2018年02月15日

依田紀基『どん底名人』

あの世界最強だった依田が、いま人生のどん底にいる?

依田紀基といえば、われわれ年配囲碁ファンにとっては、いっとき世界でいちばん強かった棋士です。
名人位4期、碁聖6期、NHK杯優勝5回など、国内棋戦でも一流の成績を残していますが、なんといっても国際棋戦での実績がすばらしい。
李昌鎬との五番勝負で勝利(1991年)、日中スーパー囲碁で中国主将聶衛平を破る(1994年)、三星火災杯優勝(1996年)、農心辛ラーメン杯世界囲碁最強戦で日本チームを率いて優勝(2006年)。
いま、井山が世界戦の決勝に進出したことがニュースになるほど中国・韓国におくれをとっている日本ですが、依田の全盛期には正面からわたりあって遜色なかったという記憶があります。
180センチ90キロの堂々たる体躯、ふてぶてしい顏、ぶっきらぼうな話し方。バクチ好きで、バカラ地獄にはまっているらしいという芳しくないうわさなど、盤外でも豪傑ぶりが伝えられていました。しかしまあ、囲碁の世界には藤沢秀行という、酒・バクチ・女の三拍子そろった破天荒な棋士がいたので、それに比べれば騒ぐほどのことでもない。
まして1998年に、才媛のほまれ高い原幸子(女流棋士)と結婚した。わたしは当時参加していた囲碁サークルであるプロ棋士(故人)の指導をうけており、酒席で彼が「依田の面倒をみられるのは原しかいない。これで依田も安心」と話しておられたことを思い出します。
その後、時代はうつり「平成四天王」(張栩、山下敬吾、高尾紳路、羽根直樹)の後塵を拝するようになり、井山一強の今となっては過去の人…というのは勝負の世界としては自然の流れです。

その依田が「私は現在、ある意味、バカラ地獄以上の人生のどん底にいる」と赤裸々に告白しています。
結婚後もおさまらなかったバクチと浪費癖のせいで、持ち家を失い、家族とは別居している。さしもの原も、依田をコントロールすることは無理だったか。命に代えてもというほど愛する3人の息子にはもう2年間も会えていないという。
「子供に会いたい。私の一番の望みはこのことである。」
後悔と血涙。
あの依田紀基が、孤独のなかでのたうちまわっている。

いろいろ事情はあるだろうが、原さん、せめて月一回くらいは子供たちと会わせてあげることはできないですかと、一ファンとしては言いたくなります。
原さんが2年間子供に会わせないというのは、カネだけではない問題がからんでいるのか。それとも、心を鬼にして、依田の再起、50代でのタイトル奪取といった結果をだせと求めているのか…。いろいろと臆測が湧きます。

それにしても際立った個性です。
囲碁でプロになれるような人間はアタマが良いに決まっていると世間は思っているが、その常識はまちがっている。私は学校の勉強ができない劣等生だった。何度そう言っても人は謙遜だという。なら証拠をみせますと、中学校3年生のときの「オール1」の通知表を、写真付きで公開しています。伝記なんかでオール5の通知表を見せられたことはありますが、オール1の通知表公開というのは、本邦初ではないか。
プロになるため上京し、安藤武夫門下として住み込み修業をはじめた依田には、中学校で過す時間が、無駄で、邪魔で、苦痛でしかなかった。囲碁の勉強なら一日10時間やっても飽きないが、学校の勉強にはまったく意味がないと考えている。暴力教師に目をつけられ体罰を受けたと、50歳をこえた今、筆誅を加えている。この教師が読んだらふるえあがるほどの、強く深い怒りです。
依田は13歳中学2年生の時にプロ試験を受け、興銀を退職してプロ試験に挑戦した石倉昇に負けて、入段を逃した。「東大生に、碁でも負けるのか」と涙があふれたと述懐しています。東大卒とオール1の神童が交差・激突した、印象的な場面です。

尊敬する藤沢秀行とのエピソードがたくさん綴られている。ある日、秀行がまだ23歳の依田に、俺から500万円で碁盤を買えという。そんな金ないというと「じゃ、300万でいいや」。金をもって行ったら30万を秀行がぬき、残りは奥さんに渡して、自分は「じゃあな」と競輪場に去っていった。
そんなことしてみせたら、依田が道を誤るのも無理はないよ、といいたくなります。

依田がもういちど輝く姿がみたい

それしても依田紀基、もういちど輝いてほしい。
囲碁指南の名著『依田ノート』(2003年)は、いまも私の愛読書です。その一着を打つときに、なにが大事と考えるべきかを、懇切丁寧、アマチュアにも分かる言葉で記した。わたしにとっては、趙治勲『地と模様を超えるもの』に匹敵する本です。もちろん、依田のいう通りにはまるで打てませんが。
依田は本書『どん底名人』を息子たちへの「遺書」だと言っています。つまり、おれはもう死んでいると言っているわけです。なら、なおさらです。囲碁に命をかけて死んだ男の、底知れぬパワーをもういちど見せてほしい。5〜60代にもタイトル戦を闘っていた師秀行の、衣鉢を継いでほしい。

依田が、愛する息子たちと再会できる日を祈って、乾杯。
どん底名人 -  依田ノート -  
依田紀基『どん底名人』角川書店、2017年、1500円+税。
依田紀基『依田ノート』講談社、2003年、2000円+税。
posted by 呆け天 at 08:55| Comment(0) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月15日

なんて強い藤沢里菜女流名人(19歳)。竜星戦で快進撃・4連勝。

大石を仕留めた剛腕、見る者を魅了しました

進行中の第27期竜星戦Eブロックで、藤沢里菜3段(女流名人)が快進撃している。
1回戦、大表拓都2段に白番中押勝ち。
2回戦、堀本満成4段に白番中押勝ち。
3回戦、武宮陽光6段に白番中押勝ち。
そして、1月8日放送の4回戦、ベテラン桑本晋平7段にみごと黒番中押し勝ち。
桑本7段の巧妙な打ちまわしで明らかに劣勢にたたされていた藤沢は、桑本の大石に猛然とおそいかかりみごとに仕留めてしまった。解説の河野光樹8段が「とても死ぬ石ではない」と解説し、じっさい局後の検討でも白石に生きはあったようなのだが、素人目には、とりかけにいった藤沢の迫力があざやかに記憶に残りました。
藤沢里菜、強い!

もちろん、藤沢里菜の強さは昨年女流4冠を達成した時点で、囲碁ファンなら百も承知二百も合点のことです。
ながく女流棋士のトップとして君臨している謝依旻(しぇいいみん、27歳)の、5タイトル独占(女流本因坊、女流名人、女流棋聖、扇興杯、立葵杯)のうち、女流棋聖以外の4つのタイトルを昨年奪取した(現在は女流本因坊を謝依旻に奪い返されている)。
第43期碁聖戦ではそうそうたる棋士を破って本戦入りした(女流棋士の七大タイトル戦本戦入りは9年ぶり)。
将棋に比べれば男女の実力差は少ないといわれる囲碁だが、ながく女流トップに君臨している謝依旻でさえ、七大タイトル戦本戦入りはできていない。
囲碁ファンにとっては「里菜ちゃん」は、なんといっても故・藤沢秀行(名誉棋聖)の孫です。
あの破天荒な棋士の血をひいているというだけで、なんやかやと妄想をかぶせてしまう。
歌舞伎の世界ではないのですから、一流棋士の子どもや孫が一流になるなどという保証はまったくありません。にもかかわらず、もしかしたら藤沢里菜は七大タイトル戦で男性棋士とはりあうような棋士になるのでは、という期待を抱いてしまいます。
韓国では2000年、女流棋士芮廼偉(ぜい・のい)が、゙薫鉉を破って韓国のタイトルの一つ国手を奪取した歴史があります。不可能とか、ありえないということではないのです。

竜星戦、初めて見る棋士のたたかいを堪能。

テレビの囲碁番組といえばNHK杯囲碁トーナメント(日曜12:30〜)しか世の中には知られていません。しかし、囲碁好きにとっては、囲碁将棋チャンネルの早碁棋戦・竜星戦があります。
NHK杯にでてくるような強豪・有名棋士も後半にはでてきますが、各ブロックの1〜6回戦くらいまでは、初めて見る棋士がほとんどです。とくに、1〜3回戦あたりは初段〜3段の若手棋士が激しいうちあいねじりあいを演じて、じつに面白い。
昨年26期では、芝野虎丸17歳が初優勝し、井山裕太に続く若手の台頭を強くアピールしました。

藤沢里菜女流名人の、竜星戦での快進撃に、乾杯。
藤沢里菜2.jpg藤沢里菜女流名人。写真はWebサイトより。
関連:2017年09月28日、祝!芝野虎丸・新竜星誕生http://boketen.seesaa.net/article/453750127.html
posted by 呆け天 at 11:53| Comment(0) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月08日

井山裕太、世界最強の中国・柯潔を破りLG杯棋王戦決勝進出

高尾紳路(前名人)の観戦記に、強烈なことばが…

井山裕太・七冠(28)は11月15日「第22回LG杯棋王戦」準決勝で、現在世界最強といわれる中国の柯潔(かけつ)九段(20)を倒し、来年2月の決勝戦で中国の謝爾豪(しゃじごう)五段(19)と対戦することになった。
快挙です。ぜひ、決勝でも勝ってほしい。
井山写真.pngアタマを抱える柯潔(左)勝利した井山(右)
もはや日本は、世界戦の決勝まで勝ち進むこと自体が「事件」として報じられるほど中国・韓国に差をつけられています。
井山に「再七冠」をゆるした高尾紳路前名人(41)は「たかお日記」という、とてもいいブログをやっています。とうぜん井山・柯潔戦の観戦記もポイント解説付きでとりあげられており、囲碁ファン必見ですが、観戦記の最後に、つぎのようなことばがあります。
「現状、世界トップクラスの棋士は韓国で5人ほど、中国は20人はいます。日本は現状、井山七冠だけなので、優勝するのは、かなり大変。」
囲碁観戦記者とかアマチュアのことばではなく、つい先日井山と名人戦7番勝負を争った高尾のことばですから、迫力がちがいます。
そうか、そこまでいうか。
世界のトップクラスは韓国5人、中国20人で、日本は井山一人しか入らないのか。

しかも柯潔20歳、謝爾豪19歳。いわば少年のような若さです。
高尾たち「平成四天王」といわれた棋士たちより二回りちかく若い。老囲碁ファンとしては、高尾や山下敬吾(39)が、シブい技で柯潔に碁の奥深さを教えてあげるの図、なんてのを夢想したりしますが、そゆことはもうありえないわけだ。
日本でも最近、一力遼(20)、芝野虎丸(18)という若手がトッププロの仲間入りを果たしています。一力や芝野が、柯潔や謝爾豪と互角にたたかい、ヨーロッパやアメリカ大陸からも彗星のごとく天才が現われる、そんな日がきてほしいなあ。

囲碁は、世界をつなぐ「手談」

囲碁はシンプルなゲームだからこそ、やすやすと国境や言葉・文化のカベを超えられる。現に呆け天は日本棋院幽玄の間で、韓国・中国・台湾の人たちとも、気軽にネット対局を楽しんでいます。
囲碁の別名を「手談」といい、勝敗を争うだけではなく、対局相手との、着手を通じた対話を楽しむゲームだと、むかしから言われています。性別、年齢、人種、国籍…そういうものを超えて世界中の人と対話を楽しむ。日本語しかできない老人と世界をつないでくれるゲームです。
世界に囲碁愛好家が何人いるかは知りませんが、その頂点「世界最強のひとり」に、井山裕太も割り込んでくれたのは、やはりうれしい。

井山裕太七冠のLG杯棋王戦決勝進出に、乾杯。
posted by 呆け天 at 10:45| Comment(0) | 囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする