2017年04月05日

桜満開の上野公園に、中学同級生が集う

古希たのし花の上野で浮かれ舞う

4月3日(月)午前11時、上野駅公園口に、齢70・古希を迎えた中学同級生12人(男8人、女4人)が集まりました。2年前に5人が花見をして楽しかった。じゃ私も行ってみたいの声があり、面倒見の良い同級生が幹事役になって、サクサクと段どってくれました。なんと、所用で秋田から上京した同級生まで「いぶりがっこ」のおみやげ持参で登場。晴天、温暖、満開。これ以上ない、花見日和です。
上野花見IMG_20170403_103839_.jpg 上野花見DSC_0380.JPG
現地に着いたら、ブルーシートを敷いて場所取りがしてあります。
「どうしたのこれ!」「朝7時に来て場所取りしたんだよ」
おそれいりました。脱帽です。埼玉在住の彼がそこまでやるとは。
2年前には歩いて通過した花見の中心地に、どっかと座り込んで乾杯、また乾杯。
上野花見IMG_20170403_112033_.jpg 染井桜20160108-2.jpg
ビールだけではなく、「染井櫻」という美しいラベルの日本酒が持ち込まれました。
「どうしたのこれ!」「この開発に、オレも一役かったんだよ」
おそれいりました。なんと同級生の一人が、あの幻の名酒「天の戸」で名高い浅舞酒造(秋田県横手市)に話しをもちこんで、実現した酒だというのです。花のお江戸で、故郷横手の酒蔵が「染井吉野」にちなんでつくった酒に酔う。いやそのうまいこと。これが浮かれずにいられましょうか。
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それにしても分かったのですが、ブルーシートに座り込んで宴会をしていると、歩いている人たちからの視線を浴びます。無数の花見客がそぞろ歩いて花を見ている、その視線に「宴会している花見客」も入っている。花とセットの「風景」になっているわけですな。
となりで場所取りをしているサラリーマン風の人から、写真のシャッターを押してもらったり面倒みられました。聞くと会社の宴会を夕方からやるために、朝7時からがんばっているのだと。いやはや、それはたいへんだ。20人の宴会予定とのことなので、わが幹事は太っ腹なことに、ブルーシートごと場所をこの人にゆずりました。さすがです。
上野花見IMG_20170403_161926.jpg
1時過ぎに、かねて予約の「酒亭じゅらく」(アメ横入口)の2次会に移動。盃を重ねて談笑、別れがたく3次会のカラオケへ。うたげは夜8時近くまで続きました。のべ約9時間か。秋田人の宴会は長い!

誹風柳多留lrg_13680212.jpg 上野花見MG_20170403_130919_.jpg 上野花見IMG_20170403_130914_.jpg
「酒亭じゅらく」への移動途中で幹事が「これ知ってる?」と指さしたのが、「誹風柳多留(はいふうやなぎだる)」の記念碑。樽のうえで金のアヒルが羽ばたいているという、なんともユニークな記念碑です。へー、こんなのがあったのか、知らなかった。まだできて2年くらいしかたっていない、ごく新しい記念碑です。そうか、ここ上野が江戸川柳の原点「誹風柳多留」発祥の地なのか。

羽のあるいいわけほどはあひる飛ぶ 木綿

金のアヒルのいわれは、『誹風柳多留』の編者・呉陵軒可有(ごりょうけんかゆう)の一句に由来しているそうです。なるほど、いい句ですね。われわれ凡人の人生も「いいわけほどに飛ぶ」ためのジタバタだったのでしょう。
せっかくこんないい記念碑を知ったのだから、わたしも一句。

古希たのし花の上野で浮かれ舞う(呆け天)

いまもむかしも、見る人を酔わせる上野の桜に、乾杯。
何十年たってもうれしなつかし、中学同級生に、感謝の乾杯。
尾藤一泉川柳Blog https://shinyokan.jp/senryu-blogs/issen/186/
2015年04月03日上野公園で花見。http://boketen.seesaa.net/article/416612859.html
posted by 三鷹天狗 at 07:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

私か妻が関与していれば首相も政治家もやめるーはずでは?

墓穴を掘った籠池証人喚問。昭恵付職員が、財務省に照会。

いやはや、見ものでした、森友学園・籠池理事長の国会証人喚問。
安倍昭恵付職員(現役の財務省職員。昭恵は「秘書」と呼ぶ。公務員を秘書にする昭恵は私人ではない)が、財務省に照会した内容の報告FAXが読み上げられてどよめく場面。
これでも「妻は関与していない」と言い張るのは、万引きが見つかった小学生が「だってぼくはやってない」と言い張るのと同じです。
幼稚園児に教育勅語を暗唱させ、中国・韓国への憎しみをあおることばを叫ばせる。これを「理想の教育」と安倍昭恵がたたえ「安倍晋三からです」と100万円を寄付する。国有地をタダ同然で払い下げ、私学審議会のルールをねじまげても早期認可する。なんともおぞましい、戦前回帰ゾンビたちのうごめきです。国有地ダンピングがばれて「まずい」となったら、手のひら返しで保身にはしる安倍と松井の醜さ。
「息を吐くようにうそをつく」というのは、安倍晋三を評した金子勝のことばです(『負けない人たち』2016年)。言い得て妙。平気でうそをつく、精神病理的な世界(たとえば「サイコパス」)の住人としか思えません。

ところが、安倍の「ウソをつきとおす」政治は、このごろ「ポスト真実」という世界中の流行りみたいです。
オックスフォード辞典が、昨年の「時代をもっともよく表わす言葉」として選んだのが「post-truth(ポスト真実)」だという。それによれば「客観的事実よりも感情的な訴えかけの方が世論形成に大きく影響する状況」をさすとのことで、イギリスのEU離脱や、アメリカのトランプ現象をさしている。
なんでしょうね。このいやな感じ。
グローバル経済・マネー経済がもたらした、極端な格差社会の出現。1%の富裕層が、世界の富の50%を所有している(「クレディ・スイス」レポート2015年)。増大する低所得者、非正規雇用者、若者の怒りは、「ウオール街を占拠せよ」(2011年アメリカ)など、萌芽をみせています。
「銀のサジ」をくわえて生まれた安倍晋三の言動は、絵に描いたような1%のための政治、ウソをつきとおす政治です。人間のなかの、暗い情動、邪悪な情動にはたらきかける排外主義・愛国主義政治の行きつくさきは、独裁的な警察国家とか、戦争とか、いずれにしてもロクなものではありません。

流行りだからしょうがない、ではすまない。せめてこの問題で、安倍が「私か妻が関与していれば首相も政治家もやめる」といったことのツケを払わせたいものです。
それが実現できたら、「ポスト真実」という流れへの、大きな抵抗が日本から起こった、という歴史が刻まれます。
森友.jpg朝日新聞3月24日
posted by 三鷹天狗 at 08:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月21日

胸がすくようなことばに出合う

「私がいて、世界がどのくらい変わるのか見てみたい」(仲暁子、32歳)

朝日新聞土曜日の別刷り「be」3月8日「フロントランナー」で、胸がすくようなことばに出合いました。
「私がいて、世界がどのくらい変わるのか見てみたい」(仲暁子、32歳)。
これだけすがすがしい、前向きなことばというのは、初めて聞きました。
「天下をとる」だの「ビッグになる」(古いね)だのといった下品さがまるでない。「ナンバーワンよりオンリーワン」ということばにひそむ、言い訳や安直な自己肯定のにおいがない。
すずやかに自分とまわりをみている。いまを楽しんで生きている。好奇心と自信にあふれている。しかし過信はない。
このことばが32歳の女性から発信されたということに、日本の未来を感じます(少し大げさですが)。

発言の主はベンチャー企業経営者。「ウォンテッドリー」という求人・求職サイトを運営する会社の創業者です。そのビジネス内容も興味深いもののようですが、IT弱者の呆け天にはいまひとつ理解しきれません。https://www.wantedly.com/

「不景気な日本」しか知らず、ブラック企業のターゲットにされ、非正規雇用の不安定さの中で将来がみえない。いまの日本の若者たちがおかれている状況で夢や希望を語れば「バカじゃないの」といわれかねない。べつに日本だけじゃなく、若者の失業率が25%だ50%だというEU傘下の国のレポートも目にします。

しかし人は生きていくしかないわけで、そのときにどんなことばで自分を支えるかが問われます。
「私がいて、世界がどのくらい変わるのか見てみたい」
いいなあ、このことば。若者たちに、さざなみのように広がっていってほしいものです。

32歳ベンチャービジネス創業者の、すがすがしいことばに、乾杯。
仲暁子.jpg
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posted by 三鷹天狗 at 10:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする