2018年02月09日

えぐさゆうこ『宝歌』

多重コーラスが太古の情感をよびおこす「朝顔節」絶品です。

キタコマ沖縄映画祭で購入した、えぐさゆうこのCD『宝歌』。
一曲目が、映画祭のプレイベントでも演奏した「朝顔節」です。ナマで聞いたときもなんともいえずいいなあと思いましたが、CDではコーラスアレンジがされていて、さらにすばらしい。自分の声の多重コーラスが、太古の情感を呼び起すような響きがあり、いやはやめったにないほどの逸品です。
奄美民謡というのはすごいものだなあと繰り返し聴きほれ、歌詞カードを舐めるように読んでるうちに「ん?」と大きなハテナマークがつきます。歌詞は以下のとおり。

若松ぬハレ下に
亀ぬハレ魚(いゆ)ぬ遊び
亀ぬハレ魚(いゆ)ぬ遊び
鶴や羽垂れぃてぃ
舞いハレ美(ちゅ)らさ
舞いハレ美(ちゅ)らさ

なんでこれが「朝顔節」なんだ。「鶴は千年、亀は万年」の祝い唄であって、朝顔はどこにもでてこない。さっそくネット検索すると、ちゃんと解答をみつけておられる人がいました。
「朝顔の種、あげます、ください。」というサイトを運営しておられた方が、「朝顔は縁起のいいものの象徴」というなぞ解きをしています。
今でも社寺などで朝顔市が開かれるのは、朝顔(別名「牽牛(けんぎゅう)」の種が薬として珍重されたことに由来する。平安時代に中国から日本に伝わった。江戸時代には少し意味が変わり、牽牛との逢瀬を願う織女になぞらえて「朝顔姫」などと呼ぶことが一般的になり、花が咲いた朝顔は「彦星」と「織姫星」が今年も出会えたしるしとして、縁起の良いものとされた。
なるほどなあ。それが朝顔市の由来か。これが転じて、朝顔節=めでたい祝い唄、になったわけです。
ほかに、屋久島や加計呂麻島の子守唄なども収録されており、聴きごたえじゅうぶんのCDです。

そうか、あの「新日本風土記」テーマ曲を歌ってる人のお弟子さんか

ジャケットの解説に「朝崎郁恵先生に出会ってシマ唄を知り」とあります。沖縄三線を趣味にしている連れ合いが、「あぁ、朝崎さんのお弟子さんなのね」と近しい人のようにいう。なにその朝崎さんって。「あの、新日本風土記のテーマ曲を唄ってる人」。
そうだったのか。
私は「新日本風土記」のファンで、家にいれば必ず見る、不在の時は録画して見ます。冒頭と最後に、まったく意味が聞きとれない、祈りのような叫びのような唄「あはがり」が流れる。奄美島唄の唄者(ウタシャ)として有名な人、ということは聞いていますが、今回、はじめて番組HPで歌詞や意味を読みました。
「この世はしょせん仮の宿り…」という、深い想いがこめられた歌詞のようです。
そういえば、奄美のことをなんにも知らないなあ。寅さん終焉の地、第48作「紅の花」の舞台というくらいの知識しかない。
ヤマトと琉球王国のはざまでつづられた歴史には、さぞや深いものがあるんだろうなあ。

いろんなことを思わせてくれる「朝顔節」多重コーラスの響きに、乾杯。
宝歌-takarauta- - えぐさゆうこ
えぐさゆうこ『宝歌』tiare、2016年、1500円+税。
関連:新日本風土記 番組テーマhttps://www4.nhk.or.jp/fudoki/21/
posted by 呆け天 at 09:20| Comment(0) | 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月01日

映画『カタブイ − 沖縄に生きる』(監督:ダニエル・ロペス)

「どうしてこんなに沖縄に惹かれのか」をつきつめるスイス人青年

キタコマ沖縄映画祭で上映されました(1月29日)。すばらしいドキュメンタリー映画です。
監督のダニエル・ロペスはスペイン系スイス人、ふらりと訪れた沖縄のとりこになってしまった。美しい海、砂浜、居酒屋で歌い始める人々、田舎の暮らし、理不尽な軍事基地の存在、基地に抗議する人々…いったい、なにがこんなに自分を惹きつけるのかをさがして13年も沖縄で暮らしている。
沖縄県立芸術大学大学院で写真や映像を学び、地方テレビ局でパーソナリティを4年間つとめ、写真集もだしている。この映画の撮影にも数年をかけ、登場した100歳の老人の元気なときの映像と、葬儀の映像が、両方おさめられている。
カタブイとはウチナーグチ(沖縄ことば)で、天気雨、局所的に降る(片降い)雨のこと。

ダニエルは、自分が沖縄に惹きつけられる理由を、7人の人間へのインタビューで明らかにしていく。
彫刻家・金城実。読谷村で集団自決に追い込まれた島民の像「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」の作者。自作の、迫力満点の彫刻作品をバックに「テロは子どもも殺すから、だめ。テロではなく、この彫刻・芸術がオレの抵抗」と語る。
空手家・上間康弘。武器を持つことを禁じられた琉球の庶民は、空手を武器とした。心技体は、まず身体、次に技、それができてこそ心ができる。子どもたちの、はしゃいだり真剣に稽古したりする映像が心に残ります。
居酒屋店長・糸満盛仁。「ほかの国ならテロがおきてるよね」といいながら、バンドでシャウトする。100歳の祖父を歌で送る。
オバーラッパーズ(カメ―オバー)・新城利枝子。廃止が予定されていた栄町市場を残すために、自らラッパーとして歌うなど、さまざまな仕掛けを成功させる。「この栄町を変える、そうすれば沖縄が変わる、沖縄が変われば日本が変わる」。介護施設で働くすがた、旧盆でたくさんの孫と一緒に祖先を祀るようす。本編の主人公ともいえる役割を担っている。
宮司・渡慶次馨(とけし・かおる)。万物に神が宿る。航海の安全を祈り、祖先を祀るのがわたしの仕事。沖縄のウタキ(御嶽)の多くは、その地を開いた祖先を祀る場。
琉球舞踊・宮城茂雄。琉球舞踊は癒しの踊り、見ていて眠くなるのは当然です。前の世代から受け継いだものを、次世代に受け渡す、それがわたしの仕事。
シーサー職人・上原新吾。シーサーは魔除けだが、悪いものを単に追い払うのではない。口に入れて、いいものに変えて、一緒に暮らす。いかにも沖縄らしい魔除けです。

老人たちは長寿でニコニコ。青年や大人たちは、それぞれの仕事を懸命にやりぬく。子どもたちはよく遊び、学び、沖縄の風習を家族ぐるみで伝承していく。映像は明るく、人々の笑顔に満ちている。引用されるテレビパーソナリティ・ダニエルの映像も、「陽気なガイジン」という、日本のテレビで求められるキャラクターを忠実に演じて、軽くて明るい。

しかし、映画全体のテーマは、おそろしく深くて、哲学的です。
映画の最後に、ダニエルの独白が流れる。
「自由とは翼を持つことではない、それは『根』を持つことである」

アメリカ支配(アメリカ世)といっても数十年、日本支配(ヤマト世)といっても数百年にすぎない。幾千年前から沖縄に暮らし、これから幾千年も沖縄で生きていく者にとっては、アメリカ世(ゆ)も、ヤマト世(ゆ)も、天気雨、カタブイにすぎない。
テロではなく、暴力ではなく、この理不尽な(日米による)支配に抗して、生き抜いている人々がいるというメッセージが、見終わったあとにズシリと響きます。どれほどの時をかけようと、最後の勝者が彼らになるだろうことが伝わってきます。

ラストシーンは、沖縄で結婚してさずかったダニエルの子ども(名前、琉生=ルイ、沖縄に生きる)が、妻の弾く三線を聞きながら昼寝に入っていく映像です、ダニエルもまた沖縄に「根」を持つのでしょう。

金城実は、チビチリガマを荒らした少年たちと一緒に修復活動をした

読谷村のチビチリガマ(ガマ=洞窟)が何者かに荒らされたというニュースは、かなり大きく報じられた。ところが犯人は政治的な背景のない少年たちで、単なるいたずらだった。「この映画にでている金城実さんは、この子たちと一緒に修復作業をした。その、肝心のところ、いちばんいい話が報じられていない」と主催の実行委員長・高山正樹は、熱く語りました。
キタコマ映画祭がなければ、このすばらしい映画に巡り合えなかった。主催者に感謝です。

昨年、国立新美術館で「サンシャワー 東南アジアの現代美術展」(7〜9月)が開かれました。サンシャワー(天気雨)は、陽はさしているのに雨が降る不思議な気象のこと。東南アジアの自然の豊かさ・明るさと、植民地支配という理不尽が降りそそいだ歴史、その両義性についての、誌的なメタファーとしてつけられたタイトルでした。
本作の「カタブイ」にこめられたのも、意味は同じと感じます。

幾千年の沖縄の営みの中で今を生きる人々。それを映像化したダニエル・ロペス監督に、乾杯。
カタブイ.jpg カタブイ2.jpg
映画『カタブイ』(監督:ダニエル・ロペス)1月29日キタコマ映画祭、M.A.P
関連:2018年01月22日、キタコマ沖縄映画祭2018http://boketen.seesaa.net/article/456369270.html
2017年08月16日、サンシャワー 東南アジアの現代美術展http://boketen.seesaa.net/article/452705867.html
posted by 呆け天 at 10:57| Comment(0) | 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

映画『太秦ライムライト』(監督:落合賢)

「映画のまち調布」がシネコンオープン記念でもりあがる
『太秦ライムライト』を、ワンコインで堪能

調布に、大型シネマコンプレックス「イオンシネマ・シアタス調布」がオープンして盛り上がっています。11スクリーン、総座席数1,672席というからたいしたものです。
シネコンオープン記念で「ワンコインで大きな感動を」という催しがおこなわれており、公開時(2014年)に見逃した「太秦(うずまさ)ライムライト」が上演されたので、やれ嬉しやと見にいきました。
福本清三という、50年以上「切られ役」に徹してきた俳優を、いきなり主演に抜擢したことで大きな話題になった映画です。チャップリンの名画「ライムライト」を下敷きにして、滅びゆく時代劇、滅びゆく切られ役俳優へのみごとなオマージュになっています。
福本は、これまでセリフをいう場面もない俳優生活だったからだろう、滑舌がわるい。「健さんか!」というほど寡黙な男の設定で、極端に少ないそのセリフが、聞きとれなかったりする。ところが、それが逆に、半世紀にわたる大部屋・切られ役俳優という設定に妙なリアルさをもたらす。まことに映画はいきものです。
大部屋俳優の日常、名札でキャスティングされ一喜一憂する様子、下積み俳優たちを愛する演技科の職員たち、時代劇をバカにしている演出家やタレントの言動…「映画村」の舞台裏がリアルで、切られ役の老優にスポットライトを当てる、それを無名の切られ役自身が主演するという、ちょっとありえない奇策を、みごとに映画にしています。傑作です。堪能しました。

当日は、脚本を書きプロデュースまでした、文字通りこの映画の生みの親である大野裕之の制作トークというスペシャルなおまけがついていました。
大野は、なんだか異様に多芸多才の人のようです。日本のチャップリン研究の第一人者という顔をもち『チャップリンとヒトラー』(2015年)でサントリー学芸賞を受賞している。「劇団とっても便利」を主宰し、劇作家・脚本家・映画プロデューサー・演出家・作曲家・俳優・映画研究者・振付師の顏をもつという。多羅尾伴内か!
無名の70歳の俳優が主演の映画を作るなどということは、日本の映画史上、ありえないことだった。まして、チャップリンのライムライトを翻案するなどという企画は、著作権上も不可能に違いない。
ところが、著作権者であるチャップリン家の反応は「大野が脚本を書くならいいよ」というものだった。これって、かなり嫌味な自慢話ですが、京都弁で、早口で、ぶあーっとしゃべるので、なにか冗談を聞いているような感じ。なるほど、役者でもある。
映画の最後の難関は、実は福本本人が自分を主演にする映画などありえない、できないと出演を渋りまくったことだった。2013年9月5日にクランクインという段取りまで決まっているのに、主演が決まらないので他の俳優のキャスティングもできない。7月28日の夜、大野が散歩していたら、福本夫妻が散歩しているところと鉢合わせした。福本の奥さんは財布から5000円札を出して福本におしつけ「ふたりでお茶でも飲んだら」と去っていく。つまり、奥さんは福本に引き受けてほしいわけです。入った店は300円くらいでコーヒーが飲める店でしたけど…。
まあ、なんて話がうまい、しかも映像が浮かぶ。たいへんな才能です。
惜しいことに、当日は雨のせいか、800人入る会場に観客はわずか100人くらい。これが満席近く入っていたら、どよめくような講演になっただろうと残念でした。

これからは、自転車で映画を見に行ける

それにしても調布にシネコンができたのはうれしいかぎりです。気になる映画がかかったら、自転車で、サンダル履きで見にいける。スーパ―のイオンは、シネコンにまで手をひろげていたのか。なんでも、今ではTOHOシネマを抜いて、全国でいちばん多いスクリーン数を誇っているらしい。豪華な客席の特別鑑賞ルームがあったり、立体音響とか、体感型アトラクションシアターなど、若者向けの仕掛けもあるみたいです。大いに流行ってほしい。
わたしは、昔ながらの映画館感覚のスクリーンを楽しみます。

映画「太秦ライムライト」と、生みの親・大野裕之に、乾杯。
太秦ライムライト [DVD] -   シネコン2.jpgシアタス調布
映画『太秦ライムライト』(監督:落合賢、2014年)、2017年10月15日13:30〜調布市グリーンホール・大ホール。
posted by 呆け天 at 10:36| Comment(0) | 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする