2018年02月17日

調布・樟まつり文芸講演会 高橋順子「著書を語る『夫・車谷長吉』」

たづくり12F大会議室に、詩人の朗読が響きわたる

2月14日(水)14:00〜、調布文化会館たづくりで文化講演会があり、『夫・車谷長吉』の著者である高橋順子さんが講演しました。樟(くすのき)まつりは調布市立図書館が40年以上も続けている文化事業です。会場の12F会議室、200人定員がほぼ満席の盛況。高橋さんが冒頭「こんなにたくさんの方にお集まりいただいて」とおっしゃっていましたが、確かに車谷のようなマイナーな作風を好むファンがこんなにたくさんいるのか、と私も内心おどろきました。樟まつりを企画実行されてきたみなさんの努力のたまものです。

高橋さんは、柔らかくつつみこむような声で、ゆっくりと話されます。
車谷の臨終の場面を書くのはつらくて、手に数珠を巻いて書いた。
車谷愛用のワープロの電源は今も抜いていない。車谷にとって、ワープロは命の綱だったから。
筆禍事件で月に一度裁判所に通っていた時期もあった。わたしもいつも付き添った。
恨みをかっていることを承知している車谷は、講演会に行くときは防弾チョッキを着ていた。
車谷は小説でもエッセイでも、事実をねじ曲げて書いた。「ヨメはんはミス東大だった」と書かれた時はさすがにいたたまれず繰り返し撤回するように迫った。やっと「あれは事実無根」とエッセイに書いてくれて助かった。
たんたんと語る中にたくまぬユーモアがあり、会場には何度も笑いが起きました。

やがて、「みなさんに車谷の文体に触れていただきたいので、少し朗読をしてみます。車谷は、一行読めばその作家が分かると言っていました」と前置きして、『飆風(ひょうふう)』の部分朗読がはじまった。
「飆風」はつむじ風のこと。強迫神経症に冒され、日がな一日手を洗い続け「あなたを殺すか私が自殺するかだ」と言い始めた車谷と、詩人・高橋順子の凄絶な日々。車谷の文章に、高橋の実名入りの詩が10編ほども割り込んでくる実験的な作品です(初出『群像』2004年2月号)。
朗読がはじまると、それまでの、柔らかく低くおだやかな語りが、一変した。
「昔、私が小学校六年生の春、宏之叔父(母の次弟)が二十一歳で自殺した。その直前、叔父はコップの水をその横の空きコップに移し替え、また元に戻し、さらにまた戻すということを、一日数百回も執拗に繰り返していた。目が爛々と輝いていた。…」
狂った叔父の異様な描写に、会場は静まりかえります。地の文章に続けて高橋の詩。
「ふるえながら水を   
                     高橋順子
男が水を流している ふるえながら 深夜
流している
水を流しているのは 男の意志である
意志ではあるが 水に切れ目を付けることができないので
水の意志にしたがわされているともいえる
(中略)
『動かないで!』
女が動くと すべてまた 一からやり直さなければならない …」
この「動かないで!」の音量は、大きく、鋭く、講堂全体を圧して、聴衆を呑み込みました。
さすが詩人です。朗読会の機会などもあるのでしょう。場をコントロールする迫力が圧巻です。
朗読が終わり、また静かでおだやかな語りにもどります。
「車谷はこの作品を、自分で編んだ『車谷長吉全集(全三巻)』に、入れませんでした。私の詩が入っているからかも知れません。車谷から、遺稿を編む第四巻の編集は私にまかせると言われているので、私の詩は少し小さな活字にする形で、入れようと思います。」
じつに結構な講演と朗読でした。長く強い拍手が聴衆の感動をあらわしていました。

「ちょうきち」ではなく「ちょうきつ」だと、初めて知りました

車谷長吉の名を、これまでなんの疑問もなく「くるまたにちょうきち」と読んできました。なんと「ちょうきち」ではなく「ちょうきつ」であると今回の講演で知りました。
車谷は唐の詩人で鬼才を讃えられた李賀を敬愛していた。それで李賀の字(あざな)の長吉(ちょうきつ)を自分の筆名としたのだという。それでも、母親からは「ちょうきちなんて、丁稚みたいな名前だ」といわれていた…。
なるほどなあ。それにしてもあれほど難しい人間だったのだから、自分の名前を「ちょうきち」と呼ばれるたびにさぞかしストレスをためただろうとタメ息がでます。みずからハナシをややこしくするようにできてる人だったんでしょうね。

鬼才・車谷長吉をつつみこみ、看取った詩人の、すばらしい講演と朗読に、乾杯。
高橋順子20180214.jpg 高橋順子.jpg 飆風 (文春文庫) -
車谷長吉『飆風(ひょうふう)』講談社、2005年、1500円+税。(現在、文春文庫)。
関連:2018年01月11日、高橋順子『夫・車谷長吉』http://boketen.seesaa.net/article/456129214.html
2013年12月31日、車谷長吉『人生の救い』http://boketen.seesaa.net/article/383998582.html
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2018年01月30日

芋けんぴ、ひそかなマイブーム

瀬戸内寂聴が命をつないだ食べもの

瀬尾まなほ『おちゃめに100歳!寂聴さん』に「ん?」とハテナマークがつく記述がある。
大病し、食欲を失った瀬戸内寂聴が「芋けんぴ」だけは食べることができ、それで命をつないだ時があるというのだ。
「芋けんぴ」?
なんだそれは。聞いたこともみたこともない。連れ合いに「芋けんぴって知ってる?食べたことある?」と聞くと「なに言ってんの。だれだって食べたことがあるお菓子よ。さつまいもをカリッとあげたやつ」という。
さつまいもをカリッと揚げる?大学いもか?
そこらへんのコンビニにだって売ってるわよと言われて、即、自転車ででかけて購入。
芋けんぴ2.jpg 芋けんぴ3.jpg
そうか。これが「芋けんぴ」という名前なのか。確かに見たことも食べたこともあるお菓子です。
ネットで検索すると、土地によっては同じものを「芋かりんとう」とも呼ぶという。高知県では江戸時代から殿様の好物だったそうで「土佐の芋ケンピ」といえば特産品あつかいの由。
固い!
いまどきの「うま〜い、やわらか〜い」という風潮にはきっぱりと背を向けている。
安ものの部分入れ歯だと、こわれはしないかと心配になるほど固い。こんな固いものを、他のものが食べられないような状況で、秘書にとりあげられてしまうほど寂聴は食べたらしい。どんな歯をしているんだ。
食べ始めるとやめられない。かっぱえびせん系の菓子だ。あっちは塩味、こっちは糖蜜ですが。
「けんぴ」という呼称の由来は諸説あるらしいが、小麦粉を使った和菓子のけんぴ(堅干=堅く干す)と原材料も製法も違うが、派生して作られた菓子という説が、スルリと納得できます。

東海林さだおも知らなかったという

太るからまずいと思いながら、ひそかなマイブームとなってしまい、渋いお茶でコリコリ食べてます。
ヘンなものにつかまったと思っていたら、「週刊朝日」(2月2日号)の東海林さだお「あれも食いたいこれも食いたい」でとりあげられ「この年になるまで『芋けんぴ』という名前を知らなかった」という告白が載っています。
食べ物エッセイウン十年の東海林画伯が知らないんじゃ、わたしが知らないのもムリはない。

瀬戸内寂聴が命をつないだという「芋けんぴ」に、乾杯。

関連:2017年12月31日、瀬尾まなほ『おちゃめに100歳!寂聴さん』http://boketen.seesaa.net/article/455895083.html
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2018年01月09日

NHKスペシャル『人体〜神秘の巨大ネットワーク』

「薬飲むな」の本当の意味は、腎臓だったのか

山中伸弥教授(ノーベル生理学・医学賞)とタモリが司会進行をつとめるNHKスペシャル『人体〜神秘の巨大ネットワーク』が、とんでもなく面白い。
全8回放送予定で、プロローグに続いて、第1集「腎臓」第2集「脂肪と筋肉」第3集「骨」が放送された。これからも、腸と免疫、脳、生命誕生と続いていく。
私には、すべてが初耳といってよい内容であり、映像的にはCGをふんだんに駆使して素人を飽きさせない。むかし『ミクロの決死圏』(1966年)という傑作SF映画があったことを思い出す。

驚いたことの一つめは、「人体観」が昔とは変わったこと。
いま医学界では、「脳が司令塔で、他の臓器がこれに従う」という人体観がひっくりかえされ、「体中の臓器が互いに直接情報をやりとりすることで、人体は成り立っている」という「巨大な情報ネットワークとしての人体」という考え方に変わったという。いわゆるパラダイムシフト(価値観の転換)がおきた。すでにどこかで聞いてたような気もするが、この番組で初めてリアルに実感できました。
第1集の「腎臓」。膨大な量の血液が腎臓を通って濾過される。濾過された原尿は、他の臓器からの「疲れた」とか「○○が足りない」といった情報に反応して、再利用する成分と廃棄する成分に瞬時に振り分けられ、血流にのせて配送される。尿として排泄されるのは、原尿の1%にすぎず、他はすべて再利用される。腎臓が異常を起こすと他の臓器にも連鎖し、多臓器不全をひきおこす…。
第2集では、脂肪や筋肉から出る物質が「おなか一杯」とか「〇〇補給して」というシグナルになる。
第3集では、骨は刺激(衝撃)を受けないと「老化」をはじめる。
どの臓器が上とか下ではなく、すべてが精妙な有機体としてネットワークを構成している。その不思議絶妙なメカニズムが、いっときも休むことなく働いてくれているから、70年も生きてきた。
おそれ入谷の鬼子母神。生命の神秘に感謝するしかありません。

二つ目に印象に残ったのは、腎臓が不調になったら、薬を休め。
イギリスのある病院では、全入院患者の腎臓の数値をモニタリングし、問題があれば直ちにあることを行なって数値を改善させる。あることとは、いったん薬をやめることだ。
なるほど。カモカのおっちゃんが言う「薬飲むな」は、そういう意味だったか。
わたしは、ずいぶん前に読んだ田辺聖子のエッセイで、夫君である町医者・川野純夫(=カモカのおっちゃん)が、高齢化した自分の常連客たちに言ったという「走るな、体に負荷かけるな、薬飲むな」を、健康法の座右の銘としてきました。
今回、精密微妙な臓器である腎臓は、化学薬品からのダメージを受けやすく、それが多臓器不全の引き金になるという映像を見て、深く納得しました。
もちろん、薬はいっさい飲まないなどということではありません。必要な場面では、医師の処方にしたがって服用します。しかし、血圧の薬、尿酸値を下げる薬などを飲むというのはしない。食事と運動で改善できる範囲のことしかしない。
カモカのおっちゃん、あなたの言ってたことのホントの意味が、いま分かりました。

三つめは、骨の老化を防ぐには、骨に「衝撃」を与える必要があるということ。
走ったり力仕事をすると、骨が衝撃を受ける。骨は「ヤベッ」というので、せっせ補強工事をはじめる。そもそも骨は、経年劣化を防ぐために生涯工事中、2〜3年で、全部の骨(約200本)が入れ替わるのだという。衝撃を与えないと、ま、これくらいでいっかと手抜きする。人間社会とおんなじです。歩くだけでも効果があるというので、これからもせっせと散歩して、骨に衝撃を与えることにします。

独裁者(脳)の指令ではなく、全臓器の有機的なネットワークとして維持される人体。これは、人間が長い年月をかけて民主主義社会にたどりついたことと、よく似ているなあ。刺激(衝撃)がないとすぐ手抜き工事をはじめるところなんかもそっくりです。それなら、なんだかんだあっても「生理の深いところで人間は民主制を択ぶようにできている」と、安心していればいいか。

さすがNHK、これからもたのむよ

それにしても、これは知恵とカネがかかってると、素人にもわかる映像、取材です。
NHKの受信料をめぐってはいろいろ議論のあるところでしょうが、わたしは納得して払っています。20年くらい前から、民放のバラエティ番組、ドラマ、CMの音と映像がうるさくて、生理的に耐えられなくなってしまった。見るのはほぼNHK(含むBS)と囲碁将棋チャンネルだけです。これでカネを払わないのは変だと思うので、払っている。
今回のような番組を見ると「さすがNHK、これからもたのむよ!」といいたくなります。ほかにも、BSでいい番組たくさん作ってるしね。

人体=神秘のネットワークが、今日も働いてくれていることに、感謝の乾杯。
関連:NHKスペシャル「人体」http://www.nhk.or.jp/kenko/jintai/
2016年06月04日、<痛風3>薬に頼らず、玉ねぎを友としてhttp://boketen.seesaa.net/article/438582559.html
posted by 呆け天 at 10:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする