2017年11月22日

万城目学『パーマネント神喜劇』

これが日本で良かった。神さまで遊ぶ不謹慎なオモシロ小説。

神さまをネタにした喜劇という、イスラム世界ならテロリストがとんでくる不謹慎な小説です。ほんと、ここが日本で良かった。
連作4短編の主人公は、日本中にある小さな神社のひとつで1000年お勤めしている縁結びの神さまです。ここに、現場の実態を調査・報告するために上の方から派遣されてきた神さま(作家志望のレポーター神!)が取材にきている。饒舌な縁結びの神は、レポータ―神につい「上位の方々」への不満や愚痴をもらす。少子化や晩婚の風潮でなかなか男女をくつっけるのが難しくなっている、その実情を知らない上級神からのノルマや査定を憤る縁結びの神のぼやき、笑えます。

第1話「はじめの一歩」は、優柔不断な男とそれがもの足りない女という組み合わせの、同期入社カップルの恋をどう成就させるか。「ハイ、言霊打ちこんだ」という、縁結び神のキメ台詞がおかしい。
第2話「当たり屋」は、当たり屋をしながら自堕落に暮らす男に、神さまが「神宝袋」に封じていた言霊がわたるというおはなし。やることなすこと大当たりとなった当たり屋が、恋人の心をつなぎとめるために選んだのは意外にも…というファンタジー。
第3話「トシ&シュン」は、芥川龍之介の「杜子春」を本歌に、作家志望のトシと、女優志望のシュンが夢と現(うつつ)を行き来しながらお互いへの信頼を深める。
第4話「パーマネント神喜劇」では大地震が起きて神社は倒壊する神木は折れるの大騒ぎ。なんと上級神のさらに上にいる大神が出動して、さらなる徹底的な破壊がおきるという事態を食いとめたのは、たよりない縁結び神と、幼い女の子の祈りだったという感動のエンディング。
この章には、物語全体を貫く日本の神仏観が、主人公の口を借りて端的に語られています。
「人間に祀られるから、我々は存在する。
人間が去ってしまったら、我々のような下々の神は神通力と神性を失い、消えてしまう。」
一神教世界のように、神さまが人間を作ったのではない。
平穏にくらしたいという人間の願いが、神をつくりだした。祀られた神は人間によりそって、懸命にその願いを叶えようとしてくれている。一神教世界の住人からすれば「そんなものは神とは言わん!」と激怒されそうな神仏観ですが、これが日本人にはいちばんしっくりくるのだからしょうがない。

万城目ワールドでは、いつも不思議と現実は隣り合わせ、ごちゃまぜです。それを笑いながら楽しみ、人間への愛おしさがほんわかと残る。極上エンターテインメントです。

カバーでも遊ぶ。徹底した万城目ワールド。

神さまでこういうふうに遊んだ小説ってほかにあったかと思っても、浮かびません。浅田次郎『憑神』など、神さまがでてくる楽しい小説はたくさんありますが、主人公はあくまでも人間です。
どこかの小さな縁結び神社の、ものすごく俗っぽい神さま、しかも見た目は漫才師のようなキラキラ衣装の中年おっさん。派遣されてきた作家志望の調査員は銀行マンのような顔立ちと服装。それを、読者に想像させるのではなく、表紙カバーにデーンと描いてしまっている。
カバーは、オビが上に来ているような不思議なデザインで、はずして開くと、神木・マテバシイや登場人物があらわれるという、これまたどこでも見たことのない仕掛けになっています。万城目の遊び感覚が、隅々まで行き届いているみごとな装丁です。

きらきら衣装の、中年おっさん縁結び神に、乾杯。
万城目学『パーマネント神喜劇』新潮社、2017年、1300円+税。
posted by 三鷹天狗 at 10:25| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

唯川恵『淳子のてっぺん』、田部井政伸『てっぺん』

登山家・田部井淳子を、小説で追悼する『淳子のてっぺん』
夫の回想で追悼する『てっぺんー我が妻・田部井淳子の生き方』。ともにすばらしい。

女性として初めてエベレストに登頂した登山家・田部井淳子さん(以下、敬称略)は、2016年10月20日に永眠されました。ことし7月に夫・田部井政伸『てっぺん』、9月に作家・唯川恵『淳子のてっぺん』が相次いで上梓されました。偉大な登山家を追悼するにふさわしい2冊です。

『淳子のてっぺん』は、あえて小説という手法で田部井淳子(作中では田名部淳子)の生い立ちからエベレスト登頂までを描いています。充分な取材をもとに、田部井夫妻の了解を得て書かれた新聞連載小説です。闘病中の田部井淳子本人が『楽しく読ませてもらっているわ』と語っていたという。

第一章「谷川岳・一ノ倉沢」では、国際的な登山家・田部井淳子が、一ノ倉沢での命がけの岩登り訓練で育まれたことが、描かれます。なにしろ、後年田部井本人が「1969年冬に登った谷川岳一ノ倉沢凹状岩壁は、エベレストよりもつらかった」と述懐しているという。
ここで出会ったのが「サスケ(猿飛佐助)」とあだ名されるクライマー・田部井政伸(作中では田名部正之)だった。山と恋の二本立てですから、強力です。当時の日本山岳会の、「女には登山はムリ」という差別的な常識を、身長150センチ前後の、運動神経もさほどではない一人の女性が覆していく。共にエベレストに行こうと誓い合った女性クライマー・マリエとの友情と、マリエの滑落事故による別れ。泣かせます。
第二章「アンナプルナ」では、1970年、女性だけのチームでアンナプルナV峰(7555m)の未登頂ルートに挑戦し、成功するまでが、チーム内の対立・葛藤のなまなましい描写とともに描かれる。
旅立つ淳子に、正之が「淳子のてっぺんはここだよ。必ず無事に俺のところに帰って来るんだ」という場面が第二章のハイライトであり、本書全体のタイトルの所以にもなっています。この感動的なセリフは、実在の夫・政伸の『てっぺん』には出てきません。作者が二人の夫婦愛、家族愛の深さを充分に取材したうえでの創作でしょう。鮮やかに決まっています。
第三章「エベレスト」では、1975年5月16日12時30分、女性初の世界最高峰エベレスト(8848m)登頂という、登山史上に刻まれて消えることのない偉業が、克明に描かれます。
女性だけのパーティが、隊長の途中帰国、隊員内の不協和音で解体の危機に瀕するところを、田部井の人柄や胆力で切り抜けていく。雪崩に巻き込まれて登頂絶望というところまで追い詰められながら、重症と報じられた田部井本人が続行を望んで突破していく。奇跡的な登頂だったことが伝わってきます。
プロローグとエピローグでは、東日本大震災に遭った東北の高校生たちを、富士山に招待する活動を続けた田部井の姿が描かれます。次世代を担う若者たちに、「一歩ずつ進めば必ず頂上にたどりつける」というメッセージを発し続け、闘病中の身をおして一緒に登る姿が、田部井の生き方そのものだったことが伝わってきます。

『てっぺん』は、夫・田部井政伸が淳子との出会いから死別まで、尊重・尊敬しあう登山の同志であり、相思相愛の夫婦であったことを率直に綴っています。
こちらのタイトルは、文字通りいちばん高いところという意味です。10歳のときに初めて登った那須の山での「驚き、好奇心、知らない世界への憧れ、それを大人になるまで持ち続けていた」のが、妻・淳子だった。世界5大陸最高峰の登頂、世界各国の最高峰76座の登頂という軌跡に、それは分かりやすく表現されている。その中には独立して間もない東ティモール最高峰ラメラウ山(2963m)もあり、登頂に感謝した初代大統領から面会を受けるということなどもあった。
「田部井淳子同行シリーズ」というツアー企画で、100回以上海外登山のリーダーをまかされ、大きな事故が一度もなかったという卓越したリーダーシップ、判断力を発揮した。夫はその企画に料金を払って一参加者として何度も同行し、常にしんがりを引き受けていたという。
弔問にきた古い友人の「未来永劫、永遠に破られることのない¨女性初¨という記録。それを持って、淳子さんは天国に逝った」という言葉が、結びになっています。登山史に消えることのない足跡を残した、偉大な女性登山家でした。

谷川岳の威容に臨んで、田部井淳子さんを偲ぶ

温泉囲碁旅行(11月16日〜18日)で水上温泉に行き、ケーブルカーとリフトで天神峠まで登って、間近に谷川岳を見ました。20代の田部井淳子は、この山で訓練を積んで世界の最高峰に挑んでいったのかと思うと、感慨ひとしおです。
わたし自身は登山を趣味にはしませんでしたが、高峰や極地に挑む登山家や冒険家には敬意を惜しみません。人間本来のあくなき好奇心で、まだ見ぬモノを見、その体験を映像や文章で私たちに伝える。そのことが、人間の想像力や感性をどれほど豊かにしてきたか。田部井淳子は、女性登山家としてその最先端を歩きつづけました。

田部井淳子さんの偉大な足跡に、献杯。
唯川恵『淳子のてっぺん』幻冬舎、2017年、1700円+税。
田部井政伸『てっぺん 我が妻・田部井淳子の生き方』宝島社、2017年、1200円+税。
posted by 三鷹天狗 at 09:16| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月15日

ブレイディみかこ『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』

イギリスのEU離脱について、労働者階級の内側からのレポート

イギリスのEU離脱(ブレグジット)は、白人労働者階級が離脱に票を投じたから起きた。
どうして彼らはその選択をしたのか。
その問いに対する、じつに納得のいく説明です。
著者は、英国南部のブライトンという労働者階級の街の公営住宅地で、20年以上も暮らしている。著者自身、保育士として働く移民であり、子どもを預けにくる移民の父母とのつきあいもある。イギリスの白人労働者階級そのものである配偶者や、その友人たちとのつきあいも深い。離脱にとまどい怒る移民たちの声も、離脱に票を投じた労働者たちの声も、生で、日常的に聞いている。
そのレポートですから、学者の論考やジャーナリストのレポートとは、迫力が違います。
加えて「よく理解できない事柄に出会ったときに人類がせねばならないことを、いまこそわたしもしなければならない、と思った。勉強である」という決意のもと、イギリス労働者階級の歴史についてたんねんに調べた。サッチャー改革とブレアの時代に、イギリスの労働者はそんなひどい目にあったのか、それって小泉改革以降の日本の労働者の境遇の先取りじゃないか、などいろんなことを思わされるレポートです。

まず、配偶者の友だちであり、著者とも親しい労働者たちへのインタビューがいい。
「誰も俺たちの言うことなんか聞いてやしないときに、俺たちがこの国を変えられるチャンスをもらった。使わずにどうする、と思ったね」
「この国の労働者の待遇をどんどん悪くしているのは、労働運動にも加わらず、雇用主とも闘わず、反抗もせずおとなしく低賃金で働く移民だよ」
「俺は英国人とか移民とかいうより、闘わない労働者が嫌いだ」
トランプを支持したり、EU離脱を支持した白人労働者層を「白人であること以外、誇るもの(アイデンティティ)のない人たち」という侮蔑的な言葉でいいあらわす風潮があります。しかし、ここに登場している労働者たちは違います。
離脱派も、残留派も、びっくりするような明晰さで「自分の立場」からの発言をしている。ふるえがくるほどいい言葉がビシバシでてきます。

つづいて、白人労働者階級を「ニュー・マイノリティ」(新しい少数者)と定義する社会学者ジャスティン・ジェストの論考を紹介し、「下層に釘付けされた白人労働者」たちの分析をしています。彼らが、俺たちがこんなにひどいめにあうのは安い賃金で働く移民のせいだと思うのも無理はない現実がある。
ジェスト教授の提言をうけて、これまでとは違うマニュフェストを掲げた労働党が、2017年6月の総選挙でメイ首相の思惑をくつがえす大躍進をしたのだという。

そして本書の白眉は第3部「英国労働者階級の100年」です。ここで著者は「英国労働者階級という、反逆的で、反権威的で、やけに誇り高い人々のマインドセット」を明らかにしています。
1910年が、イギリスに労働者階級が公然と姿を現わした年だった。工場でのストライキと、街頭で婦人参政権を訴えて暴れる女性たち。「召し使い」たちの不服従。
1926年のゼネラルストライキ。150万〜300万人が参加したストにリベラルと左派は反対した。右と左の闘いではなく、上と下との闘いであることを、労働者階級は自覚する。
1945年の労働党の圧勝を、イギリス史ではピープルの革命という。それになぞらえて、今回の離脱を「ピープルの革命」と表現するジャーナリストもいる。
1960年代には、ビートルズやザ・フーなど労働者階級出身の新たなカルチャーが発信された。労働者階級こそがクールな時代だった。労働組合の組織率はあがり、待遇改善の闘いは前進した。
1970年代のイギリスは、不平と不満の時代であり、誰も確かな方向性を打ち出せなかった。1979年に登場したイギリス初の女性首相・鉄の女サッチャーは、既得権益層(無能な世襲議員、官僚、労働組合)への徹底的な批判で、労働者階級の支持も得ていた。11年にわたるサッチャ―政権によって、イギリスの労働組合は無力化され、労働者階級という言葉は単に「貧乏人」と同義となった。
1997年に、長い低迷から抜けて政権をとった労働党・ブレアは、サッチャーから「一番できのいい息子」と評された。ブレアの時代に「都市の中心部を私有し、そこでの消費を楽しめる裕福な人々と、そこから排除された、地方の貧しい人々」に社会は分断された。EU離脱に票を投じたのは、この分断・固定された貧しい層=白人労働者階級だった。彼らは、国民投票というチャンスを得て、究極の「ちゃぶだい返し」をしたのだ。
2017年6月の選挙で躍進した労働党の党首は、左派・急進派として党内でながいあいだ不人気だったジェレミー・コービンだ。これを支えた若者たちの活動もめざましい。イギリスの労働者階級はふたたびその誇りを取り戻すことができるのだろうか。

なるほどなあ。
現在とは、過去の集積です。100年のイギリス労働者階級の歴史が、今回の離脱投票を生んだ。それは排外主義故の行為ではなく、自分たちの存在を国につきつける行為だった。

エマニュエル・トッドとあわせ読む

エマニュエル・トッド『問題は英国ではない、EUなのだ』(2016年、文春新書)では、ドイツが支配するEUの崩壊が避けられないこと、その引き金がブレクジットであることが、天馬空を行くような大所高所から論じられています。イギリスに触れるのは「イギリス人の第一の動機は物事の決定権をロンドンに取り戻すことにありました。つまり民主主義的な要求だったのです」というくらいです。
対して本書では、EUそれ自体やヨーロッパ全域の話しはほとんどでてきません。「地べたからの」という由縁です。きもちいいくらい対照的な二書ですが、あわせ読むことで、なにが、なぜ起きたかを、すこし理解できたような気がしました。

イギリス労働者階級100年の苦闘に、乾杯。
労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱 (光文社新書) -
ブレイディみかこ『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』光文社新書、2017年、820円+税。
posted by 三鷹天狗 at 12:17| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする