2018年02月07日

沖縄・名護市長選、稲嶺候補敗北の衝撃

「嘆かず、依存せず、できる限りのことを黙々と、淡々とやっていく」ーチョイさんの沖縄日記より

沖縄県名護市長選が2月4日投開票された。
渡具知武豊  20.389票
稲嶺進     16,931票
辺野古新基地反対の先頭に立ち、オール沖縄の候補であった稲嶺氏が敗れた。今でも名護市民の6割が基地建設に反対という世論調査に変わりはない。しかし、「基地反対だけではやっていけない」というネガティブキャンペーンに、稲嶺陣営は抗しきれなかった。
遠くから「稲嶺ガンバレ」と応援していた者としては、残念無念、悔しくてなりません。
しかし、稲嶺氏の当選のためにがんばってきた名護市民、基地建設阻止の最前線でがんばっている方たちの悔しさとは比べるべくもありません。みなさんの言葉に耳を傾けるのみです。

翁長知事は、辺野古新基地建設反対は揺らがないことを表明したうえで、安倍首相が「名護市民に感謝したい」などと発言したことについて疑問を呈した。「国は沖縄が最初に出した民意を尊重してきたのか」「知事選、衆院選、参院選で(辺野古反対の)民意は出たが政府はそれを一顧だにしなかった」と指摘。「民意のとらえ方は、首相が胸を張って言えるようなものではない」と述べ、政府与党支援の候補者の勝った選挙結果が出た時のみ、地元の意向を尊重する姿勢を示す国を批判した。
「琉球新報」2月6日https://ryukyushimpo.jp/news/entry-659870.html
現地での闘いの先頭にたっている芥川賞作家・目取真(めどるま)俊さんは「逆境の中でこそ真価が問われる。敗因を真摯に反省し、現場での闘いを強めましょう」というメッセージを2月4日に発しています。「祝杯をあげている政府の政治家・役人は、沖縄県民・名護市民のことを腹の底では嘲笑っているだろう。米軍に奉仕することしかできないそういう連中によって、沖縄県民・名護市民が犠牲になることを許してはならない。」という強く深い怒り、決意が述べられています。
「海鳴りの島から」http://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/1ba8beeb8141184fcf5cf155d7b5e912
同じく現地の最前線から、匿名ブログで発信し続けている「チョイさん」は、目取真さんが4月に語ったことばを引用する形で「嘆かず、依存せず、できる限りのことを黙々と、淡々とやっていく」のみという力強いメッセージを発しています。
「チョイさんの沖縄日記」http://blog.goo.ne.jp/chuy/e/561faafaa94b93adb81cc825e30039df
映画『標的の島』の三上智恵監督は「辺野古の街の闇にトグチ陣営の乾杯の声がこだましてる」とはじまる長い詩をフェイスブックに投稿しています。「誰が何を失ったのか?光を失ったのはこの国ではないのか」という問いかけが、重く、胸に迫ります(2月4日23:49投稿)。
https://www.facebook.com/chie.mikami.54?hc_ref=ARQ9Ut0UAdLQCNHreXraSA-3p_qxegANv8UOw8J_uYowYm-8o6uUaXz-OGKwhWClYsg&fref=nf&pnref=story

「中央政府に弓を引く」ことの困難

ときの中央政府・政権にたてつき弓を引くことは、古来から尋常ならざる困難を伴います。むかしなら騎馬兵士が制圧にきたし、今はカネの力、威圧と懐柔が重く住民にのしかかります。
沖縄の人々が求めている「国土の0.6%にすぎない沖縄に、米軍基地の74%がおかれている異常事態の是正」という、あまりにもまともな要求を、政権の全体重をかけて圧殺する安倍政権。今回の名護市長選は、中央政府の暴政に、名護市民がいったん屈することになりました。しかし、なにも終わったわけではありません。
「嘆かず、依存せず、淡々と」米軍基地撤去を求め続けるたたかいは続きます。
左:2月5日朝日新聞夕刊、右:同2月6日朝刊
関連:2015年12月11日、高橋哲哉『沖縄の米軍基地』http://boketen.seesaa.net/article/431008252.html
2018年02月01日、映画『カタブイ − 沖縄に生きる』http://boketen.seesaa.net/article/456590436.html
posted by 呆け天 at 12:23| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月05日

北千住で「戌年落語会」というアマチュア落語会を楽しむ

演者全員が戌(いぬ)年。なんともおめでたい。

古い友人が属している「戌年落語会」というアマチュア落語愛好家の公演があり、北千住まで出かけました。12歳から84歳までの戌年生まれの17人が、昼の部・夜の部に分かれての公演。今年は戌年ですから、なんともおめでたい。私は、友人がでている昼の部を聴きました。

小噺   寝床家孫道楽(平18)
初天神  不動坊歌宴(平6)
ぞろぞろ 下町亭粗忽(昭21)
反対俥  若木家志楽(昭33)
茶漬間男 関大亭豆蔵(昭45)
法事の茶 若木家元翁(昭33)
  ─ 仲入り ─
涙をこらえてカラオケを 久寿里菊之助(昭33)
看板のピン えぞ家葉櫻(昭33)
毛氈芝居  古今亭志んー(昭21)

どの演者も、プロの落語をふまえつつ、自分の個性をいかした工夫で満員の客をわかせました。
中入り前の若木家元翁「法事の茶」。幇間が手に入れたお茶を焙じると、冥界から故人がでてくる。落語家(先代文楽、立川談志など)政治家(田中角栄など)を巧みな物真似で演じ、締めは太い眉をはりつけた淀川長治、当日いちばんの笑いをとりました。
久寿里菊之助「涙をこらえてカラオケを」は、桂文枝の創作落語。「カラオケ葬」という卓抜なアイデアが楽しい。
トリの古今亭志んー(しんぼう)「毛氈芝居」は、芝居を初めてみた殿様が、舞台の上の人殺し犯を逮捕させるという一幕。芝居噺がたいへんな迫力で、客を惹きつけました。
いやはや、たいしたものです。演者は、北海道からも名古屋からも来ている由。落語にうちこむ情熱がただごとではありません。それぞれの亭号も、プロのような縛りがなく、きままにつけていて、しかも思い入れがある。下町亭粗忽なんて、なんともいい名前です。

帰りは居酒屋「千住の永見」で軽く一杯
北千住まで来たのですから、帰りはどこぞで一杯やらずにはおられません。西口にまわってそぞろ歩き、「千住の永見」という店に入りました。近所の人が自転車で来てる感がいいね。まだ5時前というのに、ほぼ満席です。マグロぶつ、もつ焼き、エシャロットなど定番のつまみでビールと日本酒。ほろ酔いで帰路につきました。

落語は聴くものという固定観念を破って、自ら演じるみなさんの熱意と研鑽に、乾杯。
北千住3.jpg 北千住2.jpg
「戌年落語会」2018年2月3日(土)東京労音東部センター(北千住東口徒歩7分)。木戸銭500円。
posted by 呆け天 at 11:30| Comment(0) | 落語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月03日

川端基夫『消費大陸アジアー巨大市場を読みとく』

ラマダン明けにポカリスエット!アジア市場のダイナミズム。

「世界は意味と価値のモザイク」と説く、国際流通・アジア市場についての入門書。とても面白い。
インドネシアの全人口の8割を占める2億人のイスラム教徒に、大塚製薬のポカリスエットが爆発的に売れているのだという。
イスラム教では1年のうち約1ヵ月間は断食(サウム)が課せられる。ラマダンとよばれる断食の月には、日の出から日没まで、食べ物はもちろん水さえも口にできない。とうぜん夕方には脱水症状をおこす。とくに老人や子供には体にこたえる。
「ラマダン明けの渇きを癒す」飲料としてポカリスエットが認知され、他の飲料水の1.5倍の値段なのに、ものすごく売れている。

大塚製薬が「ラマダン明け」の需要にたどり着くまで、10数年を要した。
1989年にインドネシアに進出したが、日本でポカリスエットが売れる三つの要素「スポーツで汗をかいたあと」「風呂上り」「二日酔い」はインドネシアには存在しない。熱帯の気候の下でスポーツで汗を流そうなどという人はいない。湯につかる習慣はなくシャワーを浴びるだけ。イスラム教は酒を禁じているから二日酔いも存在しない。
さっぱり売れないポカリスエットがインドネシアで受け入れられたのは、2004年のデング熱の大流行だった。デング熱は、蚊が媒介するインドネシアの風土病で、冒されると数日間40度以上の高熱と下痢が続き、深刻な脱水症状に陥る。
この時の水分補給剤として、ポカリスエットが認知される。それは、営業マンが一軒一軒医療機関を訪問し、医薬品代替飲料として医者から患者に勧めてもらうように働きかけた、地道なマーケティング活動の結果だった。
スポーツの「渇きを癒す」飲料から、デング熱の「渇きを癒す」飲料へと、価値の転換が行われたシーンだった。ここでの社会的認知が、次の、ラマダンに「渇きを癒す」シーンへの飛躍を生みだしていく…。ドラマです。

人は商品をどのように意味づけ、価値づけて購入するのか。
それは国によって、地域によって、宗教や生活習慣によって、想像もつかないほど違うのだということが、さまざまな事例をあげて説かれます。
中国からの観光客がいま訪れたいのは、日本の平凡な農村だ。中国の、暗い貧しい農村と、日本の明るい「豊かな」(と少なくとも中国人には見える)農村部の対比に、彼らは驚愕する。
中国からの観光客がなぜ日本のドラッグストアで家庭用医薬品を爆買いするのか。それは都市部の金持ちしか医療の恩恵を受けることができない中国の現状ゆえだ。
吉野家はアジア市場でどのように受け入れられたか、味千ラーメン(本社:熊本)の豚骨スープが台湾と中国本土で爆発的に受け入れられた理由、ロッテのリキシトールガムが、またたく間に中国のガム市場の30%を占めたのはなぜか。日本の中古ピアノ(死蔵数500万台)が中国でなぜ売れるのか。
どの事例もただただ感心するばかりです。

川端の関心は、日本のモノやサービスをアジアでどうやって売っていくかにあります。大学教授が「日本の商品を売る」ことにかくもあからさまな熱意を示すことに、呆け天などは少し違和感を覚えますが、いまどきの「役にたつ学問」を求められるご時世では当然なのかもしれません。
自信喪失の裏返しとしての「日本エライ」病が蔓延しています。川端の、市場での検証に耐え得るモノやサービスとはなにかに徹したリアルな研究は、その治療にもなります。

「意味と価値のモザイク」という、世界理解の楽しさ

世界を理解するさまざまな方法のひとつとして「意味と価値のモザイク」という考えかたが加わりました。いいですね。相対主義で、柔軟で、排他主義から自由。どんな文明も文化も良しとする大らかさを感じます。
ある商品が市場に受け入れられるか、受け入れられないか。その一点をめぐる考察が、アジアの中で日本が生き延びていくにはどうすべきかという、問いかけになっています。

ラマダン明けのポカリスエットに、乾杯。
消費大陸アジア: 巨大市場を読みとく (ちくま新書1277) -
川端基夫『消費大陸アジアー巨大市場を読みとく』ちくま新書、2017年、780円+税。
posted by 呆け天 at 09:44| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする