2018年01月17日

若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』

祝・63歳の芥川賞受賞。「遠野の昔語り」の匂いがする。

「あいやぁ、おらの頭(あだま)このごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねべが
どうすっぺぇ、この先ひとりで何如(なんじょ)にすべがぁ」
これが書きだしの2行です。
わたしは東北出身なのですらりと読めますが、東北出身以外の人はこの小説読み通すのはたいへんだろうなあ、などと余計な心配がわきます。
夫に先立たれて一人暮らしをしている74歳のおばあちゃん・桃子さんの、全編モノローグ小説です。
頭のなかを複数の人間(これまで生きてきた桃子さんの各年代の声、抑圧されていた桃子さんの声…)が行きかい、ぶつぶつとひとり言をいい、高笑いし、怒り、涙する。
「東北弁とは最古層のおらそのものである。もしくは最古層のおらを汲み上げるストローのごときものである」と、複数の内面登場人物のひとり「人品穏やかな老婦人のごとき柔毛突起」がいう。
タイトルの「おらおらでひとりいぐも」を決めたのも、きっとこの老婦人でしょう。

宮澤賢治の詩『永訣の朝』、賢治の絶唱の合間に妹トシ(とし子)のささやきがはさまれる。
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)
 ー雨雪をとってきてください
(Ora Orade Shitori egumo)
 ーおら おらで ひとり逝くもの

初めて読んだ時、この(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)に受けた衝撃、ぶわっと涙がふきあがる感覚は数十年を経た今もみずみずしくよみがえります。
くらべて(Ora Orade Shitori egumo)は、どうしてこの一行だけはローマ字で書かれねばならなかったのかが分からず、ハテナマークがついたものでした。最愛の妹トシのことばを「音」として、聖なる響きとして伝えるためではないかというような解説を読んで、なるほどと思ったりもしました。
今回、この本のタイトル「おらおらでひとりいぐも」がもつ強い吸引力をみて、ある納得感があります。
祈りに似た響き、しかも賢治の詩では「あの世へ逝く」の意味なのに、この本のタイトルは「自分らしく、一人で生きていく」という意味だということが、伝わってくる不思議。
作者は、そこまで考え抜いてこのタイトルにしたのでしょう。

エンディングが、小学校3年生の孫娘との交歓であることが救いとなり、甘い心地よさが残ります。

読み終えた翌朝に「芥川賞受賞」のニュースを知る

それにしてもおもしろい小説がでてきたものだと読み終えたら、翌朝(1月17日)の新聞で「芥川賞受賞」が報じられている。これは読書人生での初体験です。
63歳で、初めて書いた小説が「文藝賞」受賞(昨秋)、そして芥川賞受賞となった。
「テーマをつかむのに、私には63年という時間が必要だった」「何かを始めるのに、遅いということはない」という受賞の弁、迫力です。
岩手県遠野の出身とありますから、遠野の昔語りの血も引いているでしょう。でだしの東北弁に、その匂いがあります。
人生を「ほぼ終わったもの」としてとらえがちな最近の呆け天に、若竹姐さんの言葉が喝となって響きます。

だれもがひとり行く者である、という熱いメッセージに、乾杯。
若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』河出書房新社、2017年、1200円+税。
関連:2016年08月31日、村田沙耶香『コンビニ人間』http://boketen.seesaa.net/article/441495744.html
2015年06月06日、<続>遠野。カッパ淵、ふるさと村。http://boketen.seesaa.net/article/420207325.html
posted by 呆け天 at 11:40| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月11日

高橋順子『夫・車谷長吉』

よくぞ、この難儀な作家を見届けたものです

「このままではあなたを殺すか、自殺するかだ」と繰りかえす男と、一緒に暮らす。とても常人にできることではない。
足の裏に「付喪神(つくもがみ)」がついたという妄想にとりつかれ、一日中畳をふき、手を洗い、水道代は通常の4倍にも達する。
「結婚して二年と四ヶ月だった。この結婚は呪われたものになった。」
狂ってしまった夫・車谷長吉がいま書いている長編を、なんとしても完成させてやりたい一心で、恐怖に耐え、なだめすかし、精神科クリニックに連れて行く。
そうして誕生したのが、傑作『赤目四十八瀧心中未遂』(第119回直木賞受賞、1998年)だった。

いやはや、ため息がでます。
高橋が前に書いた『けったいな連れ合い』(2001年)では、車谷がかなりの奇人変人であることは書かれていますが、むしろ笑えるエッセイだった。
今回は、とても笑えるレベルのものではありません。
2015年に車谷長吉が亡くなるまで添い遂げ、難儀な男の面倒をみつづけた。
「彼の三回忌に間に合わせたく」(あとがき)て書き上げられたのが本書です。車谷の狂った姿を、車谷流の呵責のない筆で描きだすことこそ、真の供養だということでしょう。

二人の出会いは、高橋の詩を目にした車谷が、一方的に送り付ける絵手紙からはじまった(1988年、順子44歳、長吉43歳)。
受けとった高橋は、ひとりごとをつぶやいているような絵手紙を恐ろしく感じ、返事もださない。現在なら完全にストーカー行為です。
月に一度、11枚届いた絵手紙は「毎月、やぶれかぶれの気持ちで投函しました。すみません。僕は蓮の花が好き」で終わった。
最後の「すみません。僕は蓮の花が好き」にいささか心が動いた高橋は、返礼の意をこめて自分が主宰する「書肆とい」のPR誌を、手紙も添えないで長吉に送る(書肆=しょし。書店)。
長吉は、すばやく俳句20句を投稿してきた。ここから、文学者同士の愛と葛藤のドラマがはじまる。
順子との交流が刺激となって書きあげた『鹽壺の匙』(1993年)で三島賞を受賞。長吉はこれを遺稿として京都大徳寺に行って出家するという。
順子は高校3年のとき「高橋さんを好きになってしまったから、遠くへ行くことにした」という告白を受けた過去があり、離れていく人を引きとめたい一念で「この期におよんで、あなたのことを好きになってしまいました」と手紙を送る。
つまり、正式のラブコールは順子からなされた。
これをさして長吉は、「わたしが三島賞をとったら、女がわあっと寄ってきた。順子さんもその一人」と編集者たちに公言していたらしいから、ほんと、罰当たりとしかいいようがない男です。
一緒に暮らし始め、苦しみの果てに長編が完成。直木賞受賞の大波がおしよせ、以降も対人関係や筆禍で苦労が絶えない10数年を送り、ついに長吉を見届ける。

どうして、高橋は車谷と暮らし続けることができたのか。
それは、高橋もまた一匹の虎だからだった。
車谷が兄事の念を抱く数少ない友人・前田富士男は、40代後半の二人が結婚すると聞いて「一つ家に作家と詩人の表現者が二人いるのは、虎が二匹いるようなもの」と評したという。
長吉に順子の詩に対する敬愛があり、順子に長吉の小説に対する畏敬がある。その一点が、ふたつの魂を永訣のときまで結びあわせた。

「車谷が詩の叡智につつまれた幸せ」(前田富士男)

二人の結婚時に「二匹の虎」と評した前田富士男は、車谷が亡くなった時『三田評論』(2015年8・9月号)に、次のような追悼文を寄せたという。
「この年、詩人高橋順子が彼のもとに現れる。あのときほど歓びに輝いた車谷は、ほかに知らない。愛情と信義を分かちあえる歓びだったろう。私にも、深い喜びであった。なぜならそれ は、真正の詩人が小説家をつつみこむ、稀有の時にほかならなかったからだ。」「荒い海を生きた車谷長吉。しかし車谷が詩の叡智につつまれた幸せを思う。今素足で三途の川原に佇む友人に、声ひくく冥福を祈る。」(ネット検索をしていてみつけた「轟亭の小人閑居日記」という慶應OBのかたのブログからの孫引きです)。
車谷への愛と、高橋順子への感謝に満ちた、すばらしい追悼の辞です

車谷長吉の三回忌に上梓された、文学者同士の魂の邂逅に、献杯。
夫・車谷長吉 -
高橋順子『夫・車谷長吉』文藝春秋、2017年、1600円+税。
関連:「轟亭の小人閑居日記」http://kbaba.asablo.jp/blog/2015/09/03/7772836
2013年12月31日、車谷長吉『人生の救い』http://boketen.seesaa.net/article/383998582.html
posted by 呆け天 at 10:51| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

高野秀行・角幡唯介『地図のない場所で眠りたい』

集団の最下層に入っていくのが、高野の手法

ともに早大探検部出身のノンフィクション作家二人が、とことん語り合った一冊。
なぜ「探検家」という生き方になったか、早大探検部というのはどんなサークルだったか、それぞれの作品についての相互批評、探検の現場ではどんなことをしているのか、探検ノンフィクションはどうやって書かれるか。
高野が10歳年上の先輩後輩ですが、そういう上下関係をまったく感じさせない風とおしの良さ。読んでいる間は楽しく笑え、読後感はさわやかという、極上の対談本です。

内容の紹介ではなく、強く印象に残ったこと二つ。
ひとつが「集団の最下層に入っていく」のが高野の手法という、角幡の指摘。
探検を知る一冊というコラムが5回入っており、その第4回に『狼と暮らした男』がとりあげられている。じっさいに狼の群れの中に入って2年間暮らしたという、ありえないようなノンフィクションです。わたしも読みましたが、作り話ではないかという疑いをすてきれず、ブログに書くのをためらった。
二人も、真偽のほどを確定できないといいつつとりあげているのですが、本のなかのきわめて印象的な場面(群れの最下層の一員として受け入れられ、子守の役をふられ獲物の肉を分けてもらう)に触れて、角幡が言う。
「高野さんと同じ手法ですよね。集団の最下層に入り込む(笑)」

なるほど、そうだったか。
いっぺんに「高野作品の魅力の本質」がみえた気がする一言でした。
対談のいろんなところで「高野さんは勝手口から入り込む」「現地に同化していく」「現地の人にゆだねてしまう」などの、角幡による高野評があり、「そうそう」とうなずきながら読んでいたが、「集団の最下層に入り込む」というキメ台詞にはまいりました。
確かに、それが高野作品の、究極の魅力です。

昔の、白人による「アフリカ探検」「南米探検」は植民地化のためであり、現地人を「野蛮人」として扱うことになんの疑問ももっていなかった。
50年くらい前の「川口浩探検隊」は植民地化とか野蛮人扱いという感覚はなかったが、異世界、異物を覗きにいく「怖いもの見たさ」のお遊びだった。
日本の探検・冒険ノンフィクションに一時代を画した植村直己の著作は、青春記であり、極限状況の中で自分を試すという色彩が強かった。
高野の著作は、そのいずれとも違う。
20年前に書かれた『アヘン王国潜入記』(1998年)は、ミャンマーの反政府ゲリラの村で、自らアヘン栽培に従事するという稀有な体験記だった。政府に支配されるのと同じように反政府ゲリラに「税金」をとられ、それでも笑いながら生きている農民の姿が描かれている。
「自分をみつめる」といった要素は皆無。ミャンマー軍事政権批判も反政府ゲリラ批判もない。ゴールデントライアングルといわれる地で、人々はこうやって、笑ったり嘆いたりしながら生きています、というレポート。
「集団の最下層に入り込むという手法」で書かれた、稀有のノンフィクションの誕生でした。最下層から見える全体像というのが、高野ノンフィクションの、際立った特質です。

もうひとつ印象に残ったのが、「ウェストバッグはカッコ悪い」。
なんと高野が愛好するウェストバッグは、探検世界でも「カッコ悪いもの」として評価が定まっているらしい。
角幡「好きですね、ウェストバッグ。」
高野「おまえ、バカにしてるだろ!?…カッコ悪いと思うわけ、俺だって。」
しかし、便利だから使うんだ!と、話しは進んでいく。
そうだったのか。ウエストバッグはカッコ悪いから、みんなしないのか。
2014年に三陸鉄道に乗りに行ったとき、ウエストバッグをしているのは自分一人だな、ということには気付いていました。しかし、背中にリュックを背負ったら、財布・携帯電話などすぐ取り出したいものはウエストバッグに限ります。私は、囲碁旅行でもなんでも、たったひとりリュックにウエストバッグのスタイルを変えない。
たのむよ高野。あなたがウエストバッグ愛好家なら、私も胸を張っていられる。

それぞれのコンプレックスが変

高野が実は、文化人類学者のフィールドワークなどにコンプレックスを感じていたことが、率直に語られています。それが『謎の独立国家ソマリランド』が高評価されたことで、だいぶ和らげられたという。
角幡は登山家にコンプレックスを抱いているという。
なんでしょうね。本格古典派落語家に、新作落語家がなんとなく抱く引け目のような感じなのか。二人とも、まるで不必要なコンプレックスに身をもむところが、変で笑えます。

ともに「どんな危険なところに行ってきたか」ではなく、「それをどんな文章にしたか」を見てくれ!と熱く語っています。
はい。老呆け天が二人の著作を愛読するのは、それぞれに文章がすばらしいからです。
それにしても、これだけ優れた、色合いのまるで違うノンフィクションライターを二人も輩出したのだから、早大探検部というのはたいしたものです。

早大探検部が生んだ、ノンフィクション界の俊秀に、乾杯。
地図のない場所で眠りたい (講談社文庫) -
高野秀行・角幡唯介『地図のない場所で眠りたい』講談社文庫、2016年、680円+税。
関連:2016年05月19日、高野秀行『謎のアジア納豆』http://boketen.seesaa.net/article/438048666.html
2016年11月12日、角幡唯介『漂流』http://boketen.seesaa.net/article/443831958.html
posted by 呆け天 at 12:18| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする