2017年05月02日

ウサギかよッ!犬と見まごうロップイヤー

早朝散歩ですれちがう人たちの、10人に1人(1割)くらいが犬連れという感じです。
犬もうれしい飼い主もうれしいという、はずむような散歩姿にあうと、心のなかで「いいね!」と祝福を送ります。
しかし、言ってはなんですが、そういう幸せそうな散歩姿は、あまり多くありません。
犬が嬉々としてはりきっているが、飼い主のほうはややお疲れ気味というのは、ま、ありがちです。毎日毎朝、犬に催促されての散歩、おつかれさまです。
まったく逆に、犬が歩くのを嫌がっている場面に、たびたび遭遇します。いったいどうすればこんな小さな犬にできるんだという、極小犬が、セーターみたいなものを着せられて、「歩くのいやだよ」とごねたりつっぱったりしている場面に、よく出会うのです。
呆け天は犬を飼ったことがない門外漢だから、あっさり言います。その犬の小ささ、セーター姿はあきらかに不自然です。美しくない。

ある朝、やはり遠くの方で歩くのを嫌がっている子犬をなだめたりすかしたりしているオジサンがいます。「やれやれ、ご苦労なこった」と胸のなかでかるく悪態をつきながら近づくと、なんか変。犬のようだが犬っぽくない。
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おもわず「これは犬ですか?」と声をかけました。
「うさぎです。ロップイヤーという種類です。わがままで、いうことをきかないから散歩はたいへんです。」
許可を得てカメラを向けると、人なつっこく足にじゃれついてきます。飼い主のオジサンが「めずらしいな、こんなに無警戒に寄っていくのは。あなたも、よっぽど動物好きでしょ」という。
じゃれつかれてみるとなかなかかわいい。
ウーム、それにしても、うさぎの散歩は生まれて初めて見ました。

犬とみまごうロップイヤーに、乾杯。
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桜が終わった散歩コースには、つつじ、ハナミズキが咲きほこっています。美しい。
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2017年04月14日

「早起きは三文の徳」を実体験する

調布を描く中川平一氏の、油絵製作現場に出会う

寒さがやわらいできたので、週2〜3回の早朝散歩もずいぶん気分が楽です。4月12日の朝、まだ6時前だというのに三脚をたてて、とある民家をモデルに絵を描いている御仁がいます。
なんでこんな早朝に、しかも路上で、と好奇心全開で寄っていくと、絵のタッチに見覚えが!
『調布を描いて45年』の絵画集を出している中川平一氏ではないのか。
もちろん、面識もなにもありませんが、思わず近寄って行って「調布の絵を描いている中川さんですか」と声をかけました。
氏はおどろく風でもなく「そうです。私の絵をご存知でしたか」とおだやかに返事をしてくださいました。
「はい、個展を何回か拝見しました。画集も持っています」とこたえ「いま描いているこのお宅の絵は、図書館の深大寺分館に、いま飾られていますね」というと「ああ、あの絵も見ましたか。構図を変えて、桜をいれたものを描いているところです」という。
氏の絵は、ペン画と淡彩・水彩と思い込んでいましたが(『画集2』がそうだったので)、氏がいま描いているのはなんと油絵です。モデルの民家の庭に生えている桜の木の花びらを丹念に、一枚ずつ描き込んでいきます。
やがて「これをさしあげましょう」と、小さなカレンダーをポケットから取り出しました。「わが街調布ー調布を描いて50年ーVol.8 中川平一2017年カレンダー」と表紙に記された、手のひらサイズ(縦10cm横15cm)の小さなカレンダーです。なんとも申し訳ないことでしたが、押し問答はかえってご迷惑かと考え、ありがたく頂戴して退散しました。
中川平一3.jpg 中川平一.jpg
中川氏の絵は、細密な描写に特徴があります。なんでもない調布の民家や風景が、繊細な描線や彩色で芸術に昇華されている。調布駅前の昔の風景では、店の看板の一つ一つが、文字はもちろんサビ具合まで写しとられている。
抽象や省略をしない、ある種の素朴画のような趣きもあります。
調布住民にとっては、ああこれはあの農家だ、あの店だ、あの坂道だという、日常ふだんの暮らしが写しとられているわけですから、親しみはいっそう増します。調布の、宝物のような画家です。
数十年にわたって調布市内の小学校教師として勤められ、仕事の合間をぬってすばらしい作品を描き続けてこられたことに敬服します。

それにしても、こんな早朝から描いておられるのか。現場で彩色まですべてやるのか。ペン画、水彩画以外に、油絵もやるのか。
いろんなことを想いながら、帰宅しました。

「早起きは三文の徳」とはこのこと

ずいぶん前に亡くなった母の口ぐせが「早起きは三文の徳」でした。
故事ことわざ辞典などによれば「朝早く起きれば、健康にも良いし、それだけ仕事や勉強がはかどったりするので得をするということ。『三文』とは、一文銭三枚のことで『ごくわずかな』という意味」などとあります。
週に2〜3回の散歩、コースは三つの中からその日の気まぐれという散歩で、偶然にも敬愛する画家の製作現場に出会い、「中川平一カレンダー」までいただく。いやはや、母の教えは確かです。

亡き母の教えに、乾杯。
調布を描き続ける中川平一氏の画業に、敬意を表して乾杯。
中川平一2.jpg
posted by 三鷹天狗 at 08:14| Comment(0) | 散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月11日

東京大空襲の日に、本所・深川界隈を歩く

深川も焼野原になったー深川不動尊と富岡八幡宮にお参り

今年の3月10日も、囲碁仲間のSさんに案内をしてもらって、東京大空襲(1945年3月10日)で約10万人が殺戮された下町を、囲碁老人3人で散歩しました。
Sさんは1933年(昭和8年)、東京は本所生まれの84歳、当時は国民学校の6年生12歳だった。避難場所とされていた二葉国民学校(Sさんの母校)は危険だという父の判断で、両国の旧陸軍被服廠跡(現東京都慰霊堂)まで逃れて助かった話しは、なんど聞いても異様な迫力です。
「墨田川の向こうの蔵前も、今日これから行く深川のほうも、真っ赤に燃えていた。空は煙でおおわれて太陽を直接見られた。」
慰霊堂では、たくさんの方々が黙祷をささげています。わたしたちも中に入り祈りました。
慰霊堂IMG_20170310_120425_.jpg 東京大空襲IMG_20170310_115643.jpg
周辺散歩のあと、大江戸線で門前仲町へ。
東京での暮らしは45年をこえているのに、深川不動尊、富岡八幡宮にお参りするのは初めてです。二つが隣り合って建っているなんてことも、今回初めて知りました。
案内してくれるSさんも、子供だったので、焼失する前の深川不動尊や富岡八幡宮の記憶はないそうです。距離でいえば本所から4〜5キロですが、確かにその年頃では神社仏閣に関心がないのは当然です(もちろん、おとなになってからは何度も来ている)。
「このあたり一帯も、ぜんぶ焼け野原になったんだ。どれほどの人が死んだか。」
「米軍は、木造家屋の密集地帯を調査して空襲したらしい。」

深川不動尊では、内部の観覧を奨励しているようで、4階の日本一の天上絵や祈りの場、1階の巨大な不動尊の木彫などみどころ満載(ただし撮影は禁止)。お手洗いが最新式でレイアウトも抜群、清潔感の漂う空間になっているのが印象的でした。
深川不動尊IMG_20170310_123613_.jpg 深川不動尊IMG_20170310_123936.jpg
富岡八幡宮では、力士の顕彰碑がみもの。初代横綱・明石志賀之助から鶴竜力三郎まで、全横綱の名がしっかりと刻まれています。ここに72代・稀勢の里寛の名が加わるのか。そういえば、両国駅そばの大相撲博物館で3月場所の番付表を買おうと思ったら、稀勢の里人気で売り切れでした。
Sさんが「こんなのあったっけ」と驚いたのが伊能忠敬像。説明文によれば平成13年10月建立とあります。忠敬は深川黒江町(現・門前仲町1丁目)に住み、「測量旅行出発にあたっては必ず当宮を参拝していた」とのこと。さっそうと足を踏み出す姿が凛々しい。
八幡宮境内にある「深川宿」というお店で「深川めし」を食しました。「それにしても敷地の中にある食堂というのは珍しいね」「八幡宮が経営してるのかな」「まさか。借地じゃないの」「宿といえば品川宿とか新宿。深川にも旅館街がほんとにあったのかな」など、話題がつきません。
漁師が食べたぶっかけ風仕立てと、大工が食べた炊き込み仕立ての、2種類の「深川めし」がでてくるランチは、量が多くてとても食べきれず、炊き込みを持ち帰りにしてもらって、帰路につきました。
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深川・門前仲町の空襲を伝えるすごいサイト

帰ってきてから、ネットをのぞいてみたら、びっくりするようなページがありました。
「東京百選ー江戸旧聞東京百選」というサイト。
このなかの一編「事情 深川門前仲町 別記 ー東京大空襲の直後ー」http://www.kyubunhp.sakura.ne.jp/kusyuken.html
Sさんより少し上の年齢らしいサイト主の方は、住んでいた世田谷から、親戚のいる深川に、空襲の翌日に訪れた。そこで目撃した廃墟と化した深川と、無数の死者の姿が、なまなましい写真と文章で再現されています。その後も、片付けの伝いに数回訪れた。
「この間に目撃した事で、忘れなかった光景の一つは深川不動尊の本堂焼跡脇の広場に焼死者遺体を無雑作に山積みして在った事です。」
この光景は、空襲直後の3月18日に「昭和天皇行幸」があったことと関連している。「天皇の目から空襲の真実!犠牲者の遺体を隠蔽」するために、大いそぎで天皇が巡行する道路わきの遺体を片付けた光景だと論考しています。ウーム、今日行ってきたばかりの深川不動尊に、そんな歴史があったのか。
それにしてもこのサイト、数編読んだだけでも、サイト主の知識の広さ・深さ、見識の確かさが、伝わってきます。ゆっくりと時間をかけて読むことにします。

東京大空襲の犠牲者に、黙祷。
そして、2011年3月11日東日本大震災の犠牲者に、黙祷を捧げます。

関連:2016年3月11日、東京大空襲の日、本所・浅草界隈を歩くhttp://boketen.seesaa.net/article/434804725.html
2015年3月12日、東京大空襲の日、本所・浅草を歩き「どぜう」をhttp://boketen.seesaa.net/article/415388483.html
2014年3月11日、東京大空襲体験者の引率で下町を歩くttp://boketen.seesaa.net/article/391134009.html

posted by 三鷹天狗 at 10:43| Comment(0) | 散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする