2017年10月24日

衆議院、解散総選挙

立憲民主党の55議席を祝す。
「日本会議」に対峙する、野党第1党が出現した。

10月22日の衆議院・解散総選挙で、自公が圧勝して国会の3分の2を制し、希望・維新の補完勢力を合わせれば改憲勢力が4分の3を占めるという事態となった。
「北の脅威」を煽り、違憲解散というバクチをしかけて「森友・加計問題」から国民の目をそらす。安倍周辺の小ざかしい参謀たちの思惑通りの結果になった、というのが大方の見かたでしょう。

しかし、今回の選挙でもっとも重要なできごとは、立憲民主党が55議席を獲得し、野党第1党となったことです。
解散寸前にドタバタと出発した政党ではあるが、旧民進党内のリベラル層と、国会前で反原発、反安保法制の声をあげた市民の結集軸が、ついに姿を現わした。
公示前には、わずか15議席にすぎなかった立憲民主党が、55議席を獲得したのは、国会前デモにあらわれていたエネルギーがどれほど大きいものであるか、安倍政治に対する国民の不信、怒りがどれほど強いものであるかを、くっきりと示すものです。
「災い転じて福となす」というべきか、「ひょうたんからコマがでる」のほうがふさわしいか。
民進党は、理念も政策もない「権力亡者野党」にすぎない政党に堕しており、国民の大きな不信にさらされていた。前原という、賢いつもりの愚か者がしかけた「民進党解党・希望の党への合流」という奇策は、裏切り者・卑怯者・権力亡者をまとめて小池にさしだし、政治家としての廉恥・矜持を持つ者15人だけを残した。
それが、55議席に拡大・変貌した。
快挙です。
しかも、希望の党を上回り野党第1党となったことで、安倍の政策に対峙する勢力の、代表のポジションを確保した。これも大きな意味をもつ。日本会議的なもの=安倍的なものに対する嫌悪・不信・懸念は、無党派層はもちろん、自民党支持者・公明党支持者の中にもある。安倍がこれから繰りだしてくる政策に対して、それはまずくないかという懸念が生じたとき、マスコミや国民がまず目を向けるのは、野党第1党の主張です。
55議席という議席数以上の効果を、野党第1党というポジションは持っている。日本会議という、邪悪な政治集団に対抗できる政党が、おそまきながら誕生した。

もうひとつ今回の選挙で重要だったのは、希望の党と維新の会という、危険な政党に対する、国民の醒めた目です。ホッとしました。
希望の党は小池が「完敗」を宣言した。これから、どんなみっともない迷走をみせるのか。恥さらしたちの末路が見ものです。
大坂で猛威をふるった維新の会は、「いっちょ戦争でもやったろか」という、コンビニの前でウンコ座りをしているような者たちの政党(by佐藤優)です。これが希望の党とタッグを組んで大躍進などということになったら、ほんとにまずかった。14議席を10に減らし、きっと大阪の人たちも次の選挙あたりで「こいつら、もうアカンな」という判定を下してくれることでしょう。

さて、安倍政治です。
自民党単独で過半数を制し、自公で3分の2を確保した。希望・維新を合わせれば、4分の3が改憲勢力です。
なにをやっても許されるという全能感に満たされた安倍の欲望は、北朝鮮との戦争です。
不測の事態であれ意図的なものであれ、戦争が始まってしまえば、80年前に瀬戸内寂聴や飯田進(元BC級戦犯)がみた「一夜にしてがらりと風景が変わる」姿が再現される可能性があります。日本会議に巣食う者たちの妄想は、その時こそ「個人の尊重」だの「基本的人権」だのという輩を黙らせ、「美しい日本」が出現するというものでしょう。
しかし、国民はあの歴史をくりかえすほど愚かではないぞ、ブレーキをかけるエネルギーをもっているぞということが、立憲民主党55議席に示された。
かつての「統帥権」という魔法の杖は、安倍一統にはありません。安倍や麻生という世襲三世議員の、人としての醜さ愚かさも、国民はたっぷり見ています。
歴史はどう転がっていくのか。
少なくとも、立憲民主党という、安倍(=日本会議)政治に対峙できる政党をもって次の時代を迎えることができることを、言祝ぎたい。

立憲民主党55議席に、乾杯。
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2017年10月02日

無惨なり民進党の狂い舞い(呆け天)

老老居酒屋談義は、果てしもなく

それにしてもなあ。一夜にして解党して、小池百合子の前に整列して、選別してもらうとはなあ。
ネコがまたたびに酔って、狂ったように踊るさまにはまだなにがしかの愛嬌があるが、民進党の狂い舞いは、ただただ醜い。小池は「安保法制と改憲が踏み絵」と宣言している。つい先年、国会前のデモの熱気におされて、安保法制に反対し、立憲主義の理念を語った民進党の国会議員たちは、この踏み絵を踏むのか。人として、恥という感情はないのか。
これで希望の党なる「小池私党」がかなりの議席を占めたとしたら、日本会議所属の極右が頭目の政党が二つできて、与党・野党を名乗ることになる。世界中さがしたってそんな狂った政治の風景はない。

などとぼやきながら、所用でお会いした10歳年上の先輩(在野の歴史学者、中国・アジア史)と、居酒屋に流れて老老談義がはじまった。
先輩はわたしのボヤキは肯定しつつも、政治の世界には「ひょうたんからコマ」ということがあると説く。
「小池百合子には政治理念なんてないよ。日本新党からはじまった政治遍歴は、ただ出世欲・権勢欲に貫かれているだけ。そのときウケそうなことをいうのがポピュリストなんだから。都政で都議会自民党が窮地にたったように、国政で自民党が窮地にたつ可能性があるのは結構なこと。とりあえず安倍退陣となれば、政治がどう転んでいくかはわからない。ひょうたんからコマがでるということだってあるかも知れない」
「それはいくらなんでも楽観的すぎませんか。小池はまっさきに維新と候補者調整してる。つまり、自民党より右の結集軸を作る。そして自民党に高く売りつけるというのが、彼らの考えてることでしょ。」
「もし希望の党が小泉や細川と連携して脱原発をかかげたらおもしろいよ、小泉・細川は小池のむかしのボスだからね。」
「小池は核武装論者でしょ。脱原発なはずがない。むしろ、安倍のオカブを奪う目論見で自前の核武装論なんか言いだしやしないかと心配なくらいです。」
「いやいや、うけるためならなんだっていう可能性はある。」…

ソ連邦の崩壊が、日本では社会党の解体と直結した。いま見ているのは、その無惨な結末だ。
「日本では社会党の解体がこんな惨めなありさまをうんでいる。どうしてヨーロッパではソ連が崩壊しても、イギリス労働党、フランス社会党、ドイツ社会民主党といった政党が解体しなかったんですかね」
「彼らは第2インターナショナルであり、レーニンの第3インターナショナルやその延長にあるスターリン主義とは相いれなかったからね。ヨーロッパではソ連崩壊と一緒に崩壊したのは各国の共産党です。社会民主主義政党は、むしろ社会主義をめぐる議論で正しかったのは自分たちのほうだったと主張している。」
「フーム、日本では社会民主主義政党のはずの社会党が崩壊して、スターリン主義の党だった共産党が生き延びている。それはなぜですか。」
「日本の社会党を支えた背骨は向坂派協会だからね。彼らはソ連共産党の無批判的な追随者だもの。ソ連崩壊と一緒に崩壊したのは必然です。」
「共産党こそスターリン主義の権化のような党だったではないですか。彼らはなぜ生きのびることができたのですか。」
「ま、最初に社会党・向坂派協会とのソ連出先機関争いで負けて脱ソ連・親中国路線をとり、次に毛沢東の干渉をきらって自主独立の党を名乗ったのが、いまになってみると幸いしたということかもしれんね。」
「すると日本では、社会民主主義政党の役割りを共産党が担うわけですか。」
「どうだろうね。それはたぶん無理じゃないかな。レーニン主義・スターリン主義の誤りの核心は民主集中制で、共産党は今もそれだけは絶対に手放さない。その点では、中国共産党の党組織論とまったく同じさ。もし共産党が、民主集中制は間違いでした、分派も派閥もOK、これまで党内の異論を『反党分子』『スパイ』などと断罪してきた過去を謝罪します、なんていったら、面白いけどね。まずそれはありえない。」
「日本では、健全な保守と健全な社会民主主義が議論し合うといった政治は望むべくもない、ということなんですかね。」
「なにも欧米型の構図を健全と思わなくともいいだろ。欧米型の二大政党制そのものが金属疲労をおこしていることは、トランプの出現や、EC各国の右翼の台頭にはっきりあらわれている。政治には理想は求めない方がいい。戦争をやりたがっている安倍・麻生といった馬鹿どもよりは少しましな政府を、というあたりをめざすしかないんじゃないの。」…

安保法制反対や反原発など、安倍政治に対抗する国民的なレベルのうねりはあるはずなのに、どうしてそれがまとまった政治勢力になりえていないのか。
「安全保障、エネルギー政策、社会保障といった政策で一致して、あとはゆるやかに連携している。そんな小さな政党の連立政治のスタイルはありえないんですかね。」
「どんな政策にするの。」
「@憲法を改正して在日米軍に退去してもらう。自衛隊の役割りを憲法に明記し、同時に、外国軍隊の駐留はこれを認めないと明記する。
A脱原発。自然エネルギーへの転換。
Bベーシックインカム(基礎所得保障)の導入。国民すべてに年額150万円を支給し、現行社会保障(生活保護、年金等)は廃止する。
ふだんはローカルな課題で政治・政党活動をしているひとたちが、国政レベルではこの三つを共有して連合するというイメージです。」
「なんだかいきなり無茶をいうね。@は、いま憲法改悪阻止でまとまっている勢力に水をさすことになるんじゃないの。」
「いや、左派の側からの憲法改正論議が、いまこそ必要なんですよ。でなければ、沖縄の基地負担の軽減は永久にできない。いまの憲法の、国民主権、個人の尊重、基本的人権などの条項はぜんぶ生かして、自衛隊の明記、外国軍隊駐留の不可を書きこむ。現憲法を後生大事にあがめている思考停止こそ、いまの左派の退潮をうんだのではないですか。ま、これは、まんま矢部宏治(『日本はなぜ基地と原発を止められないのか』)の受け売りですけど。」
「たしかに、五日市憲法草案のような庶民レベルからの憲法論議は必要だね。」
「どこかで、そういう動きはありませんかね。迂遠なようでも、そこから始めないかぎり、自前の民主主義は育たないと思うんです。」…

酒は果てしなくすすみ、議論にも果てしがありません。
民進党の崩壊をむしろ奇貨として、リベラル派があちゃこちゃから名乗りをあげて、自分が生活しているその地域で当選する。そんな風景が見たいなあ。

憲法に「外国軍隊駐留不可」が書きこまれ、ベーシックインカム導入で「貧困」が解決される未来に、乾杯。

関連:2015年03月06日、矢部宏治『日本はなぜ…』http://boketen.seesaa.net/article/415124807.html
2016年03月23日、色川大吉編著『五日市憲法草案…』http://boketen.seesaa.net/article/435495692.html

追記:枝野幸男民進党代表代行が「立憲民主党」を立ち上げるという。安保法制反対、脱原発を主張していた議員たちはこの党に結集して、意地をみせてほしいものです。武蔵野市の市長選挙では、反自民野党連合がダブルスコアで勝った。松下玲子34166票、高野恒一郎17933票。反自民感情がかくも高まっているときに、民進党を最悪の形で解党させた連中の罪は重い。(10月2日夜)
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2017年09月26日

「少女の夢 湯にきらめく」ーNHK小さな旅・9月24日

さながら、短篇映画の佳品を見るような映像

日曜日の朝は、NHK「さわやか自然百景」の美しい映像と音楽。続けて「小さな旅」が流れている。
見るともなく見ながら、途中で「これどこの町なの」などと旅先を確認したりする。ふたつの番組とも、じつに丁寧なつくりで、「ながら見」などという失礼な態度では申し訳ないくらいのものだ。休日にふさわしく、こころが自然におだやかになってくる番組です。
9月24日(日)の朝も、なんだかどこかの温泉のようだな、などとぼんやり斜め見していましたが、途中から画面に釘付け状態になりました。レポーターの山本哲也アナウンサーが入った食堂で、小さな少女が注文をとりにくる。店を手伝っている小学2年生・松本葵ちゃんだ。両親がやっている店を、忙しい時に自然に手伝うようになったという。
1000年以上の歴史をもつ城崎温泉(兵庫県)が、旅館、土産物屋、遊技場、外湯(立ち寄り湯)などの「共存共栄」で栄えているさまを、手際よく伝えながら、番組はこの少女にフォーカスしていく。
2歳年下の妹をつれて夜の温泉町のにぎわいを楽しむ少女。1学年30人という同級生たちとの交歓。温泉町の全体がこの少女を包み、見守っている。少女もまた温泉町のにぎわいを構成するかけがえのない一員であり、この町の未来でもある。
やがて妹も店の手伝いにでて、客に水を出したところまでは良かったのだが、厨房に戻るところでスッテンコロリンとみごとに転んでしまう。母親にしがみついて大泣きする妹にかわり、笑顔で接客をつとめ、妹になにか甘いものをあげてなだめる葵ちゃん。いやはや、ここで70老人の目にはじんわりと涙が浮かびました。
さながら、よくできた短編映画を見ているようです。天使のように、という形容がしたくなる少女と妹の姿。日々の商いに精をだしながら、町を存続・発展させるために労を惜しまない親たち。城崎温泉にひきつけられ、ひとときの休暇を楽しむ温泉客。そのすべてが醸し出すハーモニーに、酔いました。

そういえば、豊岡市・城崎は持続可能な町のモデルだった

見終わったあとに思い出したのですが、平田オリザ『下り坂をそろそろと下る』(2016年)で、城崎国際アートセンターの活動が「持続可能な地方都市モデル」としてとりあげられていました。無用の長物になりはてていたコンベンションセンター(1000人収容)の再利用アイデアを探るうちに、平田オリザと出会い、世界からアーティストを呼んで長期滞在型芸術活動をしてもらうことになった。これがあたり、たくさんのアーティストが城崎にやってきて、さながら国際芸術都市のようになってきている。これと、伝統の城崎温泉がコラボすることでいっそうのにぎわいが…というようなお話しでした。
今回の映像では、そのことはみじんもでてきません。ただひたすら少女・松本葵の魅力でひっぱっています。
城崎か、遠いなあ。行けるときがあるだろうか。

城崎の温泉町で天使のように輝いている少女の映像に、乾杯。
「城崎温泉 写真」の画像検索結果
写真はWebサイトより
「少女の夢 湯にきらめく」ーNHK小さな旅・9月24日(日)8:00〜8:30。
関連:2016年08月23日、平田オリザ『下り坂をそろそろと下る』http://boketen.seesaa.net/article/441261436.html
posted by 呆け天 at 08:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする