2017年06月21日

1局3秒、1日3万局の自己対戦ーアルファ碁は「神の一手」に近づく

もはや、人間のトップ棋士より3子強い?

囲碁ファンにとって衝撃だったのは、2016年3月に、韓国のトッププロ棋士・李セドル9段がAI(人工知能)アルファ碁と対戦し、1勝4敗で敗れたことでした。
チェスや将棋でコンピュータが勝ったといっても、囲碁で勝つにはあと何年もかかる、囲碁はそれだけ奥が深いというようなことを、囲碁雑誌はトクトクと書いていたし、純朴な呆け天など「そうなのか」とアタマから信じていました。それがあっさりアルファ碁に負けるとは!
そして今年5月23〜27日、現在世界最強といわれる中国のプロ棋士・柯潔が3連敗した。柯潔は「アルファ碁にはつけいるスキがなかった」と、完敗を認める談話を発表しています。
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この結果をうけて、アルファ碁を開発したディープマインド社は、囲碁の世界から引退すると表明した。他の、社会的に重要な課題に向かうためというのが公式の説明だが、呆け天はそうではなかろうと思います。これ以上やると、人間から「囲碁の楽しみ」を奪うことになりかねない、「プロ棋士」という職業の人たちから仕事を奪いかねない、というのが「囲碁からの引退」の理由だと感じます。

週刊『碁』2017年6月19日号で、ディープマインド社が公開したアルファ碁の「自己対戦譜50局」の連載がはじまりました。
記事の冒頭に、アルファ碁は「自己対戦」で、1局3秒の碁を、1日3万局、打ち続けると書いています。1手3秒ではない、1局3秒です。囲碁はだいたい1局200手くらいですから、1手0.015秒でうつわけです。そして1日3万局。これを1年続けたら1千万局以上です。
「あくまでも統計上」とことわりながらですが、ディープマインド社は「昨年の李セドル戦のときより3子強くなっている」という。それなら、柯潔が3連敗するのは当然です。
プロ棋士の世界では、きのう初段になったばかりの新人も、9段のトッププロと互先(ハンディなし)でうちます。2子置くなどという手合いは考えられない。置いた方が必ず勝つ。そういう天才たちが争っているのが、日本、韓国、中国のプロ棋士の世界です。
それらのトップ棋士より「3子強い」のであれば、もはや「神の領域」です。
むかし藤沢秀行は、われわれの打つ手など「神の1手」にくらべれば赤子のようなものと語っている。アルファ碁がこのまま自己対戦を3年5年と続け、「最適解」を求め続ければ、やがてトッププロが3子おいても5子おいても勝てない領域に入り、プロ棋士の存在意義そのものが消滅する。そういう恐ろしいことがおきるということです。
ディープマインド社の「囲碁の世界からの引退」を歓迎します。
わたしも、アルファ碁の棋譜をならべて「人間ならぬ一手」の妙味を、安心して楽しみます。

シンギュラリティは、ほんとにくると実感

世の中では「シンギュラリティ」(特異点。人工知能が人間を超える日)の議論がさかんです。
わたし、今回の一事をもって、ディープラーニング(自己学習)する機能をもった人工知能は、やすやすと人間を超えるということを認めざるを得ない。
休憩もない、逡巡もない、神速で最適解につきすすむAIの能力恐るべし。
そういえば、養老孟司は「人間は考えたことは必ず実現する。全知全能の神を考えてしまったのだから、全知全能の神を実現させる。そこで現人類は御用済みになる」と言ってたなあ。
ディープマインド社はグーグル傘下の会社だそうです。グーグルよ、人間を滅ぼすことのないような枠組みの議論もちゃんとしてくれ、頼むよ。

アルファ碁の、囲碁世界からの引退に、乾杯。

関連:2015年01月05日、養老孟司・阿川佐和子『男女の怪』http://boketen.seesaa.net/article/411822450.html
2016年10月16日、奥泉光『ビビビ・ビ・パップ』http://boketen.seesaa.net/article/442845147.html
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2017年06月19日

沖縄の友人より(32)現地でも法廷でも、安倍の暴政と対峙する

翁長知事、7月に「工事差し止め訴訟」提訴の方針

6月7日、翁長知事は記者会見で「県の岩礁破砕許可を得ずに防衛局が埋め立て工事を進めるのは県の漁業調整規則に違反しており、違法」だとして、工事差し止め訴訟を提訴する方針を明らかにした。同時に工事中止を求める仮処分申請を行なう方針だ。6月定例県議会に議案を提出し、7月14日予定の県議会最終日に採択されれば直ちに提訴するという。
辺野古現地の工事阻止のたたかいと、沖縄県が国を相手取っておこす訴訟や異議申し立てがあいまって、沖縄は安倍ブラック政府と対峙している。現地では、機動隊の暴力的な排除に抗して、ねばり強く座り込みが続いている。

@A2017.6.10 キャンプ・シュワブゲート前に1800人が結集し、「辺野古新基地建設阻止!共謀罪廃案!6.10国会包囲行動と連帯する辺野古現地集会」が開かれた。共謀罪の刃は、まず沖縄の市民運動に向けられている。
O17.6.10 キャンプ・シュワブゲート前集会.jpg@N7.6.10 キャンプ・シュワブゲート前.jpgA
B6.7 ゲート前座り込み集会。アメリカ先住民・ラコタ族の教えを説明するアメリカからの参加者。
C6.6 ゲート前。警察車両と機動隊の壁の中に拘束され、資材搬入に抗議の声をあげる。
D6.4 白梅学徒の足跡をたどる八重瀬ピースウォーク。元白梅学徒の中山きくさん。
M2017.6.73002アメリカ先住民.jpgBL017.6.6 ゲート前座り込み集.jpgCJ17.6.4 白梅学徒の足跡.jpgD
E6.3 ゲート前座り込み。囲い込みの中から、声を張り上げて、ダンプによる砕石搬入に抗議。
F6.3 ゲート前座り込み。沖縄市・北谷町の島ぐるみがアピールと歌。
G6.3 無理が通れば道理が引っ込む、とのことわざ通り、違法・不法を繰り返す安倍。
D017.6.3 ゲート前座.jpgEE2017.6.3 ゲート前座り込み北谷町の島ぐるみ.jpgFG2017.6.3 ゲート前座り込.jpgG
H6.3 那覇市自治会館で開かれた裁判闘争報告集会に250人。訴える山城博治さん。
I6.3 「今こそ立ち上がろう」を声の限り歌う稲葉さん、添田さん、山城さんなど登壇者。
I17.6.3 那覇市.jpgHH017.6.3 裁判闘争報告集会.jpgI
J5.31 ゲート前、雨のためテントに移動。「沖縄の闘いに連帯する東京南部の会」の女性。
K5.31 大浦湾の埋め立て工事の問題点を詳しく述べる奥間政則さん。
L5.31 知念昭則八重瀬町議が「沖縄県は取締船を出して防衛局の違法工事を取り締まれ」と訴え。
@2017.5.31 る東京南部の会」.jpgJA2017.5.31 キー奥間政則.jpgKB17.5.31 キャンプ2知念昭則八重瀬町議.jpgL

追悼、大田昌秀さん。学者として、政治家としての軌跡に敬意を表します。

6月12日、元沖縄県知事の大田昌秀さんが亡くなられた。享年92歳。1990年の県知事選で当選し、2期8年にわたって米軍基地・自民党政府と対峙した。普天間基地返還合意をかちとり、辺野古への移設は拒否した。大田県政の挑戦は、現在の島ぐるみのたたかいに大きな教訓を残した。
学者として、政治家として、沖縄の苦難を一身に引き受けて発言し行動した人生に、心から敬意を表します。『沖縄のこころ 沖縄戦と私』(岩波新書 1972年)は、わたしの沖縄入門書でした。
posted by 三鷹天狗 at 07:56| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

津村節子『果てなき便り』『時の名残り』

津村節子が回想する吉村昭との50年

岩波書店のPR誌『図書』と、新潮社のPR誌『波』の2誌に、並行して津村節子のエッセイが掲載され、ともに同じ2016(平成28)年3月に完結した。
『図書』掲載の「果てなき便り」は、吉村昭と津村節子の100通を超える手紙のやりとりを、年代順に引用しながら、夫妻の約50年を回想・解説していく。
『波』掲載の「時の名残り」は、津村の日々の暮らしや回想のエッセイだが、当然のことながら吉村昭との思い出がくりかえしたちあらわれる。
吉村昭ファンにとっては、吉村の著作に親しんできた数十年が、なつかしくおもいおこされます。

『果てなき便り』で驚かされるのは、夫妻がともにお互いからの手紙を一通残らず保管していたという、その事実です。
まだ学習院大(吉村は4年制、津村は短大)の文芸部だったころの手紙のやりとりにはじまり、吉村最後の手紙(遺書、家訓)に到るまで、すべてが津村節子の手元にある。
「文学はつきつめた戦ひです。孤独に徹した仕事です。(中略)あゝ、よく生きてやがる!」
若き日の吉村の手紙は、生涯にわたって変わることのなかった創作への情熱をあますところなく語っています。
「あの中ではやはり貴方が小説家だと思ひます。ほかの人達は貴方より十年も早く生れて経験も豊富です(中略)が、ヒラメキと云ったものが無いのです。」
まだ学生の身でありながら社会人たちがやっている同人誌にともに顔をだし、合評会にでたあとに津村が吉村に送った手紙です。
吉村の臨終のときに「あなたは世界最高の作家」と叫んだという津村は、すでに学生時代に「貴方(だけ)が小説家」と言い切っている。

「貴女と共に過すことができたことは、僕の最大の幸福です。生きてきた甲斐があった、生まれてきた甲斐があったと思います。(中略)僕が気難しいと貴女は言いますが、両親に早く死別し、兄たちの家を転々とした間に生れた卑屈感、拗ね、その反動としての居丈高であると理解し、お許しください。(中略)愛情は尊敬だと僕は信じていますが、僕は貴方を尊敬し、惚れています。」
これは1977(昭和52)年、旅先からの吉村の手紙です。1953(昭和28)年の結婚から24年もたっている。子ども二人も青年になっている。そういう夫婦が、こういう瑞々しい手紙のやりとりをしている。
吉村昭・津村節子が文壇きってのおしどり夫婦だったとは、いろんな編集者や作家も書いているが、この手紙を読めば納得です。もし吉村のほうが長生きしていたらこれらの手紙の公表はありえなかっただろうから、吉村が先に鬼籍に入ったことで、貴重な文学的資料を目にすることができたということになります。

『時の名残り』は、ゆるやかでおだやかな回想記で、日本茶かコーヒーを横にフフなどと笑いながら読む本です。
富士山のふもとの「富士霊園」に文藝家協会の設けた「文學者の墓」がある。津村は「吉村のたった一人の文学上の友人である大河内昭爾氏を誘って、一枚の墓碑に吉村昭、津村節子、大河内昭爾と並べて彫って貰った。三人で並べば、淋しくないね、と大河内氏と語り合った。」
親しい編集者に、碑に刻む代表作は何がいいかと相談したら、全員「戦艦武蔵」と言い、カロウト(骨をいれる小箱)に愛用の万年筆を入れるつもりと話したら、全員が「わたしにください」と言ったという。いかにも、と笑みをさそわれる会話です。

『オール讀物』5月号の津村のエッセイ

『オール讀物』5月号の「おしまいのページで」に「ふるさと ゆいの森」と題した津村節子のエッセイが載っています。今年3月にオープンした荒川区の「ゆいの森あらかわ」の一画に「吉村昭記念文学館」が設置された。
「その中に三方の壁が天井まで書棚になっている庭の書斎が再現されていて、そこに吉村がいるような雰囲気を漂わせている。(中略)まるでそのまま移築されたような出来栄えである。こんな幸せな作家がいるだろうか。(中略)かねがね吉村は私が福井に迎えられた時の対応を見ていて、おまえはふるさとがあっていいなあと言っていたが、かれには東京にふるさとがあるではないか。」
福井に夫婦で行くと、エリザベス女王の陰にかくれるエディンバラ公の気持ちがよく分かると、吉村はエッセイで笑いをとります。ある時などカメラマンに「横のひと、どいて」といわれたことがあるとまで書いています。
津村はやはり気にしていたんでしょう。やけに力のはいった「東京にふるさとがあるではないか」に、笑いました。

半世紀にわたる小説家夫妻の愛に、献杯。
果てなき便り -  時の名残り -
津村節子『果てなき便り』岩波書店、2916年、1800円+税。
津村節子『時の名残り』新潮社、2017年、1600円+税。
関連:2017年04月10日、吉村昭記念文学館がすばらしいhttp://boketen.seesaa.net/article/448870111.html
posted by 三鷹天狗 at 08:46| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする