2017年08月12日

沖縄の友人より(36)7.25辺野古海上大行動、「ドクロ前」の海を占拠

カヌー71艇100人、抗議船9隻、合わせて150人が海上座り込み

7月25日(火)午前7時半、大浦湾の浜のテントには、ウェットスーツ、マリンシューズやトレパン、ジャケットに身を包み、いつでも海に出ることのできる人々が続々と集まってくる。
海は静かだ。100艇のカヌーが現場に座り込むとの情報に、さすがに防衛局もこの日の海上工事を諦めたのだろう。たくさんの人々が集まれば工事が止まるのは、ゲート前も海上も同じだ。
71艇のカヌーとレインボー旗を掲げた9隻の抗議船に乗る150人の海上行動団は作業現場の浜から張り出された汚濁防止膜の周辺に集まり、「新基地反対」「埋め立て阻止」「土砂投入するな」「海を壊すな」などのプラカードを掲げるとともに、声を限りに埋立て工事やめろ!海を守れ!と叫んだ。この日、大浦湾の海は、基地建設阻止の海上行動で占拠された。

@2017.7.25 カヌー71艇、抗議船9隻による海上行動。通称ドクロ前の海を占拠。工事を阻止。Aプラカードによるアピール。
P7.25 カヌー71艇、抗議船9隻による海上行動.jpg@Q7.25 アピール.jpgA
B汚濁防止膜周辺でプラカード。C「不屈」号の黄色い旗にはハングルで「海軍基地反対カンジョン村」。D「翁長知事の指示に従い違法工事を止めなさい」と訴える平和丸。
R7.25 アピール (2).jpgBS7.25 ハングルで「海軍基地反対カンジョン村」.jpgC㉑7.25平和丸.jpgD
E通称ドクロ前の海でデモンストレーションするブルーの船。F海外からの連帯メッセージを高く掲げる。G海上行動を終えて、浜のテント2で、海外からの連帯メッセージを掲げるカヌーチーム。
㉒7.25 ブルーの船.jpgE㉓25 カヌーメンバー.jpgF㉔7.25連帯メッセージ.jpgG

7.29土曜行動に200人、終日資材搬入をSTOP
H2017.7.29 キャンプ・シュワブゲート前座り込み。あまりの暑さに場所をテントに移して集会を継続。I大城敬人名護市議が稲嶺市政7年間の成果を報告。J沖縄市の島ぐるみがあいさつとアピール。K座り込みを行うゲートの向かいの基地内に設置された監視カメラ。
L7.29 テントに移して集会.jpgHM7.29大城敬人名護市議.jpgIN7.29 沖縄市の島ぐるみが.jpgJO7.29監視カメラ.jpgK

8.2辺野古水曜行動、150人がゲート前で県警と攻防
県警・機動隊は、横断幕をはぎとり、座り込みを手荒く排除する。日本環境法律家連盟と沖縄ジュゴン訴訟弁護団の弁護士7人が7月31日から8月4日、新基地建設に抗議する市民の人権が侵害されているとして、ゲート前を訪れ実態調査し、その結果を県庁記者クラブで発表した。

L2017.8.2 キャンプ・シュワブゲート前座り込み。警察が横断幕を撤去する。官邸の指示、権力の嫌がらせだ。M警察官に詰め寄り激しく抗議する参加者。N基地の中から様子をうかがう軍警。
@2017.8.2 横断幕を撤去.jpgLA8.2 抗議する参加者.jpgMB8.2 様子をうかがう軍警.jpgN
O木陰に設けられた救護班。この日は鹿児島からの看護士が待機した。P日本政府と米軍への怒りを込めて「県警の横暴許さんぞ」Qわがもの顔に国道を行き来する米軍車両に抗議R基地の中から出てきた機動隊のカマボコ車を止める。
C8.2 救護班.jpgOD8.2 県警の横暴許さんぞ.jpgPE8.2 米軍車両に抗議.jpgQF8.2 カマボコ車を止める.jpgR
S最近ますます乱暴になってきた機動隊による座り込み排除。㉑囲い込みが続く中でも、トイレ送迎を呼び掛ける。㉒資材を下ろして帰るダンプに抗議。㉓ガードマンの背後にいるのが防衛局。基地建設の黒幕だ。
G8.2 機動隊.jpgSHトイレ送迎.jpgIダンプに抗議.jpgJ防衛局.jpg

決して忘れない。104号線沿いの献花台には今も花を手向ける人が絶えない

昨年4月の、元海兵隊で嘉手納基地勤務の米軍属による女性暴行殺人事件から1年3か月以上が経過した。しかし、県民は決して忘れない。20才の女性の命が理不尽に断ち切られた事件のむごたらしさに、二度と同じような犯罪を起こさせてはならないと誓った。
7月21日午後、104号線沿いの献花台を訪れた。献花台の花が少ししおれていた。この炎天下、数時間もすればしおれてしまうだろう。献花台に置かれた花や飲み物の様子から毎日人々が訪れていることが見て取れる。手を合わせて冥福を祈るとともに、米軍犯罪が二度と起きない、基地のない平和な沖縄の実現を心に誓った。
         K死体遺棄現場の献花台.jpg
炎天下、不屈のたたかいを続ける沖縄のみなさんに、敬意と連帯を表します。
posted by 三鷹天狗 at 07:58| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月10日

満艦飾の盆踊りやぐらに遭遇、いいもんですね

いつもの碁会所→居酒屋ゴクラクコースの帰り道、近所の小さな八幡様から陽気な東京音頭が聞こえてくる。あんな狭い境内で盆踊りをするのかと一驚。同行の囲碁仲間とのぞいてみると、満艦飾のやぐらが組まれて盛大な盆踊り風景です。
盆踊り20170805 (2).jpg 盆踊り5.jpg
夜店、本部席、浴衣姿の小さな子ども連れの家族、やぐらの上で太鼓をたたく若者…盆踊りのすべての要素がコンパクトにそろっています。
いいなあ、日本の夏。
盆踊り3.jpg 盆踊り6.jpg
ところであの美声で唄っている人はどこにいるのと、やぐらを一周しても見つからない。太鼓は生演奏で景気よく響いているが、そういえば笛の奏者も見えない。もしかして太鼓以外はCDで流している?本部席に聞いたらやはりそうでした。そうか、いまどきの盆踊りはこういう仕組みになっているのかと感心して、家に帰ってトクトクと披瀝したら「あったりまえじゃないの。そんなことも知らなかったの!」と一蹴されました。
やぐらの上で、民謡が得意なおじさんおばさん、美声自慢の若者が唄っている秋田の田舎の盆踊りの光景は、もはやおとぎ話のように昔のできごとです。
日本の夏に、トホホの乾杯。
posted by 三鷹天狗 at 07:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月08日

國分功一郎/山崎亮『僕らの社会主義』

マルクス・レーニン主義とは無縁の社会主義が、熱く語られる

ともに40代前半の学者ふたりが、社会主義について熱く語りあっている。
ただし、呆け天世代が社会主義を論じるときの前提になっている「社会主義=マルクス・レーニン主義」という等式は、ふたりにはまったくない。
ふたりにとってマルクス・レーニン主義は「失敗した全体主義」、過去の遺物として扱われている。
そうか、無理もないか。ソ連崩壊(1991年)のときに16〜7歳だったふたりが、大学に入った時のアカデミズムの世界では、マルクス経済学は総退場していた。中国では、ケ小平が南巡講話(1992年)で「社会主義市場経済=一党独裁資本主義」の実験をはじめていた。
わかもの用語でいう「オワコン=終わったコンテンツ」が社会主義であって、そりゃあ見向きもしなかったろうな。当時40代なかばで、呆然として世界の動きをながめていた呆け天とは、見えている世界がまったく違っている。

ふたりは行動する学者、現実世界と密接にかかわって思索を深めるタイプの学者だ。
國分は、東京都小平市の都道建設計画の見直しを問う住民投票に深くかかわり、地方自治、民主主義、住民参加などについて魅力的な提言をしてきた。
山崎は「コミュニティデザイナー」として活躍し、人口減少に悩む地方自治体や集落でさまざまな実績をあげてきた。藻谷浩介との共著『藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのでしょうか?』(2012年)は、停滞する日本社会に風穴をあけるような爽快さに満ちている。

ふたりが熱く語る社会主義は、エンゲルスが「空想的社会主義」とレッテルを貼って切りすてた、イギリスの初期社会主義思想です。ロバート・オーエン、トマス・カーライル、ジョン・ラスキン、ウィリアム・モリスなどの著作や行動が、くわしく、豊かに論じられる。
恥ずかしながらわたしは、ここにあげられたイギリス初期社会主義思想家たちの著作を、一冊も読んでいない。読むにあたいしない、社会的使命をおえた「空想」と思い込んでいた。
ところがふたりは、いま世界が格差と貧困の問題に直面している事態は、当時(19世紀)のイギリスの格差と貧困問題と向きあったモリスたちの思索と行動から学ぶことで、突破の糸口がみえると予感しているようなのです。エンゲルスのレッテル貼りがいかに不当か、ボルシェビズムに一元化された社会主義がいかに貧しく楽しくないか、モリスたちの実践がいかに可能性に満ちているか…。
トホホ。いまからラスキンとかモリスとか、読めるかなあ。

2006年に亡くなった米原万理は「世界史的に見ても、共産党が政権を奪取して国民が幸福になった例は皆無。しかし野党である限りは、かなり頼りになる」(『偉くない「私」が一番自由』)ということばを残した。「マルクス・レーニン主義」は、体制批判の武器としては使えるが、人々を幸せにする社会の建設には使えない、という米原の断定です。
「全体主義的な解決を求めるのではなく」ということばは、ふたりの対話で繰り返しでてきます。いま生きている人々が「日和をみながら」楽しく生きていける方策を探り続けるーそれが、ふたりのいう「僕たちの社会主義」のようです。オビのキャッチコピーが「いまこそ楽しい社会革命を語ろう」です。

「主義は病気だ」という山崎の上司のことば

ふたりが、民主主義、コミュニティ、まちづくり、楽しさの自給自足(楽しさ自給率)、社会主義のつまみぐいなど、自在に語っている立場も思考も用語も、呆け天世代の「右派、左派」といった感覚とは完全に断絶している。
対談中に、山崎が研究所の上司(経済学者・林敏彦)から言われたという「主義は病気だ」ということばが、対談全体を貫く基調になっている。どんな主義も「正しさの体系」のトリコになり、日和見や楽しさは放逐される。日和を見て、楽しく生きることこそ、豊かな生活なのに…という風に。
なるほどなあ。「主義は病気」か。「正しさの体系」を追い求める人間の病気が、全体主義という牢獄をつくりあげるのか。
いまさら捨てることもできない左がかった価値観のまま、これからもふたりの著作には注目していきます。

息子世代の学者たちの、エネルギーと希望に満ちた対話に、乾杯。
僕らの社会主義 (ちくま新書 1265) -  國分.jpg
國分功一郎/山崎亮『僕らの社会主義』ちくま新書、2017年、800円+税。
関連:2016年07月14日、米原万理『偉くない「私」が一番自由』http://boketen.seesaa.net/article/440021757.html
2016年06月19日、國分功一郎『民主主義を直感するために』http://boketen.seesaa.net/article/439128234.html
2016年06月28日、村上稔『買い物難民を救え!』http://boketen.seesaa.net/article/439478200.html
posted by 三鷹天狗 at 08:25| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする