2017年09月15日

NHKスペシャル「沖縄と核」

1300発の核兵器が配備されていた60年代の沖縄

9月10日(日)夜9時00〜 NHKスペシャル「沖縄と核」には衝撃を受けました。
1958年以降、沖縄には中ソを標的とする核兵器が配備されていた。その数は、最大時(1967年)1300発に達した、というのです。
NHKの番組案内の一部を、そのまま引用します。
「45年前の本土復帰までアジアにおけるアメリカ軍の“核拠点”とされてきた沖縄。これまで、その詳細は厚いベールに包まれてきた。しかし、おととし、アメリカ国防総省は『沖縄に核兵器を配備していた事実』を初めて公式に認め、機密を解除。これを受け、いま「沖縄と核」に関する極秘文書の開示が相次ぎ、元兵士たちもようやく重い口を開き始めた。そこから浮かび上がってきたのは、“核の島・沖縄”の衝撃的な実態だ。1300発もの核兵器が置かれ、冷戦下、東西陣営の緊張が高まるたびに、最前線として危機的な状況に置かれていたこと、さらには、「核」の存在こそが、沖縄への米軍基地集中をもたらす要因となっていたという新事実・・・。」

まず「おととし」まで、公式には「核兵器配備」を認めていなかったことに驚きます。
支配者は、不都合な事実についてはどんなことでも秘密にする。ソ連と中国を標的とする核兵器1300発が配備されている嘉手納基地は、ソ連と中国からの核攻撃の最初の標的になる。しかし、そのことを、米軍基地の隣に暮らしている沖縄の住民はまったく知らない。元琉球政府・知花成昇も「核兵器の話は聞いたことがない」と証言する。
最大時の1967年といえば、ベトナム戦争がもっとも激化していた時期です。私なども「ベトナム戦争反対」を叫び、立川基地の前で「この米軍機をベトナムに飛ばすな」とデモをしたこともあります。沖縄が、ベトナム戦争の米軍出撃基地であることは世界周知のことでした。しかし、嘉手納基地に1300発の核兵器が保有されていたなどということは、チラリとも聞いたことがない。
いまは空になった嘉手納の核兵器発射施設を、キューバ危機(1962年)当時任務に当たっていた元兵士が訪れ、いつでも中国に向けて発射できる態勢になっていたことを証言するくだりは、異様な迫力です。
キューバ危機からベトナム戦争まで、沖縄は「核の島」として米ソ冷戦の最前線にたたされていた。
その構図は、日米戦争において、「本土決戦」の最前線として沖縄戦がたたかわれ、20万人を超える犠牲者をだしたこととなんら変わらない。

1953年伊江島での米軍による土地強制収容、1959年ナイキ・ハーキュリーズ(迎撃用核ミサイル)訓練でおきた墜落事故、1960年伊江島の模擬核爆弾投下訓練で住民の石川清鑑さんが即死した事故、1962年キューバ危機当時の一触即発の緊張(登場した米軍兵士の「世界ではなく、沖縄が終わると思っていた」という発言)、1969年佐藤・ニクソンの沖縄返還確約と「核密約」…。
次々と明らかにされる事実を見ながら思うのは、ただただ「理不尽」ということです。
そしていままた、沖縄県民の意志をふみにじって強行されようとしている辺野古新基地建設。尖閣諸島をめぐる中国との緊張を理由とする、先島諸島への自衛隊配備。
沖縄が、この理不尽な歴史から解き放たれる日はくるのだろうか。

辺野古新基地をめぐる攻防が、歴史の分岐点になる

翁長県知事を先頭とする「オール沖縄」が、米軍基地のゲート前で、埋め立て工事の大浦湾で、国を相手の法廷で、「これ以上の基地負担はゴメンだ」と叫んでいる。沖縄が強いられてきた異様な現実を、終わらせるための攻防が繰り広げられている。
NHKの取材に対して米国防総省は「(いま現在の)沖縄における核兵器の有無は回答しない」と答えた。だからたぶん、なんらかの形で沖縄に核兵器はあるのだろう。
しかし、施政権返還によって、少なくとも1300発の核兵器は沖縄から撤去された。それは沖縄人民が祖国復帰運動でかちとった、大きな成果だ。
辺野古をめぐる攻防は、歴史の次の分岐点だ。平和の島・沖縄、万国津梁=世界の架け橋・沖縄へと進む、分岐点だ。

衝撃の事実をスク―プしたNHKスペシャルのスタッフに、乾杯。
posted by 三鷹天狗 at 09:06| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月26日

沖縄の友人より(37) 8.12県民大会に45000人が参加

県民の民意と海底地形が、新基地を拒んでいる

8月12日午後、那覇市奥武山陸上競技場で、「翁長知事を支え辺野古に新基地を造らせない県民大会」(主催=辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議)が開かれ、45000人が参加した。
全県各地から続々と集まる大型バス、モノレールや自家用車、徒歩で参加する人々で会場周辺はたいへんな混雑。親子孫3代で参加の人々、車いすの人々、「土人(ウチナーンチュ)にも五分の魂」「沖縄を返せ沖縄に返せ」など、手書きのプラカードも多い。翌日の新聞には、夏休みの自由研究に基地問題をテーマに選び母と共に参加した小学4年生もいたとのことだ。
@2017.8.12  45000人参加.jpg@H2017.8.12 「我われはあきらめない」.jpgA
翁長知事は次のように発言した。
「7月24日に工事差し止め訴訟を提訴した。昨年12月の最高裁判決に縛られない、別個の裁判だ。国ともあろうものが法令をすり抜けることに心血を注ぐ姿勢は法治国家とは程遠い。日本政府が工事を強行してくれば法令に基づいて一つひとつチェックし、承認撤回を私の責任で決断する。
辺野古基地は絶対できない。全国知事会でも、米軍基地が経済発展の最大の阻害要因であること、基地の経済に占める割合は5パーセントに過ぎないことなどが理解されてきている。
昨年、沖縄の観光客は870万人、今年は950万人だ。沖縄は万国津梁のかなめになる。将来の沖縄の姿に自信と勇気をもって、基地をなくそう。
マキティーナイビラン。ナマカラルヤイビンドー。クヮウマガヌタミニ、ウヤファーフジヌウムイ、チムニスミティ、ヌチカジリ、チバラナヤーサイ。(負けてはいけません。今からですよ。子孫のために先祖の思いを心に刻んで命の限り頑張りましょう)」
翁長知事の発言はまさに県民の民意だ。
D2017.8.12 ピースアクション.jpgE C2017.8.12 訪米団.jpgF
8月20日、大型海底探査船「ポセイドン1」が沖縄にやってくる。沖縄防衛局は10月から6か月の予定で再び大浦湾で19地点の詳細なボーリング調査を行うというのだ。もともとボーリング調査は2014年8月から3か月で終了している筈のものだった。それが3年経った現在も海底地形の調査を継続しなければならないということ自体、辺野古・大浦湾の底知れないの多様性、複雑性を示すものだ。
新基地建設の強行は自然に対する人間のゴーマンだ。止めた方がいい。 
<写真説明>@2017.8.12 県民大会45000人が「NO辺野古新基地」A「我われはあきらめない」B翁長雄志知事Cオール沖縄会議共同代表の玉城愛さんD山城博治議長Eピースアクションのポール・マーティンさんF壇上に並んだ訪米団G辺野古海上行動チームH結んだ手を高く掲げて「ガンバロー三唱」

辺野古・高江写真展に500人
沖縄平和サポートが主催した辺野古・高江写真展が、7月22〜23日と8月9日の3日間県庁前広場で開催され、合わせて500人が来場した。全部で100枚以上の写真のキャプションには日、英、中、韓の4か国語の説明が付けられていて、県民、本土からの来県者だけでなく海外の観光客が訪れ、写真に見入った。亜熱帯の森と海の生物多様性、新基地に反対する人々の姿、警察機動隊・海上保安庁による弾圧の実態、ゲート前や海上での連日の阻止行動が生き生きと映し出されている。
K2017.8.9 辺野古・高江写真展2.jpg J2017.8.9 辺野古・高江写真展.jpg
いま日本で、45000人が参加する政治集会は沖縄にしかありません。たたかいつづける沖縄のみなさんに、敬意と連帯を表します。
posted by 三鷹天狗 at 07:55| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月12日

沖縄の友人より(36)7.25辺野古海上大行動、「ドクロ前」の海を占拠

カヌー71艇100人、抗議船9隻、合わせて150人が海上座り込み

7月25日(火)午前7時半、大浦湾の浜のテントには、ウェットスーツ、マリンシューズやトレパン、ジャケットに身を包み、いつでも海に出ることのできる人々が続々と集まってくる。
海は静かだ。100艇のカヌーが現場に座り込むとの情報に、さすがに防衛局もこの日の海上工事を諦めたのだろう。たくさんの人々が集まれば工事が止まるのは、ゲート前も海上も同じだ。
71艇のカヌーとレインボー旗を掲げた9隻の抗議船に乗る150人の海上行動団は作業現場の浜から張り出された汚濁防止膜の周辺に集まり、「新基地反対」「埋め立て阻止」「土砂投入するな」「海を壊すな」などのプラカードを掲げるとともに、声を限りに埋立て工事やめろ!海を守れ!と叫んだ。この日、大浦湾の海は、基地建設阻止の海上行動で占拠された。

@2017.7.25 カヌー71艇、抗議船9隻による海上行動。通称ドクロ前の海を占拠。工事を阻止。Aプラカードによるアピール。
P7.25 カヌー71艇、抗議船9隻による海上行動.jpg@Q7.25 アピール.jpgA
B汚濁防止膜周辺でプラカード。C「不屈」号の黄色い旗にはハングルで「海軍基地反対カンジョン村」。D「翁長知事の指示に従い違法工事を止めなさい」と訴える平和丸。
R7.25 アピール (2).jpgBS7.25 ハングルで「海軍基地反対カンジョン村」.jpgC㉑7.25平和丸.jpgD
E通称ドクロ前の海でデモンストレーションするブルーの船。F海外からの連帯メッセージを高く掲げる。G海上行動を終えて、浜のテント2で、海外からの連帯メッセージを掲げるカヌーチーム。
㉒7.25 ブルーの船.jpgE㉓25 カヌーメンバー.jpgF㉔7.25連帯メッセージ.jpgG

7.29土曜行動に200人、終日資材搬入をSTOP
H2017.7.29 キャンプ・シュワブゲート前座り込み。あまりの暑さに場所をテントに移して集会を継続。I大城敬人名護市議が稲嶺市政7年間の成果を報告。J沖縄市の島ぐるみがあいさつとアピール。K座り込みを行うゲートの向かいの基地内に設置された監視カメラ。
L7.29 テントに移して集会.jpgHM7.29大城敬人名護市議.jpgIN7.29 沖縄市の島ぐるみが.jpgJO7.29監視カメラ.jpgK

8.2辺野古水曜行動、150人がゲート前で県警と攻防
県警・機動隊は、横断幕をはぎとり、座り込みを手荒く排除する。日本環境法律家連盟と沖縄ジュゴン訴訟弁護団の弁護士7人が7月31日から8月4日、新基地建設に抗議する市民の人権が侵害されているとして、ゲート前を訪れ実態調査し、その結果を県庁記者クラブで発表した。

L2017.8.2 キャンプ・シュワブゲート前座り込み。警察が横断幕を撤去する。官邸の指示、権力の嫌がらせだ。M警察官に詰め寄り激しく抗議する参加者。N基地の中から様子をうかがう軍警。
@2017.8.2 横断幕を撤去.jpgLA8.2 抗議する参加者.jpgMB8.2 様子をうかがう軍警.jpgN
O木陰に設けられた救護班。この日は鹿児島からの看護士が待機した。P日本政府と米軍への怒りを込めて「県警の横暴許さんぞ」Qわがもの顔に国道を行き来する米軍車両に抗議R基地の中から出てきた機動隊のカマボコ車を止める。
C8.2 救護班.jpgOD8.2 県警の横暴許さんぞ.jpgPE8.2 米軍車両に抗議.jpgQF8.2 カマボコ車を止める.jpgR
S最近ますます乱暴になってきた機動隊による座り込み排除。㉑囲い込みが続く中でも、トイレ送迎を呼び掛ける。㉒資材を下ろして帰るダンプに抗議。㉓ガードマンの背後にいるのが防衛局。基地建設の黒幕だ。
G8.2 機動隊.jpgSHトイレ送迎.jpgIダンプに抗議.jpgJ防衛局.jpg

決して忘れない。104号線沿いの献花台には今も花を手向ける人が絶えない

昨年4月の、元海兵隊で嘉手納基地勤務の米軍属による女性暴行殺人事件から1年3か月以上が経過した。しかし、県民は決して忘れない。20才の女性の命が理不尽に断ち切られた事件のむごたらしさに、二度と同じような犯罪を起こさせてはならないと誓った。
7月21日午後、104号線沿いの献花台を訪れた。献花台の花が少ししおれていた。この炎天下、数時間もすればしおれてしまうだろう。献花台に置かれた花や飲み物の様子から毎日人々が訪れていることが見て取れる。手を合わせて冥福を祈るとともに、米軍犯罪が二度と起きない、基地のない平和な沖縄の実現を心に誓った。
         K死体遺棄現場の献花台.jpg
炎天下、不屈のたたかいを続ける沖縄のみなさんに、敬意と連帯を表します。
posted by 三鷹天狗 at 07:58| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする