2018年02月21日

ちばてつや『ひねもすのたり日記@』

ちばてつや18年ぶりの新作。笑えて、泣ける、名作誕生です。

漫画連載を長いあいだ休止しているちばてつやに、『ビッグコミック』(小学館)編集部から何度も連載依頼の電話がかかってくる。「4ページの読み切り」という依頼に「ワシはストーリー漫画家だ。4ページで何が描けるかっ」と怒るちば。
しかし、編集部から当時93歳の水木しげるの『わたしの日々』が送られてきて「プッ」と噴きだしながら読む。
そうか。水木しげるの連載に刺激されて、この作品がはじまったのか。良かったなあ。
連載を引き受けて一月ほどたったころに水木の訃報を聞き、茫然としてへたりこむちば。水木との最後の思い出が、さいとうたかお『ゴルゴ13』の連載45周年パーティだった。お互いのアタマをなでながら毛のないことを笑いあうふたりの写真が載っています。

一回分4ページの連載で、いま現在の老いた自分、漫画家仲間とのつきあいや思い出、幼少のころの満州体験と苛酷な引き揚げの、三つの要素がみごとにリンクした作品になっています。
健康のために散歩にでて、迷子になる。病院の支払いのとき財布の中身をばらまいてしまう。大騒ぎの果てにクスリを忘れてくる。老いの日々が愉快にスケッチされます。
1989年3月、手塚治虫の葬儀に集まった漫画仲間たちは「君たちは運動しなさいよ」という手塚の声を聞いたように感じる。その日「イージー会」(いい加減な爺さんたちの会)というゴルフコンペの会がたちあがり、今も続いている。藤子不二雄Ⓐ 、つのだじろう、さいとうたかお、古谷三敏など、まんが好きが愛する老漫画家たちのいきいきした姿が楽しい。
苛酷な引き揚げ体験の中で、人は簡単に死んでしまうことを何度もみてきた。いつ死んでもおかしくなかった自分は、今も生きている…。ちばの筆にかかると、生き地獄のような逃亡・難民生活の中でも、父の中国人の友人・徐集川さんに助けられたエピソード、飢えと苦難のなかで乳飲み子を含む子ども4人を連れて日本に生還した父母の愛と闘い、真夜中にたどりついた父の田舎(千葉・飯岡)での祖母や親戚たちの驚きと歓迎など、少年の目から見た希望や人間讃歌がきらめく。とんでもない絶望を見た人とは思えない明るさがあります。
宗教によるのでも、特別な哲学によるものでもない。ちばの人間への信頼や愛は、死線を生き延びた家族の絆によってつくられたということが、ひしひしと伝わってきます。
まだ1巻だけですが、名作の誕生です。もはや『ビッグコミック』も『オリジナル』も読まなくなって久しいので、単行本にまとまった時だけ読むということになりますが、いつまでも何巻でも読ませてほしい。内容的には『屋根うらの絵本書き』(2016年)と重複する部分が多くありますが、すべて新しく書き起こされており、本作品の完成度を高めるための神経が行き届いた構成になっています。
1939年生まれの漫画家に、これだけみごとな創作能力があることに驚嘆します。

漫画の本流をゆうゆうと泳いできた達人

ちばの『ハリスの旋風(かぜ)』『明日のジョー』などを青少年時代にリアルタイムで読んできました。弟のちばあきおの『キャプテン』も全巻読んでいます。
手塚治虫文化圏とも、劇画集団とも違う。といって、「孤高」とか「隔絶した」といったポジションでもない。独自の流儀で漫画の本流をゆうゆうと泳いできた達人です。もちろん本人は、そんな気はさらさらなく、命がけで描いてきた不器用な漫画家にすぎないというでしょうけれども。
やなせたかしの跡をついで就任した日本漫画家協会理事長としては、漫画表現を規制しようとする政治勢力と、毅然と対峙している。立派です。
1994年、心臓疾患で入院したちばが退院してきたら、ちばプロのスタッフは解散し誰もいなくなっていた。ちばが漫画を描き続ければ死んでしまうと考えた妻が、独断でした決断だった。ちばは、その決断のおかげで今も生きているとエッセイに記しています。ほんとうに、生きていてくれて良かった。

漫画の達人・ちばてつや、18年ぶりの新作かつ名作の誕生に、乾杯。
ひねもすのたり日記 第1集 (ビッグコミックススペシャル) -  ちばてつや自伝 屋根うらの絵本かき -  ちばてつやが語る「ちばてつや」 (集英社新書) -
ちばてつや『ひねもすのたり日記@』小学館、2018年、1111円+税。
参考:『屋根うらの絵本書き』新日本出版社、2016年、1900円+税。
『ちばてつやが語る「ちばてつや」』集英社新書、2014年、760円+税。
関連:2016年01月23日、水木しげる『わたしの日々』http://boketen.seesaa.net/article/432837879.html
posted by 呆け天 at 09:21| Comment(2) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月03日

川端基夫『消費大陸アジアー巨大市場を読みとく』

ラマダン明けにポカリスエット!アジア市場のダイナミズム。

「世界は意味と価値のモザイク」と説く、国際流通・アジア市場についての入門書。とても面白い。
インドネシアの全人口の8割を占める2億人のイスラム教徒に、大塚製薬のポカリスエットが爆発的に売れているのだという。
イスラム教では1年のうち約1ヵ月間は断食(サウム)が課せられる。ラマダンとよばれる断食の月には、日の出から日没まで、食べ物はもちろん水さえも口にできない。とうぜん夕方には脱水症状をおこす。とくに老人や子供には体にこたえる。
「ラマダン明けの渇きを癒す」飲料としてポカリスエットが認知され、他の飲料水の1.5倍の値段なのに、ものすごく売れている。

大塚製薬が「ラマダン明け」の需要にたどり着くまで、10数年を要した。
1989年にインドネシアに進出したが、日本でポカリスエットが売れる三つの要素「スポーツで汗をかいたあと」「風呂上り」「二日酔い」はインドネシアには存在しない。熱帯の気候の下でスポーツで汗を流そうなどという人はいない。湯につかる習慣はなくシャワーを浴びるだけ。イスラム教は酒を禁じているから二日酔いも存在しない。
さっぱり売れないポカリスエットがインドネシアで受け入れられたのは、2004年のデング熱の大流行だった。デング熱は、蚊が媒介するインドネシアの風土病で、冒されると数日間40度以上の高熱と下痢が続き、深刻な脱水症状に陥る。
この時の水分補給剤として、ポカリスエットが認知される。それは、営業マンが一軒一軒医療機関を訪問し、医薬品代替飲料として医者から患者に勧めてもらうように働きかけた、地道なマーケティング活動の結果だった。
スポーツの「渇きを癒す」飲料から、デング熱の「渇きを癒す」飲料へと、価値の転換が行われたシーンだった。ここでの社会的認知が、次の、ラマダンに「渇きを癒す」シーンへの飛躍を生みだしていく…。ドラマです。

人は商品をどのように意味づけ、価値づけて購入するのか。
それは国によって、地域によって、宗教や生活習慣によって、想像もつかないほど違うのだということが、さまざまな事例をあげて説かれます。
中国からの観光客がいま訪れたいのは、日本の平凡な農村だ。中国の、暗い貧しい農村と、日本の明るい「豊かな」(と少なくとも中国人には見える)農村部の対比に、彼らは驚愕する。
中国からの観光客がなぜ日本のドラッグストアで家庭用医薬品を爆買いするのか。それは都市部の金持ちしか医療の恩恵を受けることができない中国の現状ゆえだ。
吉野家はアジア市場でどのように受け入れられたか、味千ラーメン(本社:熊本)の豚骨スープが台湾と中国本土で爆発的に受け入れられた理由、ロッテのリキシトールガムが、またたく間に中国のガム市場の30%を占めたのはなぜか。日本の中古ピアノ(死蔵数500万台)が中国でなぜ売れるのか。
どの事例もただただ感心するばかりです。

川端の関心は、日本のモノやサービスをアジアでどうやって売っていくかにあります。大学教授が「日本の商品を売る」ことにかくもあからさまな熱意を示すことに、呆け天などは少し違和感を覚えますが、いまどきの「役にたつ学問」を求められるご時世では当然なのかもしれません。
自信喪失の裏返しとしての「日本エライ」病が蔓延しています。川端の、市場での検証に耐え得るモノやサービスとはなにかに徹したリアルな研究は、その治療にもなります。

「意味と価値のモザイク」という、世界理解の楽しさ

世界を理解するさまざまな方法のひとつとして「意味と価値のモザイク」という考えかたが加わりました。いいですね。相対主義で、柔軟で、排他主義から自由。どんな文明も文化も良しとする大らかさを感じます。
ある商品が市場に受け入れられるか、受け入れられないか。その一点をめぐる考察が、アジアの中で日本が生き延びていくにはどうすべきかという、問いかけになっています。

ラマダン明けのポカリスエットに、乾杯。
消費大陸アジア: 巨大市場を読みとく (ちくま新書1277) -
川端基夫『消費大陸アジアー巨大市場を読みとく』ちくま新書、2017年、780円+税。
posted by 呆け天 at 09:44| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月26日

金革(キムヒョク)『自由を盗んだ少年 北朝鮮悪童日記』

自由のために、生命を賭けたコッチェビの脱北記

北朝鮮で、7歳から18歳までコッチェビ(浮浪児、ストリート・チェルドレン、アウトロー)として生き抜き、脱北者となった青年の手記です。
「今日の食事」のために、ものもらい、ひったくり、窃盗、スリなどあらゆることをする。飢えのまえでは、正邪も良否もない。孤児院や感化院など、じっさいには不良少年を飢えや体罰で抹殺するための施設での暮らし。そして命がけの脱出行。冒頭30ページを費やして描写される中国からモンゴルへの国境超えは、さながらサスペンス映画、冒険活劇映画の趣きです。
運よく韓国にたどりついた金革は、自分の人生を自分で選ぶことができる韓国を、天国と呼ぶ。奨学金を受けて大学院に学び、修士論文を書くまでにいたる。
よくぞ生き抜いた。
人間は、食うためならなんでもする。自由のためなら、生命を賭ける。
国民を飢えさせ自由を剥奪する金王朝は、崩壊する以外にないのだということが、なまなましく伝わってきます。

金革の修士論文は、版元の大田出版が「補論・北朝鮮のコッチェビ研究」として、Web公開サービスをしています。大田出版、エライ!
北朝鮮の現状を、平易な文体でレポート・分析しており、広く読まれてほしい価値ある論文です。
北朝鮮当局は、大きく3つの方法で国民を統制している。
「徹底した配給制度のもと物質で人を統制する物質統制、『唯一指導体制』の正当性を浸透させる理念統制、そして警察の徹底した監視と処罰を通じて住民を統制する警察統制だ。これは北朝鮮社会のすべての住民に例外なく適用される。」
国民を「3階層45成分」に分類し、食糧配給、住居、教育、職業…すべてについて徹底的に差別・監視・統制をする。
金革は、もはやコッチェビ(統制社会の枠外の人間たち)は、北朝鮮社会が排除できない闇市場を形成していると書いています。ソ連崩壊時のロシアマフィアが果たした役割りと同種のものになっている。北朝鮮の崩壊の一要因となり、かつ、崩壊時の混乱を最小限に止めるための装置にもなりうると予見している。
金革の予見の当否は分かりませんが、悪夢のような統制社会からこぼれおちざるを得ない人びとに、幸あれと祈らずにはいられません。

金王朝崩壊は、どうやってもたらされるのか

佐藤優は、武力ではなく経済で北朝鮮の独裁を終わらせるべきと主張しています。ハリネズミのようになっている北朝鮮を、武力で制圧しようとすれば途方もない犠牲が発生する。戦争を避け、金一族の生命を保証し、改革開放経済にひきこんで国民に豊かさをもたらすべきだ。国民の「欲望」を解放すれば、欲望の阻害要因である金王朝独裁は退場せざるをえない、という筋書きです。
金革の、コッチェビ闇市場が統制社会を揺るがすという考えは、佐藤優の主張と通底するところがあります。

苦難を経た金革は、終章で言います。
「結局僕の結論はこうだ。赤(共産主義)か青(韓国人が好む色)のどちらかでなければならないわけじゃない、腹を満たすことができ、誰にも束縛されない生活ができるのなら何色でも関係ないじゃないか?」

生き抜いたコッチェビをたたえて、乾杯。
自由を盗んだ少年−−北朝鮮 悪童日記 -
金革(キムヒョク)『自由を盗んだ少年 北朝鮮悪童日記』太田出版、2017年、1400円+税。
関連:金革「北朝鮮のコッチェビ研究」http://www.ohtabooks.com/press/2017/09/08124500.html
2017年10月12日、佐藤優「トランプの『北の核容認』に備えよ」http://boketen.seesaa.net/article/454109454.html
posted by 呆け天 at 08:38| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする