2018年02月13日

神代植物公園に梅の香たたよう

一度だけ4年ぶりの大雪に見舞われましたが、東京はほぼ毎日の快晴です。
豪雪に見舞われて苦労している日本海側のみなさんには申し訳ないような気分。列島を縦断する山脈が、かくも極端な明暗を演出するのが不思議です。
厳寒期の早朝散歩は体に負荷がかかると感じるようになってきたので、12月から、散歩を日中に切り替えています。コースの中心は神代植物公園。早くも梅の花が咲きはじめました。水戸や青梅の梅林と較べるようなものではありませんが、小さな規模なりの風情があります。あるかなきかの梅の香もいいものです。1月24日の大雪の時も、一部花が咲き始めていました。
うめ園13.jpg うめ園7.jpg うめ園2.jpg
さまざまな花の、固く小さいつぼみが、開花の時をまっています。

何度見ても不思議な盆栽。古木の梅。

園内にある植物会館では、正月いらい、盆栽展、梅とおもと展、クリスマスローズ展などさまざまな企画で楽しませてくれます。
毎年のことではありますが、何度みても不思議なのが「秩父野梅ー羽衣」と名付けられた梅の盆栽です。
完全に枯れてるでしょ、という感じの古木に、しっかりと梅の花が咲いている。説明文によれば、秩父の山奥で農夫が発見したものだという。樹齢250年はあろうかという半ば枯れかけた梅の木を、苦労の末自宅の庭に移しかえた。それを見た盆栽家が譲り受け、さまざまな人の手を経て、今は日本盆栽協会むさしの支部の方が所有している。
いったい、どういうわけでこの枯れ木にみごとな梅の花が咲くのか。素人がどれほどの時間ながめていても謎は解けません。
冬には冬の美しさをみせる神代植物公園に、乾杯。
posted by 呆け天 at 09:58| Comment(0) | 散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月11日

沖縄の友人より(47)名護市長選の敗北をのりこえて

「反対しても工事が止まらないのなら経済振興を」という世論操作に屈する

2月4日投開票の名護市長選・市議補選は敗北した。カッコ内は前回2014年市長選。相手候補は末松文信(自民)。今回は自公維。
有権者数  48,781 (46,582)
投票率    76.92%(76.71%)
投票総数  37,524 (35,733)
稲嶺進    16,931 (19,839)
渡具知武豊 20,389  (15,684)
有権者は2200人増えたが、稲嶺候補の得票数は3000近く減り、相手候補は5000近く増えた。市長選前のタイムス、新報、共同通信の名護市民世論調査で「普天間の辺野古移設反対」と「どちらかといえば反対」が合わせて66%、「翁長知事支持」が65%を占めた。しかし、選挙結果は逆になった。辺野古反対・翁長支持のかなりの部分が自公維の候補に流れたことになる。NHKによると「どちらかと言えば反対」の層の約60%が渡具知候補に投票したという。埋め立て工事の進行が「どうせ反対しても工事が止まらないのなら経済振興を」という方向への圧力となった。
安倍官邸は、国策に果敢に立ちはだかる稲嶺名護市政をつぶすために周到な準備をした。前回自主投票の「辺野古基地反対」の沖縄公明党に対し、辺野古については賛否を明らかにせず「海兵隊の県外移転」を確認することで取り込んだ。自公に維新を加え自公維の体制をつくった。閣僚、国会議員、秘書団を総動員して企業・団体を締め付け、小泉、三原、小渕などタレント議員を投入して浮動票を集めた。
渡具知陣営は「辺野古のへの字も言わない」作戦を徹底して辺野古を争点とすることを避け、公開討論会への出席を拒み続けた。
そして「稲嶺市政の2期8年で名護市が停滞している」「基地問題に関わりすぎ」「市の借金を増やした」などの印象操作やデマを行ない、「政府と対立するだけではいけない」と国の予算で名護市の雇用・経済の発展が図られるかの期待を振りまいた。
実際の稲嶺市政は、基地に依存しないまちづくりに奮闘してきた。中学校までの医療費無料化、全教室クーラー設置、「再編交付金」に頼らない福祉予算の大幅増額など、平和行政の手腕を発揮してきた。
しかし、そうした実績は「基地か経済か」という誤まった争点設定に、かき消されてしまった。この敗北は、名護市民だけでなく県民にとっての大きな損失だ。
安倍は早速辺野古推進を言明したが、新市長が誕生したからと言って基地建設が順調に進むわけではない。名護市民だけでなく、県民の辺野古NO!の民意は継続している。名護市議会は依然辺野古反対が多数を占めているし、翁長県政もまた辺野古反対の立場を変えていない。何より、現場での屈しない闘いがある。選挙の敗北をのりこえ、辺野古新基地阻止の闘いは続いていく。

@2018.2.3 名護市長選挙。「ススム・アシトミ必勝大集会」に3000人の熱気。名護市大北の洋服の青山交差点。AB2.3 キャンプ・シュワブゲート前土曜県民集会。
C1.31 警察による囲い込みの中から、工事車両に対する抗議の声をあげる。Dキャンプ・シュワブゲート前座り込み。9時前工事車両が着きはじめると、警察機動隊による強制排除が始まる。E1.31 道路の反対側からゲート前の攻防を見守る救護班。富山と静岡から駆け付けた。

第21回池学淳正義平和賞、ヘリ基地反対協議会に
1月22日、ゲート前テントで盛大に授与式

韓国民主化運動の先頭に立ったカトリック司教として尊敬を集める池学淳(チ・ハクスン)師(1921〜93)を記念して創設された「池学淳正義平和賞」が「海上ヘリ基地建設反対・平和と名護市政民主化を求める協議会」(ヘリ基地反対協議会)に授与された。
1月22日、ソウルから那覇空港に到着した池学淳正義平和基金の一行7人は、資材搬入をめぐる攻防を食い入るように見つめ、闘いの現場で授与式が行われた。24日には、平和記念公園を訪れ、韓国人慰霊の塔に献花した。
F1.22 辺野古ゲート前テント。第21回池学淳正義平和賞を受賞し、笑顔で握手を交わすチェ・ギシク副理事長とヘリ基地反対協の安次富さん、浦島さん。G1.22 辺野古浜のテント。池学淳正義平和基金の一行7人が授賞式に先立ち訪れ交流した。H授賞式の冒頭、華麗に行われた伝統舞踊「かじゃでふう」。
F ヘリ基地反対協の安次富さん.jpgFG1.22 辺野古浜池学淳一行7人.jpgGH「かじゃでふう」.jpgH
I1.24 平和祈念公園の一角にある韓国人慰霊の塔。池学淳基金の一行が訪れ、献花黙祷。J平和の礎。朝鮮半島から動員され死亡した人びとの刻銘版に、南北朝鮮合わせて462人が刻銘されている。
I平和祈念公園の韓国人慰霊の塔.jpgIJ死亡した人びとの刻銘版に.jpgJ

グアムのこと知ろう!つながろう。
沖縄にもグアムにも米軍基地はいらない。
 
1月20日、那覇市で「沖縄の基地負担軽減のためにグアムへ基地をもって行くっていいこと?この機会に知ろう!そしてつながろう」との集まりが開かれ、約40人が参加した。1月24日開かれた名桜大での集まりにも約50人が参加した。
開会のあいさつで、高江住民の会の安次嶺雪音さんが「高江の現場にグアムから来てくれた。話を聞いて私たちと同じだと思った。昨年10月グアムを訪問した。支え合いつながりを広げて行きたい」と述べた。
基地・軍隊を許さない行動する女たちの会代表の高里鈴代さんはスライドを用いて、沖縄海兵隊のグアム移転問題の経緯を報告した。沖縄の少女暴行事件の翌1996年、日米両政府は沖縄海兵隊基地の再編計画を盛り込んだSACO合意を結んだ。それによると、@辺野古新基地を2014年に完成、A8000人グアム移転、B日本が28億ドル負担となっていた。米軍の数は5年前から公表されなくなったが、沖縄の海兵隊の実数は12000人くらいだと考えられている。したがって8000人が移転すれば4000人しか残らない。ほんとうに辺野古新基地が必要なのか。
グアムの土地の30%は米軍基地だ。1898年の米西戦争で、アメリカはスペインからフィリピン、ハワイ、プエルトリコと共にグアムを奪った。アジア太平洋戦争で日本が一時支配し、原住民のチャモロの女性は日本軍慰安婦にされた。戦後再びアメリカの支配下に入ったが、地元の人たちは植民地支配からの解放を願い、米西戦争後グアムの米植民地支配下への割譲を決めたパリ条約のコピーを燃やし灰にして流すパフォーマンスをやった。
「グアムに独立を」「グアム連帯・平和と正義」などのグループから参加の3人(モニカ・フローレス、スタシア・ヨシダ、レベッカ・ガリソン)が次のように報告し発言した。
グアムの人口は約17万人。30%が米軍基地で、年間約620万発の実弾演習が行われている。演習場の海域は伝統的な漁業の海で、陸には遺跡や墓がある。自然が豊かで、水、ラン、聖地、蝶、渓谷、オオコウモリ、ウミガメすべて貴重だ。アメリカ政府の「The 2017 Biological Opinion」でも絶滅危惧種がたくさん記載されている。コウモリやカタツムリ、さらにグアムに一本しか残っていない固有種の木がある。また歴史的・考古学的に重要な60ヵ所の遺跡がある。環境汚染も深刻だ。
人びとは「Return Stolen Land」(奪った土地を返せ)と訴えている。チャモロ人のグアムの先住民族としての権利を認める国連決議に反対したのはアメリカと日本だけだった。
グアムの人々が、スペインによる植民地支配以来の、長い屈従の歴史に「No!」の声をあげている。
K1.20 「グアムのこと知ろう!つながろう!交流勉強会。高里鈴代さんがグアムの歴史とアメリカの植民地支配からの脱脚を求める運動を紹介。L三人のグアムからの参加者と通訳。3人の名前と団体名が背後のスクリーンに映っている。M1.21 辺野古の道路わきに満開の寒緋桜が春の訪れを告げる。
世界に連帯の輪を広げる沖縄のみなさんの闘いに、敬意と連帯を表します。

posted by 呆け天 at 11:28| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月09日

えぐさゆうこ『宝歌』

多重コーラスが太古の情感をよびおこす「朝顔節」絶品です。

キタコマ沖縄映画祭で購入した、えぐさゆうこのCD『宝歌』。
一曲目が、映画祭のプレイベントでも演奏した「朝顔節」です。ナマで聞いたときもなんともいえずいいなあと思いましたが、CDではコーラスアレンジがされていて、さらにすばらしい。自分の声の多重コーラスが、太古の情感を呼び起すような響きがあり、いやはやめったにないほどの逸品です。
奄美民謡というのはすごいものだなあと繰り返し聴きほれ、歌詞カードを舐めるように読んでるうちに「ん?」と大きなハテナマークがつきます。歌詞は以下のとおり。

若松ぬハレ下に
亀ぬハレ魚(いゆ)ぬ遊び
亀ぬハレ魚(いゆ)ぬ遊び
鶴や羽垂れぃてぃ
舞いハレ美(ちゅ)らさ
舞いハレ美(ちゅ)らさ

なんでこれが「朝顔節」なんだ。「鶴は千年、亀は万年」の祝い唄であって、朝顔はどこにもでてこない。さっそくネット検索すると、ちゃんと解答をみつけておられる人がいました。
「朝顔の種、あげます、ください。」というサイトを運営しておられた方が、「朝顔は縁起のいいものの象徴」というなぞ解きをしています。
今でも社寺などで朝顔市が開かれるのは、朝顔(別名「牽牛(けんぎゅう)」の種が薬として珍重されたことに由来する。平安時代に中国から日本に伝わった。江戸時代には少し意味が変わり、牽牛との逢瀬を願う織女になぞらえて「朝顔姫」などと呼ぶことが一般的になり、花が咲いた朝顔は「彦星」と「織姫星」が今年も出会えたしるしとして、縁起の良いものとされた。
なるほどなあ。それが朝顔市の由来か。これが転じて、朝顔節=めでたい祝い唄、になったわけです。
ほかに、屋久島や加計呂麻島の子守唄なども収録されており、聴きごたえじゅうぶんのCDです。

そうか、あの「新日本風土記」テーマ曲を歌ってる人のお弟子さんか

ジャケットの解説に「朝崎郁恵先生に出会ってシマ唄を知り」とあります。沖縄三線を趣味にしている連れ合いが、「あぁ、朝崎さんのお弟子さんなのね」と近しい人のようにいう。なにその朝崎さんって。「あの、新日本風土記のテーマ曲を唄ってる人」。
そうだったのか。
私は「新日本風土記」のファンで、家にいれば必ず見る、不在の時は録画して見ます。冒頭と最後に、まったく意味が聞きとれない、祈りのような叫びのような唄「あはがり」が流れる。奄美島唄の唄者(ウタシャ)として有名な人、ということは聞いていますが、今回、はじめて番組HPで歌詞や意味を読みました。
「この世はしょせん仮の宿り…」という、深い想いがこめられた歌詞のようです。
そういえば、奄美のことをなんにも知らないなあ。寅さん終焉の地、第48作「紅の花」の舞台というくらいの知識しかない。
ヤマトと琉球王国のはざまでつづられた歴史には、さぞや深いものがあるんだろうなあ。

いろんなことを思わせてくれる「朝顔節」多重コーラスの響きに、乾杯。
宝歌-takarauta- - えぐさゆうこ
えぐさゆうこ『宝歌』tiare、2016年、1500円+税。
関連:新日本風土記 番組テーマhttps://www4.nhk.or.jp/fudoki/21/
posted by 呆け天 at 09:20| Comment(0) | 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする