご言っているのですが、うまく聞きとれない。優勝した喜びは、はにかんだ笑顔にあふれている。しかし、定番のセリフ(「幸運だった」とか、「応援してくれる人への感謝」とか)や、ましてシャレたことをいったりするのは、まるで苦手なようです。いまどきレアものの、オタク度の高さです。
インタビューアーの吉原が「優勝の味はいかがですか」ときいたら「味は…」と口ごもり「…しないです」と答えた場面がハイライトでした。吉原が「アハハ」と笑いだし「そうですよねえ。味はしないですよね」と笑いが止まらない。
20年くらいまえに吉原(当時梅沢)がNHK杯の司会をしていて、棋士は忘れたがベテラン棋士の所作かことばのなにかがツボにきたようで笑いが止まらなくなったことがあった。ゲラ子の素質は昔からあったが、いまやベテランの風格ただようお母さん棋士です。その吉原を笑いころげさせる…芝野虎丸に座布団三枚。
将棋の藤井聡太(14)が「勝てたのは僥倖です」「一喜一憂してもしょうがない」など、日本語能力の高さを発揮して世間を驚かせていることとの、落差が際立ちます。
しかし、これでいいのです。ありえないほど個性的、というのは、プロとしての強力な武器です。
いいぞ、虎丸!世界の強豪とわたりあえる棋士になってくれ!

久々に吉原由香里の司会を楽しむ

囲碁老人の永遠のアイドル吉原由香里六段も、いまや堂々の44歳です。女優にまけないほどの美貌は健在ですが、モニターをみるときに目を細めるところなど、年齢を感じさせます。
竜星戦の司会は、高梨聖子アマ(山下敬吾夫人)が務めることが多く、他に多くの女流棋士も出演しますが主に若手で、吉原の司会という場面は決勝だけです。高齢囲碁ファンへのサービスで、たいへん結構でした。
高尾は現名人ですが、芝野・余に対して上から目線の解説はいっさいなし。そうか、そううつのか、という若い棋士の着手への率直な反応が好ましい。自身のブログ「たかお日記」に、決勝戦の解説をしたこと、竜星戦の打ち上げで芝野に「好きな食べ物はなに」と話しかけたら、長考の末に「わかりません」というこたえが返ってきたことを、ユーモアたっぷりに書いています。

囲碁界の若きスター、新竜星誕生に、乾杯。
芝野虎丸.png芝野虎丸竜星位。写真はWebサイトより。
2017年07月11日「徹底解剖 藤井聡太」http://boketen.seesaa.net/article/451703471.html
posted by 三鷹天狗 at 08:18| Comment(0) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月26日

「少女の夢 湯にきらめく」ーNHK小さな旅・9月24日

さながら、短篇映画の佳品を見るような映像

日曜日の朝は、NHK「さわやか自然百景」の美しい映像と音楽。続けて「小さな旅」が流れている。
見るともなく見ながら、途中で「これどこの町なの」などと旅先を確認したりする。ふたつの番組とも、じつに丁寧なつくりで、「ながら見」などという失礼な態度では申し訳ないくらいのものだ。休日にふさわしく、こころが自然におだやかになってくる番組です。
9月24日(日)の朝も、なんだかどこかの温泉のようだな、などとぼんやり斜め見していましたが、途中から画面に釘付け状態になりました。レポーターの山本哲也アナウンサーが入った食堂で、小さな少女が注文をとりにくる。店を手伝っている小学2年生・松本葵ちゃんだ。両親がやっている店を、忙しい時に自然に手伝うようになったという。
1000年以上の歴史をもつ城崎温泉(兵庫県)が、旅館、土産物屋、遊技場、外湯(立ち寄り湯)などの「共存共栄」で栄えているさまを、手際よく伝えながら、番組はこの少女にフォーカスしていく。
2歳年下の妹をつれて夜の温泉町のにぎわいを楽しむ少女。1学年30人という同級生たちとの交歓。温泉町の全体がこの少女を包み、見守っている。少女もまた温泉町のにぎわいを構成するかけがえのない一員であり、この町の未来でもある。
やがて妹も店の手伝いにでて、客に水を出したところまでは良かったのだが、厨房に戻るところでスッテンコロリンとみごとに転んでしまう。母親にしがみついて大泣きする妹にかわり、笑顔で接客をつとめ、妹になにか甘いものをあげてなだめる葵ちゃん。いやはや、ここで70老人の目にはじんわりと涙が浮かびました。
さながら、よくできた短編映画を見ているようです。天使のように、という形容がしたくなる少女と妹の姿。日々の商いに精をだしながら、町を存続・発展させるために労を惜しまない親たち。城崎温泉にひきつけられ、ひとときの休暇を楽しむ温泉客。そのすべてが醸し出すハーモニーに、酔いました。

そういえば、豊岡市・城崎は持続可能な町のモデルだった

見終わったあとに思い出したのですが、平田オリザ『下り坂をそろそろと下る』(2016年)で、城崎国際アートセンターの活動が「持続可能な地方都市モデル」としてとりあげられていました。無用の長物になりはてていたコンベンションセンター(1000人収容)の再利用アイデアを探るうちに、平田オリザと出会い、世界からアーティストを呼んで長期滞在型芸術活動をしてもらうことになった。これがあたり、たくさんのアーティストが城崎にやってきて、さながら国際芸術都市のようになってきている。これと、伝統の城崎温泉がコラボすることでいっそうのにぎわいが…というようなお話しでした。
今回の映像では、そのことはみじんもでてきません。ただひたすら少女・松本葵の魅力でひっぱっています。
城崎か、遠いなあ。行けるときがあるだろうか。

城崎の温泉町で天使のように輝いている少女の映像に、乾杯。
「城崎温泉 写真」の画像検索結果
写真はWebサイトより
「少女の夢 湯にきらめく」ーNHK小さな旅・9月24日(日)8:00〜8:30。
関連:2016年08月23日、平田オリザ『下り坂をそろそろと下る』http://boketen.seesaa.net/article/441261436.html
posted by 三鷹天狗 at 08:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする