2017年08月14日

倍賞千恵子『倍賞千恵子の現場』

普通を演じる名女優、映画の現場を語る

渥美清、高倉健、山田洋次。この3人と深くかかわった名女優は、というクイズがだされれば、だれだって倍賞千恵子とこたえます。
渥美清と共演した寅さんシリーズ全48作、高倉健と共演した3本「幸せの黄色いハンカチ」「遥かなる山の呼び声」「駅 STATION」、ほかに「家族」など多くの作品、そのほとんどを映画館で封切り時に見ました。満員の観客と一緒に見た倍賞千恵子の映像は、人生の宝ものです。
たとえば吉永小百合や浅丘ルリ子のような、画面に出てきただけでその美しさに観衆が魅了されてしまう、そういう女優ではありません。だからこそ、日本を代表するような美人女優が次から次へと出てくるという、ありえないような設定の寅さんシリーズに出続けても違和感がなかった。とらやの家族と一緒に「キレイな人だねぇ」とタメ息ついてマドンナを見ている。その役割ができて、なおかつどんなマドンナにもまけない魅力をたたえている。まさに稀有な女優です。

その倍賞千恵子が、話し言葉で自分の女優人生、歌手人生を語っています。
まずは寅さん・渥美清。倍賞のさくらさんなしに、寅さんシリーズは成立しなかった。
「渥美さんって、立っているだけで形がきれいというか、美しいというか、その立ち方、在り方に目を奪われます。渥美さんはかっこよかったですよ。」
そうだよなあ。だからこそ、30年近くも飽きもしないで見にいったわけだ。寅さんの、かっこつけてもかっこつかない、そのおかしさを笑ってきたわけですが、演じている渥美清は、何十年もつきあってきた女優に「美しい」とまで言わせる立ち姿の人だった。
続いて健さん、高倉健。倍賞の普通さが、健さんを違和感なくかたぎの世界に橋渡しした。
「スーパースターのオーラというか存在感というか、これまで会ったことのない人に出会ったという感じでした。」「健さんは撮影中、昼食を抜いていました。山田さんによると、健さんは『私という生き物は、餌を与えると仕事をしなくなりますから』と冗談交じりに話していたそうです。」
高倉健と倍賞千恵子は、一時週刊誌で、スワ結婚かと書きたてられたことがありました。残念ながら、本書ではそうした下世話方面の関心にはいっさいこたえてくれません。
そして、監督・山田洋次。倍賞が出演した約170本の映画の、3分の1以上が山田作品だという。
あるとき、手前で芝居をしている寅さんとさくらの向こうを、エキストラが自転車で通りぬける場面があった。
「違う、違う、違う」と激しくダメ出しする山田。さくらの前を通り過ぎエキストラに突進していって「あなたは今、どこから来たの?どこに帰る人なの?」と問いただす。これにはエキストラも驚いたろうなあ。画面に映っているどんな人にも命を吹き込む、山田洋次の映画の真骨頂が伝わってくるエピソードです。
渥美清が「見た瞬間、画面の隅々まで完璧に映画になっている作品に感動する」(『渥美清の死生観』)ということばを残していますが、山田洋次と切りむすんできた年月がつくった映画観でしょうね。

自分自身について。
「さくらさんも民子さんもそうですが、私が演じてきたのは普通の人が多いです。そして、この普通の人をきちんと演じることはとても難しい」「なんともない役、何気ない人は、自分との距離が近いだけ、ものすごくデリケート」「壊れないように、そっと入っていかないと(略)一気に崩れて」しまう。
ほんとになあ。さくらさん一家がアパートから一戸建てにうつり、かわいい満男がふくれっ面の反抗期に育っていく、そのぜんぶの過程を、ご近所か親戚のことのように見続けて違和感がなかった。ひとつの奇跡のようなことです。それを支えたのが、さくらさんの普通さを表現し続けた、倍賞千恵子の演技でした。偉大な女優です。

歌手としても一流、美しい声、情感あふれる表現

倍賞千恵子は女優としてもすばらしいが、歌手としても一流です。
たとえば、ユーチューブで聞くことのできる『あざみの歌』など、絶品です。つい最近、『舟唄』がアップされ「駅 STATION」の名場面と重ねて聞き入りました。美しい声、情感あふれる表現、役者が歌う「余技」のレベルをはるかに超えています。
倍賞自身、はじめのころ映画に呼ばれることがいやで、早くSKD(松竹歌劇団)に戻って歌やダンスがしたかったと率直に述べています。女優と歌手の「二兎を追う」のが私の生き方だと、歌手としての自負を語っています。歌が縁で出会った作曲家・小六禮次郎と結婚し、ふたりでコンサートを続けている。そのうちいちど見に行くか。

寅さんファンの、真実のマドンナ観音様さくらさんに、乾杯。
倍賞千恵子の現場 (PHP新書) -
倍賞千恵子『倍賞千恵子の現場』PHP新書、2017年、920円+税。
関連:『あざみの歌』https://www.youtube.com/watch?v=DW4upkF_aBY
2017年05月22日、柴又帝釈天界隈をぶらぶら散歩http://boketen.seesaa.net/article/450053854.html
2017年07月01日、寺沢秀明『「寅さん」こと渥美清の死生観』http://boketen.seesaa.net/article/451397943.html
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2017年08月08日

國分功一郎/山崎亮『僕らの社会主義』

マルクス・レーニン主義とは無縁の社会主義が、熱く語られる

ともに40代前半の学者ふたりが、社会主義について熱く語りあっている。
ただし、呆け天世代が社会主義を論じるときの前提になっている「社会主義=マルクス・レーニン主義」という等式は、ふたりにはまったくない。
ふたりにとってマルクス・レーニン主義は「失敗した全体主義」、過去の遺物として扱われている。
そうか、無理もないか。ソ連崩壊(1991年)のときに16〜7歳だったふたりが、大学に入った時のアカデミズムの世界では、マルクス経済学は総退場していた。中国では、ケ小平が南巡講話(1992年)で「社会主義市場経済=一党独裁資本主義」の実験をはじめていた。
わかもの用語でいう「オワコン=終わったコンテンツ」が社会主義であって、そりゃあ見向きもしなかったろうな。当時40代なかばで、呆然として世界の動きをながめていた呆け天とは、見えている世界がまったく違っている。

ふたりは行動する学者、現実世界と密接にかかわって思索を深めるタイプの学者だ。
國分は、東京都小平市の都道建設計画の見直しを問う住民投票に深くかかわり、地方自治、民主主義、住民参加などについて魅力的な提言をしてきた。
山崎は「コミュニティデザイナー」として活躍し、人口減少に悩む地方自治体や集落でさまざまな実績をあげてきた。藻谷浩介との共著『藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのでしょうか?』(2012年)は、停滞する日本社会に風穴をあけるような爽快さに満ちている。

ふたりが熱く語る社会主義は、エンゲルスが「空想的社会主義」とレッテルを貼って切りすてた、イギリスの初期社会主義思想です。ロバート・オーエン、トマス・カーライル、ジョン・ラスキン、ウィリアム・モリスなどの著作や行動が、くわしく、豊かに論じられる。
恥ずかしながらわたしは、ここにあげられたイギリス初期社会主義思想家たちの著作を、一冊も読んでいない。読むにあたいしない、社会的使命をおえた「空想」と思い込んでいた。
ところがふたりは、いま世界が格差と貧困の問題に直面している事態は、当時(19世紀)のイギリスの格差と貧困問題と向きあったモリスたちの思索と行動から学ぶことで、突破の糸口がみえると予感しているようなのです。エンゲルスのレッテル貼りがいかに不当か、ボルシェビズムに一元化された社会主義がいかに貧しく楽しくないか、モリスたちの実践がいかに可能性に満ちているか…。
トホホ。いまからラスキンとかモリスとか、読めるかなあ。

2006年に亡くなった米原万理は「世界史的に見ても、共産党が政権を奪取して国民が幸福になった例は皆無。しかし野党である限りは、かなり頼りになる」(『偉くない「私」が一番自由』)ということばを残した。「マルクス・レーニン主義」は、体制批判の武器としては使えるが、人々を幸せにする社会の建設には使えない、という米原の断定です。
「全体主義的な解決を求めるのではなく」ということばは、ふたりの対話で繰り返しでてきます。いま生きている人々が「日和をみながら」楽しく生きていける方策を探り続けるーそれが、ふたりのいう「僕たちの社会主義」のようです。オビのキャッチコピーが「いまこそ楽しい社会革命を語ろう」です。

「主義は病気だ」という山崎の上司のことば

ふたりが、民主主義、コミュニティ、まちづくり、楽しさの自給自足(楽しさ自給率)、社会主義のつまみぐいなど、自在に語っている立場も思考も用語も、呆け天世代の「右派、左派」といった感覚とは完全に断絶している。
対談中に、山崎が研究所の上司(経済学者・林敏彦)から言われたという「主義は病気だ」ということばが、対談全体を貫く基調になっている。どんな主義も「正しさの体系」のトリコになり、日和見や楽しさは放逐される。日和を見て、楽しく生きることこそ、豊かな生活なのに…という風に。
なるほどなあ。「主義は病気」か。「正しさの体系」を追い求める人間の病気が、全体主義という牢獄をつくりあげるのか。
いまさら捨てることもできない左がかった価値観のまま、これからもふたりの著作には注目していきます。

息子世代の学者たちの、エネルギーと希望に満ちた対話に、乾杯。
僕らの社会主義 (ちくま新書 1265) -  國分.jpg
國分功一郎/山崎亮『僕らの社会主義』ちくま新書、2017年、800円+税。
関連:2016年07月14日、米原万理『偉くない「私」が一番自由』http://boketen.seesaa.net/article/440021757.html
2016年06月19日、國分功一郎『民主主義を直感するために』http://boketen.seesaa.net/article/439128234.html
2016年06月28日、村上稔『買い物難民を救え!』http://boketen.seesaa.net/article/439478200.html
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2017年08月04日

滝口悠生『愛と人生』

『寅次郎物語』の「秀吉」が、美保純と伊豆下田を旅する

不思議な小説を読みました。
寅さんシリーズ第39作『男はつらいよ 寅次郎物語』(1987年)に、寅さんのテキヤ仲間「般若の政」の子どもとして出てくる「佐藤秀吉」が、大人になって伊豆下田を旅している。旅の同伴者は、50代になっている美保純です。
二人がなぜ一緒に旅をしているのかは不明ですが、お互いに「寅さん映画の共演者」というリアルは共有している。ただし、秀吉はあくまでも映画の登場人物、実在しない虚構の人間のままです。秀吉を演じた伊藤祐一郎という子役の名前は、いちどもでてこない。
いっぽう美保純は、タコ社長のむすめ「あけみ」そのままの設定を美保純として生きている。あけみのセリフや演技、寅さんや秀吉とのやりとりはすべて美保純として行われる。あけみはいちどもでてこない。
なんだか煮えきらない30代後半のオトナになっている秀吉は、年代的にもたぶん作者・滝口悠生の投影です。
映画や寅さんについてグダグダと語る秀吉に、美保純は「あんたさっきから当たり前のことばっかし難しく言い連ねてなんなのよ」と悪態をつきます。悪態をつきながらも野天風呂の中で立ち上がり、秀吉(=滝口)に相変わらず魅力的な背中とおしりを見せるというサービスはしてくれます。
秀吉が美保純に問われるままに、寅さんと一緒に母をさがした旅の思い出話しをしている。旅のとちゅうで化粧品の巡回セールスで生きている秋吉久美子と知り合いになる。秀吉の看病が縁で急接近した寅さんと秋吉がたわむれに「とうさん」「かあさん」とよびあう。
その思い出話を聞いている美保純が「どうかと思っちゃうわね、その女」と妬(や)く。
なんとも、しっかりと美保純と秀吉の会話になっています。

このあと小説は、宿の仲居(実は女将)が語る波乱万丈の思い出話に脱線したり、「豆相(ずそう)人車鉄道」という人力でトロッコをおして観光客を運んだ歴史の遺物に美保純と秀吉が乗ったり、トロッコをおす男の背中から般若の入れ墨が浮かびあがってくるというように、果てしなく虚構・幻夢に迷い込んでいきます。

ま、あれでしょうね。虚構とリアルの相互浸透、といったようなことを文学実験してるんでしょうね。
寅さんという映画(虚構)が、現実の葛飾・柴又に万来の客をよび繁栄している。
渥美清の演じる寅さんがリアルな影響を観客の実人生に与え、それがまた渥美清にはねかえる。
美保純は「あけみ」という役名ではなく、美保純として野天風呂に立って後ろ姿を見せている。それはいまも秀吉(=滝口)の性的な渇望の対象である…というようなことではないかと推察します。

きっと寅さんがあの世でテキヤ仲間に自慢していることでしょう

どうして、こういう文学実験が必要なのか、呆け天の理解のおよぶところではありません。しかし、この作品で滝口は野間新人文芸賞を受賞、次の年には『死んでいない者』で第154回芥川賞(2016年)を受賞しました。
寅さんファンとしては、寅の墓前に捧げられたたくさんの追悼作品のひとつに、純文学という変わり種が加わったことをすなおに喜ぶことにします。
寅さんはあの世で「どうだいポンシュウ、芥川賞をとるような小説家が、オレをネタに小説書いたらしいぜ」と鼻高々でしょうね。

芥川賞作家の、寅さんへのオマージュ(賛辞)に、乾杯。
愛と人生 -
滝口悠生『愛と人生』講談社、2015年、1700円+税。
関連:2017年07月27日、「呪いかけましたよ。…」http://boketen.seesaa.net/article/452155432.html
2016年08月31日、村田沙耶香『コンビニ人間』http://boketen.seesaa.net/article/441495744.html

posted by 三鷹天狗 at 08:45| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする