2017年06月23日

佐藤優『秩序なき時代の知性』

人権の対義語(反対語)は神権。初めて知りました。

佐藤優が、5人の若い論客と対話した一冊です。<哲学>國分功一郎、<経済・働き方>木暮太一、<法>水野祐、<福島・原発>開沼博、<歴史>與那覇潤の5人。それぞれに刺激的な内容で、佐藤優の関心領域の広さ、知識の深さに、いつもながら圧倒されます。
タイトルの「秩序なき時代」は、トランプ政権の誕生に象徴される世界の混沌・流動状況のこと。混沌期には自分のアタマで考え抜く知性がなによりも大切。佐藤優が、期待する若い知性と相互に触発しあうという内容です。

とくに「へぇーッ」と思わされたこと2点。
1、人権の対義語(反対語)は神権
水野祐(弁護士、1981年生)との対話で、佐藤が「『人権』の対義語はなんだと思いますか」と振る。
水野「…何でしょう。とっさに出てこないです。」
佐藤「神学の観点からいうと『神権』です。瞬時に答えられる日本人はなかなかいないと思いますが、ヨーロッパ人なら即座に答えられる…」
中世までのヨーロッパでは、神が圧倒的な主権を持っているという前提だった。人間は原罪を持っているから悪人で、地位がものすごく低く、権利などないも同然だった。しかしその後、人は実証できない神を信じられなくなって、神にだけあった権利が人間に移譲されていく。誰もが神の権利を持っていると考えるようになった。
「ゆえに『人権』は譲りがたいものであり、主権であると。そういう流れで人権の概念は生れた」
人権の思想が容認されたところでは民主主義が広まった。
「ところが相変わらず神権思想が主流の地域もある。それがアラブ地域です。」「神権思想が主流の国には人権はありません。人間の生き死にを含めすべての権利は神様が持っている。」
なるほどなあ。
戦後に生れ、民主主義教育をうけて、基本的人権=一人一人の人間が個として尊重される、ということを自明のこととして信じてきた。人権の対義語なんて考えたこともなかった。「人権の対義語」という切り口で、自明のこと、疑う余地がないと信じてきたことの根底を問い直してくる。
佐藤優は『私のマルクス』(2007年、文芸春秋)で、同志社大学神学部で学ぶ向坂協会派という、若き日の思想的出自を率直に語っています。神学については、他の著書でも繰り返し触れていますが、わたしはそこだけスルーしてきた。意味分からないので。今回はのがれようもなく、強烈にねじ込まれました。
神権が人間に移譲されて発生したのが人権だったのか。逆からいえば、人間が神から権限を奪いとったわけだ。イスラム教には「権限移譲」を阻む装置が埋めこまれているんだろうな、きっと。それとも、イスラム教にもキリスト教と同じながれがやってくるのか…。果てしなく問いが湧いてくる。

2、佐藤優は原発容認派
開沼博(福島県在住の社会学者、1984年生)との対話では「左派的なパッケージ思考」に厳しい批判を浴びせ、原発容認派であることを語っている。(私が知らなかっただけで、佐藤は原発容認派・公明党擁護派として、「左派パッケージ論壇」から嫌われているらしい。)
本書では佐藤の原発容認論はわずか数行しか言及されていない。「元外交官なので、原発がもつ核抑止力を無視した形で国際政治を議論するのは良心に反する」という。つまり、日本には数ヶ月で核兵器を作れるだけの技術的な蓄積がある、それが東アジアの力の均衡にとって必要なんだ、という意味でしょうね。
エマニュエル・トッドは『グローバリズム以後』(朝日新書、2016年)で、あっさりと「中東が不安定なのはイスラエルだけに核があるからで(イランも持てば安定する)、東アジアも中国だけでは安定しない。日本も持てばいい」と語っている。これは2006年のインタビューの発言で、インタビューした朝日の記者が驚いて「日本ではそれはありえない」とムキになるのに対して「核兵器は安全のための避難所。核をもてば軍事同盟から解放され、戦争に巻き込まれる恐れはなくなる。ドゴール主義的な考えです」と切り返している。
呆け天など、半世紀にわたる反核・反原発信者ですから、トッドのこういう発言とか、佐藤優の発言など、とても飲みこめるものではありません。しかし、これだけ面白いことを書いている論客が、二人ともこういうことをいうからには、聞きたくないではすまない問題なんでしょうね。
開沼が、原発容認か否定かにかかわらず、いま廃炉のためにやるべきことという一点で、知恵と労力をだすべきだ、事実を無視した「おのれの正義」をふりまわして「フクシマは人が住めない」などと言いまわる人たちは、福島にとって害毒でしかないと語ることばに、わたしも同意します。わたしの親しい友人も数人、福島に住んでいる。
それにしても「再生可能エネルギーの教祖みたいな顔をして3.11前から私腹を肥やしてきた人間が、ここぞとばかりに惨事に便乗してきました」と開沼が憎しみをこめて語る人間って、誰のことなんだろう。

複雑怪人・佐藤優が、ますます面白い。

沖縄関連の論者のなかにも、佐藤優をこころよく思わない人がいるみたいで、「母親が久米島出身だからといって沖縄人として発言するのはけしからん」というような文章をどこかで目にしたことがあります。
佐藤は、原発、辺野古基地、靖国参拝、夫婦別姓などの問題は、ひとつひとつ異なる視点で語られるべきなのに、左派も右派もパッケージになってしまっている、それではダメと力説します。
うーむ、私などはさしずめ左派パッケージの人間ということになるし、原発・核兵器について佐藤優やトッドの言い分に賛成することはまずないだろう。しかし、彼らの著作が魅力にみちていることは確かです。複雑怪人・佐藤優の、毒グモの糸のような言説にからめとられる快感は捨てられない。

佐藤優と、5人の俊秀に、乾杯。
秩序なき時代の知性 (ポプラ新書) -
佐藤優『秩序なき時代の知性』ポプラ新書、2016年、800円+税。
関連:2014年12月14日、池上彰・佐藤優『新・戦争論』http://boketen.seesaa.net/article/410615965.html
2016年06月19日、國分功一郎『民主主義を直感するために』http://boketen.seesaa.net/article/439128234.html
2015年07月25日、『福島第一原発事故7つの謎』http://boketen.seesaa.net/article/422940747.html
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2017年06月17日

津村節子『果てなき便り』『時の名残り』

津村節子が回想する吉村昭との50年

岩波書店のPR誌『図書』と、新潮社のPR誌『波』の2誌に、並行して津村節子のエッセイが掲載され、ともに同じ2016(平成28)年3月に完結した。
『図書』掲載の「果てなき便り」は、吉村昭と津村節子の100通を超える手紙のやりとりを、年代順に引用しながら、夫妻の約50年を回想・解説していく。
『波』掲載の「時の名残り」は、津村の日々の暮らしや回想のエッセイだが、当然のことながら吉村昭との思い出がくりかえしたちあらわれる。
吉村昭ファンにとっては、吉村の著作に親しんできた数十年が、なつかしくおもいおこされます。

『果てなき便り』で驚かされるのは、夫妻がともにお互いからの手紙を一通残らず保管していたという、その事実です。
まだ学習院大(吉村は4年制、津村は短大)の文芸部だったころの手紙のやりとりにはじまり、吉村最後の手紙(遺書、家訓)に到るまで、すべてが津村節子の手元にある。
「文学はつきつめた戦ひです。孤独に徹した仕事です。(中略)あゝ、よく生きてやがる!」
若き日の吉村の手紙は、生涯にわたって変わることのなかった創作への情熱をあますところなく語っています。
「あの中ではやはり貴方が小説家だと思ひます。ほかの人達は貴方より十年も早く生れて経験も豊富です(中略)が、ヒラメキと云ったものが無いのです。」
まだ学生の身でありながら社会人たちがやっている同人誌にともに顔をだし、合評会にでたあとに津村が吉村に送った手紙です。
吉村の臨終のときに「あなたは世界最高の作家」と叫んだという津村は、すでに学生時代に「貴方(だけ)が小説家」と言い切っている。

「貴女と共に過すことができたことは、僕の最大の幸福です。生きてきた甲斐があった、生まれてきた甲斐があったと思います。(中略)僕が気難しいと貴女は言いますが、両親に早く死別し、兄たちの家を転々とした間に生れた卑屈感、拗ね、その反動としての居丈高であると理解し、お許しください。(中略)愛情は尊敬だと僕は信じていますが、僕は貴方を尊敬し、惚れています。」
これは1977(昭和52)年、旅先からの吉村の手紙です。1953(昭和28)年の結婚から24年もたっている。子ども二人も青年になっている。そういう夫婦が、こういう瑞々しい手紙のやりとりをしている。
吉村昭・津村節子が文壇きってのおしどり夫婦だったとは、いろんな編集者や作家も書いているが、この手紙を読めば納得です。もし吉村のほうが長生きしていたらこれらの手紙の公表はありえなかっただろうから、吉村が先に鬼籍に入ったことで、貴重な文学的資料を目にすることができたということになります。

『時の名残り』は、ゆるやかでおだやかな回想記で、日本茶かコーヒーを横にフフなどと笑いながら読む本です。
富士山のふもとの「富士霊園」に文藝家協会の設けた「文學者の墓」がある。津村は「吉村のたった一人の文学上の友人である大河内昭爾氏を誘って、一枚の墓碑に吉村昭、津村節子、大河内昭爾と並べて彫って貰った。三人で並べば、淋しくないね、と大河内氏と語り合った。」
親しい編集者に、碑に刻む代表作は何がいいかと相談したら、全員「戦艦武蔵」と言い、カロウト(骨をいれる小箱)に愛用の万年筆を入れるつもりと話したら、全員が「わたしにください」と言ったという。いかにも、と笑みをさそわれる会話です。

『オール讀物』5月号の津村のエッセイ

『オール讀物』5月号の「おしまいのページで」に「ふるさと ゆいの森」と題した津村節子のエッセイが載っています。今年3月にオープンした荒川区の「ゆいの森あらかわ」の一画に「吉村昭記念文学館」が設置された。
「その中に三方の壁が天井まで書棚になっている庭の書斎が再現されていて、そこに吉村がいるような雰囲気を漂わせている。(中略)まるでそのまま移築されたような出来栄えである。こんな幸せな作家がいるだろうか。(中略)かねがね吉村は私が福井に迎えられた時の対応を見ていて、おまえはふるさとがあっていいなあと言っていたが、かれには東京にふるさとがあるではないか。」
福井に夫婦で行くと、エリザベス女王の陰にかくれるエディンバラ公の気持ちがよく分かると、吉村はエッセイで笑いをとります。ある時などカメラマンに「横のひと、どいて」といわれたことがあるとまで書いています。
津村はやはり気にしていたんでしょう。やけに力のはいった「東京にふるさとがあるではないか」に、笑いました。

半世紀にわたる小説家夫妻の愛に、献杯。
果てなき便り -  時の名残り -
津村節子『果てなき便り』岩波書店、2916年、1800円+税。
津村節子『時の名残り』新潮社、2017年、1600円+税。
関連:2017年04月10日、吉村昭記念文学館がすばらしいhttp://boketen.seesaa.net/article/448870111.html
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2017年06月13日

北欧女子オーサ、剣道を体験する

スウェーデン人が、日本でプロの漫画家として活躍する日がきた

朝日新聞土曜日beに「北欧女子オーサの日本探検」が連載されている。6月10日にはなんと剣道着姿のオーサがとびこみ面の稽古をしている写真が載っています。いいなあ。
「すり足」がいかにむずかしいか。だいたい、日本武道のナンバ歩き(右手と右足が同時に前にでる進み方)は、日本人にとってもむずかしいくらいでしょう。こうやって剣道体験をひろめてくれる熱意に感謝です。
オーサ剣道1.jpg6月10日「朝日新聞」be
連載は1年ほど前からはじまり、月に1〜2回のペースで掲載されています。食品サンプル、占い、舞妓など、いかにも北欧・スウェーデンの若い女性には珍しいに違いない場に行ったり、変わった体験をする。記事は担当記者が書き、オーサは4コママンガを一点描くというスタイルです。

この連載で初めて知ったオーサという人のマンガを読むと、じつに、日本のマンガやアニメの吸引力に驚かされます。
13歳のときに日本のアニメ「セーラームーン」に出会い、人生が変わる。スウェーデンでマンガを描きはじめ、やがて来日しデザイン専門学校に入学する。専門学校に在籍しながらブログにアップした4コママンガがすこしずつ評判になる。出版の声がかかり、2015年に発売したら大人気。あっという間に3巻まででる。2016年から朝日新聞での連載がはじまる。
北欧に生まれた少女の、とんでもない人生の変転が、日本のマンガ・アニメとの出会いからはじまった。
オーサの友だちがスウェーデンから遊びに来ると、かれらがまず行きたいのがジブリ美術館。オーサは、海外の日本アニメファンにとってのジブリ美術館は、日本人にとっての神社にあたると、分かりやすくマンガにしています。

『北欧女子オーサが見つけた日本の不思議』(1〜3巻)では、マンガの聖地・日本での暮らしのワクワク感と違和感が、いかにも若い女性の感覚で軽やかに表現されています。
第1回目の、ラフな線、手書きのふきだし文字、「てにをは」や丁寧語が微妙にあやしい、そのあやしさが魅力的な作品を、今でもオーサのブログで読むことができます。回をかさねるごとに、絵がうまくなり笑いのとりかたが上達してくるのが、古い順で読むとくっきり分かります。
ふとんは毎日畳んでしまうものであることを知らず、敷きっぱなしでかびだらけにしてしまう。障子にはつい穴をあけてしまう。相撲、寿司、寺院などの伝統文化より女子高生の制服、ポッキー、国会議事堂などにつよく惹きつけられる…。文化・文明論ではなく、手ざわり肌ざわりの日本ウオッチングが新鮮です。
日本人は、外国人の日本ウオッチングを読むのが大好きですが、本書がこれまでのものと決定的に違うのは、本人が4コママンガを描いていることです。完全に日本の4コママンガの文法・作法をふまえ、ギャグやオチがきまっています。みごとな、プロの技術です。
ついにここまできたか。これからは、きっとどんどん後続がでてくるにちがいない。

スウェーデンと日本の対比もおもしろい

オーサの日本観察もおもしろいが、日本との対比で語られるスウェーデンの話もおもしろい。
スウェーデンは日本より物価がたかい。モノにもよるが、たとえば豆腐は日本の20倍。
スウェーデンは公衆トイレが充実していない、きたない。日本は公衆トイレが多く、清潔。
スウェーデンには敬語がない。1960年代にやめた。そんなことってありうるのかね。
スウェーデンでは酒の販売に厳しい規制がある。自販機でビールが買える日本が不思議。
スウェーデン人は少なくとも8時間は眠るし、オーサは10時間寝たい。日本人が6時間くらいの睡眠で平気のようなのが不思議。これには不足分は通勤電車でおぎなっているみたい、というオチがつく。
スウェーデンからやってきたオーサのともだちのヴィーガンの話も興味深い。ベジタリアンの徹底したもの、完全菜食主義、菜食原理主義という感じのものらしい。ふーむ。

北欧女子オーサが、日本のプロのマンガ家として登場したことに敬意を表して、乾杯。
北欧女子オーサが見つけた日本の不思議 (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -  北欧女子オーサが見つけた日本の不思議 (2) (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -  北欧女子オーサが見つけた日本の不思議3 (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -  
オーサ・イェークストロム『北欧女子オーサが見つけた日本の不思議』(1〜2巻)、KADOKAWA、2015年、1000円+税。『同』第3巻、2017年、1100円+税。
関連:北欧女子オーサのブログhttps://ameblo.jp/hokuoujoshi/
2017年02月09日、マイケル・ブース『限りなく完璧に近い人々』http://boketen.seesaa.net/article/446819862.html
2016年04月05日、斎藤環著『オープンダイアローグとは何か』(1http://boketen.seesaa.net/article/436223624.html
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