2017年10月12日

『文藝春秋』11月号、佐藤優「トランプの『北の核容認』に備えよ」

米朝チキンレースについて、初めて聞く説得力のある議論

北朝鮮・金正恩とアメリカ・トランプのチキンレースはどこに行きつくのか。雑誌・週刊誌はいまにも戦争が始まるとはやしたて、安倍は「朝鮮有事」を煽れば選挙で圧勝できるとふんで、疑惑隠しの解散総選挙に走った。
しかし、ほんとうのところはどうなるのか。
トランプは先制攻撃にふみきるのか。北朝鮮はどう反応するのか。

文藝春秋11月号の佐藤優「トランプの『北の核容認』に備えよ」は、初めて聞く説得力のある分析・推論でした。
偶発的に、誰も望まない形で戦端が開かれてしまう可能性はあるということを留保したうえで、佐藤は、トランプは先制攻撃に踏み切れない、と断言します。
第2次朝鮮戦争が勃発してしまえば、ソウルは二日で陥落しアメリカが北を制圧し終えるまでに200万人近い犠牲者がでると、米軍はシュミレーションしている。在韓日本人4万人、在韓米人20万人にも大きな犠牲がでるだろう。
いっぽう北朝鮮は、金王朝・首領様を守る=国体護持のためなら、どんな犠牲をもいとわないという国をつくりあげてしまっている。
多大な被害を厭わない国と、多大な被害を避けたい国が向きあえば、被害を避けたい国が譲歩するしかない。(これって、ヤクザと一般市民がケンカしたときと、構図が同じですね。いやはや。)
北は、トランプの登場を喜んでいる。オバマによる無視作戦がいちばんつらかった。「こっち向いて!」「金王朝には手をつけないと言って!」ということだけが北ののぞみであり、聞こえないふりをされると立つ瀬がない。ところがトランプはひっきりなしにツイッターで北に言及し、金正恩について「なかなかの切れ者」「かなりタフな相手」などといってくれた。
これをチャンスととらえ、交渉・取引のために、一気に核カード(核実験、ICBM発射訓練)を切った。
トランプは、アメリカにミサイルが飛んで来ないということにしか、関心はない。いま経済制裁を言い立てているのは、やれるところまでやったというアリバイ作りにすぎない。落としどころは「北の核兵器と中距離弾道ミサイルを事実上容認する代わりに、ICBMの開発だけを放棄もしくは凍結する」ということになるだろう。
これはパキスタン方式だ。アメリカはパキスタンの核保有を事実上容認している。パキスタンは中距離弾道ミサイルしかもっておらず、アメリカに危険は及ばないからだ。北が、ICBMさえ持たなければアメリカにとっての直接の脅威ではなくなるーそれで良い、というのがトランプの結論になる。
これは韓国と日本にとっては、常に北の核の脅威にさらされ続けるということになり、日本でも急速に核武装論がたかまるだろう。日本には2年以内に核兵器を開発する能力があるが、現状のNPT(核拡散防止条約)体制のもとでは作れない。ウラン・プルトニウムの供給がストップするからだ。非核3原則から、非核1.5原則に移行し、米軍の原子力潜水艦に日本の自衛官が乗船するといった「核の共同運用」が予測される。
そうした現実的対応をしながら、米朝国交正常化がはじまるのにあわせて日朝国交正常化を行い、韓国と共同して北への投資を行い、豊かな北朝鮮を招来させる。人々が豊かになれば、欲望が独裁を超えはじめる。日本が、国体護持(天皇の戦争犯罪を問わない)がはっきりしたら一夜にしてアメリカの友好国になったように、金王朝に「国体護持」を約束することで戦後日本と同じ道を歩ませることができる可能性はある…。

この中の、非核3原則から、1.5原則への移行という議論には、私は反対です。
エマニュエル・トッドなども、日本が核武装すれば東アジアは安定すると言ってますが、反核・反原発信者である私には、聞く耳はありません。ことしのノーベル平和賞に選ばれた「ICAN」=「核兵器廃絶国際キャンペーン」は、日本政府が核兵器の開発や保有などを禁止する核兵器禁止条約に参加しないのは、70年にわたって核廃絶を訴えてきた被爆者に対する裏切りだと批判しています。わたしもまったく同意見です。
その点をのぞけば、佐藤優の分析・推論は、米朝チキンレースについて、唯一まともなものではないかと感じました。
北朝鮮への怒りや侮蔑の感情は、理性をにぶらせるだけです。「そういうもの」として存在してしまっているカルト国家を、暴発させず、北の国民自身が「欲望」の力で呪縛から醒める日をうながしていく。これが大人の議論というものでしょう。

とりあえず、日本に立憲民主の旗をたてるところから

北朝鮮との緊張が、森友問題(国有地無償払い下げ)も、加計問題(恣意的な法運用)もチャラにしてくれるという、国政の私物化が、今回の国会審議ゼロの解散総選挙です。北の脅威を煽りながら選挙をやってるバカさ加減は、世界中の笑いものになっていることでしょう。
せめて、立憲民主党がある程度まとまった議席を獲得し、アジアや世界に発信できる言葉をもった政党になっていくのを、期待するしかありません。どんなに情けなくとも、これが日本の政治の現実ですから。

佐藤優の、米朝チキンレースについての明晰な分析に、乾杯。
文藝春秋 2017年 11 月号 [雑誌] -
文藝春秋 2017年 11 月号、880円(税込)
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2017年10月02日

無惨なり民進党の狂い舞い(呆け天)

老老居酒屋談義は、果てしもなく

それにしてもなあ。一夜にして解党して、小池百合子の前に整列して、選別してもらうとはなあ。
ネコがまたたびに酔って、狂ったように踊るさまにはまだなにがしかの愛嬌があるが、民進党の狂い舞いは、ただただ醜い。小池は「安保法制と改憲が踏み絵」と宣言している。つい先年、国会前のデモの熱気におされて、安保法制に反対し、立憲主義の理念を語った民進党の国会議員たちは、この踏み絵を踏むのか。人として、恥という感情はないのか。
これで希望の党なる「小池私党」がかなりの議席を占めたとしたら、日本会議所属の極右が頭目の政党が二つできて、与党・野党を名乗ることになる。世界中さがしたってそんな狂った政治の風景はない。

などとぼやきながら、所用でお会いした10歳年上の先輩(在野の歴史学者、中国・アジア史)と、居酒屋に流れて老老談義がはじまった。
先輩はわたしのボヤキは肯定しつつも、政治の世界には「ひょうたんからコマ」ということがあると説く。
「小池百合子には政治理念なんてないよ。日本新党からはじまった政治遍歴は、ただ出世欲・権勢欲に貫かれているだけ。そのときウケそうなことをいうのがポピュリストなんだから。都政で都議会自民党が窮地にたったように、国政で自民党が窮地にたつ可能性があるのは結構なこと。とりあえず安倍退陣となれば、政治がどう転んでいくかはわからない。ひょうたんからコマがでるということだってあるかも知れない」
「それはいくらなんでも楽観的すぎませんか。小池はまっさきに維新と候補者調整してる。つまり、自民党より右の結集軸を作る。そして自民党に高く売りつけるというのが、彼らの考えてることでしょ。」
「もし希望の党が小泉や細川と連携して脱原発をかかげたらおもしろいよ、小泉・細川は小池のむかしのボスだからね。」
「小池は核武装論者でしょ。脱原発なはずがない。むしろ、安倍のオカブを奪う目論見で自前の核武装論なんか言いだしやしないかと心配なくらいです。」
「いやいや、うけるためならなんだっていう可能性はある。」…

ソ連邦の崩壊が、日本では社会党の解体と直結した。いま見ているのは、その無惨な結末だ。
「日本では社会党の解体がこんな惨めなありさまをうんでいる。どうしてヨーロッパではソ連が崩壊しても、イギリス労働党、フランス社会党、ドイツ社会民主党といった政党が解体しなかったんですかね」
「彼らは第2インターナショナルであり、レーニンの第3インターナショナルやその延長にあるスターリン主義とは相いれなかったからね。ヨーロッパではソ連崩壊と一緒に崩壊したのは各国の共産党です。社会民主主義政党は、むしろ社会主義をめぐる議論で正しかったのは自分たちのほうだったと主張している。」
「フーム、日本では社会民主主義政党のはずの社会党が崩壊して、スターリン主義の党だった共産党が生き延びている。それはなぜですか。」
「日本の社会党を支えた背骨は向坂派協会だからね。彼らはソ連共産党の無批判的な追随者だもの。ソ連崩壊と一緒に崩壊したのは必然です。」
「共産党こそスターリン主義の権化のような党だったではないですか。彼らはなぜ生きのびることができたのですか。」
「ま、最初に社会党・向坂派協会とのソ連出先機関争いで負けて脱ソ連・親中国路線をとり、次に毛沢東の干渉をきらって自主独立の党を名乗ったのが、いまになってみると幸いしたということかもしれんね。」
「すると日本では、社会民主主義政党の役割りを共産党が担うわけですか。」
「どうだろうね。それはたぶん無理じゃないかな。レーニン主義・スターリン主義の誤りの核心は民主集中制で、共産党は今もそれだけは絶対に手放さない。その点では、中国共産党の党組織論とまったく同じさ。もし共産党が、民主集中制は間違いでした、分派も派閥もOK、これまで党内の異論を『反党分子』『スパイ』などと断罪してきた過去を謝罪します、なんていったら、面白いけどね。まずそれはありえない。」
「日本では、健全な保守と健全な社会民主主義が議論し合うといった政治は望むべくもない、ということなんですかね。」
「なにも欧米型の構図を健全と思わなくともいいだろ。欧米型の二大政党制そのものが金属疲労をおこしていることは、トランプの出現や、EC各国の右翼の台頭にはっきりあらわれている。政治には理想は求めない方がいい。戦争をやりたがっている安倍・麻生といった馬鹿どもよりは少しましな政府を、というあたりをめざすしかないんじゃないの。」…

安保法制反対や反原発など、安倍政治に対抗する国民的なレベルのうねりはあるはずなのに、どうしてそれがまとまった政治勢力になりえていないのか。
「安全保障、エネルギー政策、社会保障といった政策で一致して、あとはゆるやかに連携している。そんな小さな政党の連立政治のスタイルはありえないんですかね。」
「どんな政策にするの。」
「@憲法を改正して在日米軍に退去してもらう。自衛隊の役割りを憲法に明記し、同時に、外国軍隊の駐留はこれを認めないと明記する。
A脱原発。自然エネルギーへの転換。
Bベーシックインカム(基礎所得保障)の導入。国民すべてに年額150万円を支給し、現行社会保障(生活保護、年金等)は廃止する。
ふだんはローカルな課題で政治・政党活動をしているひとたちが、国政レベルではこの三つを共有して連合するというイメージです。」
「なんだかいきなり無茶をいうね。@は、いま憲法改悪阻止でまとまっている勢力に水をさすことになるんじゃないの。」
「いや、左派の側からの憲法改正論議が、いまこそ必要なんですよ。でなければ、沖縄の基地負担の軽減は永久にできない。いまの憲法の、国民主権、個人の尊重、基本的人権などの条項はぜんぶ生かして、自衛隊の明記、外国軍隊駐留の不可を書きこむ。現憲法を後生大事にあがめている思考停止こそ、いまの左派の退潮をうんだのではないですか。ま、これは、まんま矢部宏宏治(『日本はなぜ基地と原発を止められないのか』)の受け売りですけど。」
「たしかに、五日市憲法草案のような庶民レベルからの憲法論議は必要だね。」
「どこかで、そういう動きはありませんかね。迂遠なようでも、そこから始めないかぎり、自前の民主主義は育たないと思うんです。」…

酒は果てしなくすすみ、議論にも果てしがありません。
民進党の崩壊をむしろ奇貨として、リベラル派があちゃこちゃから名乗りをあげて、自分が生活しているその地域で当選する。そんな風景が見たいなあ。

憲法に「外国軍隊駐留不可」が書きこまれ、ベーシックインカム導入で「貧困」が解決される未来に、乾杯。

関連:2015年03月06日、矢部宏治『日本はなぜ…』http://boketen.seesaa.net/article/415124807.html
2016年03月23日、色川大吉編著『五日市憲法草案…』http://boketen.seesaa.net/article/435495692.html

追記:枝野幸男民進党代表代行が「立憲民主党」を立ち上げるという。安保法制反対、脱原発を主張していた議員たちはこの党に結集して、意地をみせてほしいものです。武蔵野市の市長選挙では、反自民野党連合がダブルスコアで勝った。松下玲子34166票、高野恒一郎17933票。反自民感情がかくも高まっているときに、民進党を最悪の形で解党させた連中の罪は重い。(10月2日夜)
posted by 三鷹天狗 at 09:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月26日

「少女の夢 湯にきらめく」ーNHK小さな旅・9月24日

さながら、短篇映画の佳品を見るような映像

日曜日の朝は、NHK「さわやか自然百景」の美しい映像と音楽。続けて「小さな旅」が流れている。
見るともなく見ながら、途中で「これどこの町なの」などと旅先を確認したりする。ふたつの番組とも、じつに丁寧なつくりで、「ながら見」などという失礼な態度では申し訳ないくらいのものだ。休日にふさわしく、こころが自然におだやかになってくる番組です。
9月24日(日)の朝も、なんだかどこかの温泉のようだな、などとぼんやり斜め見していましたが、途中から画面に釘付け状態になりました。レポーターの山本哲也アナウンサーが入った食堂で、小さな少女が注文をとりにくる。店を手伝っている小学2年生・松本葵ちゃんだ。両親がやっている店を、忙しい時に自然に手伝うようになったという。
1000年以上の歴史をもつ城崎温泉(兵庫県)が、旅館、土産物屋、遊技場、外湯(立ち寄り湯)などの「共存共栄」で栄えているさまを、手際よく伝えながら、番組はこの少女にフォーカスしていく。
2歳年下の妹をつれて夜の温泉町のにぎわいを楽しむ少女。1学年30人という同級生たちとの交歓。温泉町の全体がこの少女を包み、見守っている。少女もまた温泉町のにぎわいを構成するかけがえのない一員であり、この町の未来でもある。
やがて妹も店の手伝いにでて、客に水を出したところまでは良かったのだが、厨房に戻るところでスッテンコロリンとみごとに転んでしまう。母親にしがみついて大泣きする妹にかわり、笑顔で接客をつとめ、妹になにか甘いものをあげてなだめる葵ちゃん。いやはや、ここで70老人の目にはじんわりと涙が浮かびました。
さながら、よくできた短編映画を見ているようです。天使のように、という形容がしたくなる少女と妹の姿。日々の商いに精をだしながら、町を存続・発展させるために労を惜しまない親たち。城崎温泉にひきつけられ、ひとときの休暇を楽しむ温泉客。そのすべてが醸し出すハーモニーに、酔いました。

そういえば、豊岡市・城崎は持続可能な町のモデルだった

見終わったあとに思い出したのですが、平田オリザ『下り坂をそろそろと下る』(2016年)で、城崎国際アートセンターの活動が「持続可能な地方都市モデル」としてとりあげられていました。無用の長物になりはてていたコンベンションセンター(1000人収容)の再利用アイデアを探るうちに、平田オリザと出会い、世界からアーティストを呼んで長期滞在型芸術活動をしてもらうことになった。これがあたり、たくさんのアーティストが城崎にやってきて、さながら国際芸術都市のようになってきている。これと、伝統の城崎温泉がコラボすることでいっそうのにぎわいが…というようなお話しでした。
今回の映像では、そのことはみじんもでてきません。ただひたすら少女・松本葵の魅力でひっぱっています。
城崎か、遠いなあ。行けるときがあるだろうか。

城崎の温泉町で天使のように輝いている少女の映像に、乾杯。
「城崎温泉 写真」の画像検索結果
写真はWebサイトより
「少女の夢 湯にきらめく」ーNHK小さな旅・9月24日(日)8:00〜8:30。
関連:2016年08月23日、平田オリザ『下り坂をそろそろと下る』http://boketen.seesaa.net/article/441261436.html
posted by 三鷹天狗 at 08:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする