2017年12月31日

瀬尾まなほ『おちゃめに100歳!寂聴さん』

瀬戸内寂聴、最近の元気の素が、この秘書らしい

95歳の現役作家にして天台宗の大僧正、瀬戸内寂聴。
2011年の東日本大震災当時、圧迫骨折の療養でほぼ寝たきり状態だったのに、すっくと立ちあがり、支援と法話のために現地にかけつける。福島原発事故をうけて澎湃とまきおこった反原発運動の先頭にたつ。安倍政権の安保法制に反対して国会前でSEALDsの学生達と連帯する。
常人の域を、はるかに超えたエネルギー、ほとんど生き仏級です。
2017年5月4日、脚と心臓のカテーテル手術という大病のあとに行われた岩手県浄法寺町の天台寺の法話には、5000人がつめかけたという。テレビでもその様子は報じられた。浄法寺町の人口が4066人だそうです。その法話を聞くために5000人の人々が、遠路はるばる岩手県の田舎町につめかけた。生き仏を拝みに来たということでしょう。

瀬尾まなほは2011年3月、大学卒業と同時に瀬戸内寂聴の秘書に採用された。面接の場で「私の小説読んだことある?」と聞かれて、恥ずかしそうに「ありません」とこたえた。それを面白がられて採用されたのだという。寂聴という名前と尼さんだということは知っていたが、小説家だとは知らなかったというから、筋金入りです。
瀬尾がきてから寂聴はよく笑うようになった。
「センセ、よくテイソウ、テイソウってここに来るオバちゃんたちに話してるでしょ。あの子はショジョだからとか、でないとか。あれってなに?」(本の最後に寂聴がよせた「まなほへ」より)。
寂聴はゲラゲラ笑う。笑うしかない。二人のなかの「天然」の部分が響きあった。
採用されて3年ほどたった2013年、寂聴を支えてきたベテランスタッフ4人が「自分たちの給料を払うために先生を働かせるのは申し訳ない」と辞めていく。これを、寂庵「春の革命」というらしい。解雇ではない。寂聴は「みんなには私が死ぬまでいてほしい」と泣いたという。自主退職しなかったら、寂庵そのものが維持できないとスタッフたちが判断した。それほどの赤字に陥っていた。
残ったのは25歳のひよっこ秘書の瀬尾と、お堂をまかされていた堂守の二人きり(後に事務担当が入って現在は3人)。
ところが、このひよっこ秘書は逆境に強い体質らしく、大ピンチの寂庵の屋台骨になっていく。大病を患った超高齢者の介護、食事や入浴など見のまわりの世話、あまたの連載をかかえる小説家の秘書、多くの信者に頼られる大僧正の世話役。どれひとつとってもたいへんな仕事を、一人で(堂守の協力を得て)やりぬく。
そのうち、寂聴が世話になる病院でも、出版業界でも「名物秘書」として知られるようになっていく。
耳が遠く、せっかちで、早飲み込みの寂聴には、伝えたいことがあるときには手紙に限ると思いつき、苦言や感謝など、ふだん口にしにくいことを手紙に書いた。寂聴は「いまどきの若い子」の文章の新鮮さに魅かれ、あるとき自分の小説に瀬尾の手紙をそのまま引用した。編集者からその手紙部分を絶賛され、実は秘書の文章をそのまま引用したとうちあけたら、瀬尾本人にエッセイの依頼がくるようになる。
そうしてできあがったのが、本書です。

いやはや、たいしたものです。この人が寂聴の秘書になってくれて、ホントに良かった。
篠山紀信撮影の二人の写真がたくさん掲載されていて、孫(というより曾孫か)とのツーショットにはしゃぐ祖母という感じの、寂聴の表情がとてもいい。瀬尾本人も、大らかな美人顔です。
瀬尾が、寂聴の元気の素になっていることが、よく伝わってきます。

「従僕の目に英雄なし」と言うけれど

山本夏彦はエッセイによく「下男の目に英雄なし」と書いた。どんなすごい英雄でも、そばについて世話をしている召し使いからみれば、欠陥だらけの普通の人間、一介の俗物でしかない。英雄といったって所詮そんなものという意味と、下世話な目=下男の目でしか人物やものごとを見ることができないのは恥ずかしいことだという戒めと、二重の意味をもたせた言葉でした。
わたしは山本が好きな中国の故事だろうくらいに思っていましたが、どうやら哲学者ヘーゲルの「従僕の目に英雄なし」が由来のようです。
有名人の秘書や元秘書が書く文章には、つねにこの危険が伴います。
「あんな立派なことを言ってるけど、ウラではこうでした」というような、思いきり卑俗なものになる危険がある。
その逆に、みなさんが見ているよりさらに立派な、神さまのような人でしたというのもありでしょうが、そんなものは誰も読まない。
本書は、鮮やかにその危険をクリアしています。
問題だらけの愛すべきおばあちゃんとしての寂聴と、生命を賭して闘いの現場に赴く寂聴、5000人の聴衆を笑わせ泣かせる寂聴。世俗と超俗の混じりあい具合が、なんともいえずいい感じです。
なにしろ寂聴に面と向かって「死ぬ死ぬ詐欺だ」と言える秘書です。天然加減、大物ぶりが違う。

前回ブログの水木悦子『ゲゲゲの娘日記』の水木しげると瀬戸内寂聴は、同じ1922年生まれです。戦争と敗戦をくぐり抜けた二人の、俗でありながら超俗でもある生き方は、どこか似通っている。ともに「従僕の目に英雄なし」の危険をクリアした2冊を、この年の暮れに読めたことは幸せでした。

大物・天然・名物秘書の、みごとなエッセイに、乾杯。
おちゃめに100歳!  寂聴さん -
瀬尾まなほ『おちゃめに100歳!寂聴さん』光文社、2017年、1300円+税。
関連:2016年06月01日、瀬戸内寂聴『老いを照らす』http://boketen.seesaa.net/article/438493077.html
posted by 呆け天 at 10:23| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月28日

水木悦子『ゲゲゲの娘日記』

娘にしか書けない、水木しげる最後のメッセージ

水木しげるの次女・悦子さんが、水木しげる晩年の日々をいきいきと伝えてくれます。
悦子さんがまだ幼かった頃の思い出話も楽しく、水木ファンにはたまらない。
どのエッセイも笑いで終わる。いかにも水木しげるの薫陶をうけた次女にふさわしい。
気楽に鼻歌気分で読んでいくと、終わりちかく「お疲れさまお父ちゃん」という、シリアスな、水木しげる最後の闘病の様子が描かれます。
2014年12月、心不全による肺水腫を発症した水木は、大手術とリハビリに耐え、翌年7月には故郷の境港や島根半島をめぐる旅にでるほどに回復した(この旅は「水木しげる93歳の探検記 〜妖怪と暮らした出雲国〜」<山陰放送制作>という、すばらしい映像記録になっています)。
しかし2015年11月中旬、自宅でトイレに行こうとして転倒、頭を柱にぶつけて脳内出血、緊急手術を行った。
入院して2週間ほどたったある日、言葉を発することができない水木は、必死で看病する悦子さんの脳に直接語りかけた。
「もう、ええ」

11月30日早朝、水木しげるは永眠した。
家族から親戚や事務所スタッフにさえまだ伝えていないうちに、マスコミが動き出し「水木しげる死亡」のテロップが流れた。病院や自宅前には大勢の報道陣がつめかけている。家族や親戚はみな、その無神経な騒ぎ方に腹をたてている。悦子さんも、情報をリークしたに違いない病院関係者や、騒ぐ報道関係者に怒りと苛立ちを抱く。
そのとき、悦子さんの脳に直接水木が語りかける。
「彼らは、それが飯の種なんだよ。彼らも食うために必死なんだ。許しちゃれ」
これで悦子さんの怒りは消える。

お寺での通夜のあと、悦子さんは住職に「父の隣で寝てもいいですか」とお願いし許される。翌朝、帰宅しようと寺の玄関に向かっているとき本堂から視線を感じた。
ふりむくと「そこにはスーツに身を包んだ父が優しい微笑みを浮かべてゆっくりと手を振ってくれていた。いつもの、はにかんだような笑顔。お父ちゃん!ありがとう。私も手を振った。」

悦子さんにしか書けない、水木しげる最後のメッセージに、胸うたれます。

「お母ちゃんはそれを理解するのに何十年もかかったわ」

『ゲゲゲの女房』にもでてきますが、水木は新婚当時の食うや食わずの極貧時代にも、兄一家への援助をしていた。妻・布枝さんはどうしても納得できず、悦子さんがものごころついた頃になっても、夫婦喧嘩の種はこの援助をめぐってだった。
水木は4人家族の大黒柱だっただけでなく、武良家一族の大黒柱だった。
水木の遺影を前に布枝さんは「お母ちゃんはそれを理解するのに何十年もかかったわ」と述懐する。
「母は涙ぐんだ。父の遺影の笑顔が、いつもよりもっとニッコリ微笑んだように見えた。『ヤットワカッタカ!』と。」
すばらしいエンディングです。

ゲゲゲの娘の、愛と涙にあふれた追悼日記に、乾杯。
ゲゲゲの娘日記 (怪BOOKS) -
水木悦子『ゲゲゲの娘日記』KADOKAWA、2017年11月29日(命日の前の日)、1200円+税。
関連:2016年01月23日、水木しげる『わたしの日々』http://boketen.seesaa.net/article/432837879.html
2015年12月01日、追悼 水木しげる翁http://boketen.seesaa.net/article/430522832.html

posted by 呆け天 at 12:10| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

原田ひ香『東京ロンダリング』『失踪.com 東京ロンダリング』

事故物件のロンダリング、失踪、自己啓発。今風のテーマがつぎつぎと。

『東京ロンダリング』(2011年)は、32歳の離婚女性が、安い家賃のアパートを探しているうちに、「事故物件」(自殺、殺人などの事故があったワケあり物件)にタダで数ヶ月住んで物件を洗浄・浄化(ロンダリング)する仕事にめぐりあうという、奇妙な設定の物語です。
タダのうえに、一日5000円の日当まで支払われる。彼女は、離婚のダメージで抜け殻のようになっている状態から、さまざまな出会いのなかで、もういちど生きていく力をとりもどす。
「ほんとにそんな仕事があるのか?」と大きなハテナマークがついたまま、達者な筆にのせられてあっという間に読みおえてしまう。少々つくりすぎの難(離婚は夫の謀略だったなど)はありますが、面白さは抜群です。
高円寺の、相場不動産という、小さな不動産屋の社長がおもいついたすき間ビジネスであり、いかにもありそうな気がしてくる。相場社長が、主人公の内田りさ子に言い聞かせる仕事上の心得「いつもにこやかに愛想よく、でも深入りはせず、礼儀正しく、清潔で、目立たないように。そうしていれば絶対に嫌われない」という言葉が、もういちど生き直すためのマニュアルにも、新たな恋のキーワードにもなるという、こころにくいストーリーです。

続編にあたる『失踪.com 東京ロンダリング』(2016年)では、相場不動産のロンダリングビジネスが何者かによって妨害されているようだというお話しがいくつか積み上げられます。相場の依頼で動き始めた失踪者探しの会社「有限会社失踪ドットコム」の仙道啓太は、やがて巨悪の存在につきあたる…。
ロンダリングに加えて、失踪という現代的なテーマ、さらには「自己啓発ブーム」の不気味さの三重奏です。それで面白さ三倍かというと、残念ながらそのようにはなりませんでした。やはり作りすぎの難(巨大不動産会社が相場不動産をつぶそうとするなど)が気になり、せっかくの面白い素材を損ねています。
しかし、相場不動産のまあちゃん(どうしても柳原可奈子を連想してしまう)の造形や、失踪は「集団を円滑に維持する手段」ではないかという考察、「幽霊より、高い家賃が怖い」という東京の住宅事情についてのアフォリズムなど、おもしろい要素もたくさんあります。

これを、想像だけで書いた?すごいものです。

それにしても「事故物件のロンダリング」などという仕事が、ほんとにありうるのかと検索したら「『事故物件』が見せる東京の裏側」(週プレNEWS )という、作者原田ひ香が「事故物件サイト」を運営している大島てると対談している記事をみつけました。
ここで原田は、ロンダリングの仕事はまったくのフィクションであり、相場不動産も想像の産物、親しい不動産会社経営者もいないと語っています。完全に想像だけで、これだけのお話をつくりあげるというのはすごいものです。
原田はラジオドラマ作家としてスタートしたと経歴にあります。私が「つくりすぎ」の難を感じるのはそのせいかもしれない。ラジオやテレビのドラマは視聴者を引き付けておくために、次々とネタや映像を繰りだす必要があるのだろう。ドラマを見る習慣のない爺さんには、それがうるさく感じられるのでしょう。

ユニークな着想の作品に、乾杯
東京ロンダリング (集英社文庫) -  失踪.Com 東京ロンダリング -
原田ひ香『東京ロンダリング』集英社、2011年、1300円+税。(現在、集英社文庫)
原田ひ香『失踪.com 東京ロンダリング』集英社、2016年、1700円+税。
関連:「本当に怖いのは人間?『事故物件』」が見せる東京の裏側」(2016年9月8日週プレNEWS 週プレNEWS )http://wpb.shueisha.co.jp/2016/09/08/71636/
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posted by 呆け天 at 09:34| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする