2017年06月27日

「第57回三鷹 自分の死を考える集い」に参加

「食べないから死ぬ」のではない。「死ぬ時がきたから食べない」のだ。

6月25日(日)に、三鷹市市民協働センターで開かれた「第57回三鷹自分の死を考える集い」に参加しました。
これは『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(幻冬舎新書、2012年)を書いた中村仁一医師の考えに賛同した、醤野良子さんという三鷹在住の看護士の方が開いている会です。2ヶ月に一度くらいのペースで開催されているようですが、私は初めて参加しました。
当日は、中村医師の講演「超高齢化社会での逝き方を考える」DVD上映(約70分)がメイン、参加者は40人ほどでした。講演内容は『大往生したけりゃ…』に書いてあることですが、話しがうまくておもしろい。三鷹会場でもなんども笑いがおきました。

今回の講演DVD上映で、強く印象に残った中村語録いくつか。
1、気持ちに体を従わせるな。体に気持ちを従わせる
齢をとったら、老化してヨレてくるのはあたりまえ。「老いに負けない」などという気持に、体を従わさせようとしてはならない。老いて衰えてきた体に、気持ちを従わさせなさい。
2、人間ドック・健診の賞味期限は、当日限り
人間ドックや健康診断を受けるのはまったくのムダ。自覚症状もない病気を見つけられるだけ。「半年前の健診で大丈夫だったのに…」という嘆きをよく聞くが、人間ドック・健診の賞味期限・有効期間は当日限りです。数ヶ月にいっぺん、ビクビクしながら健診をうけるのは、人生のムダ遣い。
3、「食べないから死ぬ」のではない。「死ぬ時がきたから食べない」のだ。
自分の老人ホームで、何百例も自然死を看取ってきた。じつにおだやかで幸せな死です。食物をとりたくなくなり(1〜2ヶ月前から)、そのうち水分もとりたくなくなり(約2週間前から)、気持ちよさそうに死んでいく。痛みなど、なにもない。それが本来の人間の死です。
介護現場では「食べないと死ぬ」という強迫観念にとりつかれた介護士が、むりやり口をこじあけて流動食や水を流し込む。これは拷問です。人生の最後になんでそんなむごい目にあわされるか。
「死ぬ時がきたから食べない」というのが、動物としての人間の自然な姿なのだ。
4、死ぬときくらい、静かに
死ぬまぎわに家族が枕元で叫んだりするのは、気持ちよく眠りにつこうとするときに大声で起こされるようなもの。そんなばかなことはやめよ。死ぬ時くらい静かに眠らせてやれ。
医療虐待、介護虐待、死ぬ間際の大さわぎといったことからまぬがれるには、孤独死がいちばん。彼らはきっと幸せに死んだにちがいない。

笑いを混じえて語られるこれらの言葉の説得力は、すばらしいものでした。話しのじょうずなお坊さんの説法に似ています。

医療虐待、介護虐待にあわないための準備をしておこう

中村医師の言ってることはとてもシンプルです。
生殖期が終わった人間はいつ死んでもいい。老化を病気と言いかえるな。ボケを「認知症」と言いかえるな。ガンは細胞の老化だから、これを食い止めようとするな。老いたらガンがいちばんいい死に方。めざそう自然死。枯れ木のようになって死のう…。
わたし、ぜんぶ賛成です。
唯一賛成できないのが、生前に棺をつくって入ってみようという提案。これは名著『笑うカイチュウ』(1994年)で藤田紘一郎医師が「体内にいっぴきサナダムシを飼おう」という提案しているのに賛成できないのと同じです。なにからなにまで「先生のいうとおり」と思う必要はない。
著作では、医療虐待、介護虐待という理不尽なめにあわないためには、本人がしっかりとその意志を文章にしておく必要があること、その書き方なども示されています。いやはや、人間、なかなか楽には死なせてもらえないもんですね。
当日、会場で『大往生したけりゃ…【介護編】』が発売されていたので購入しました。これからも、くりかえし中村医師の著作を読んで、死ぬ心構えをします。

「三鷹 自分の死を考える集い」の、持続する活動に敬意を表して、乾杯。
自分の死に方.jpg 大往生したけりゃ医療とかかわるな (幻冬舎新書) -  大往生したけりゃ医療とかかわるな【介護編】 2025年問題の解決をめざして (幻冬舎新書) -
「第57回三鷹自分の死を考える集い」6月25日(日)14:00〜16:00、三鷹市市民協働センター
中村仁一『大往生したけりゃ医療とかかわるな』幻冬舎新書、2012年、760円+税。
中村仁一『大往生したけりゃ医療とかかわるな【介護編】』幻冬舎新書、2017年、840円+税。
関連:2015年02月26日、特定健診で、超早口女医にタジタジhttp://boketen.seesaa.net/article/414699000.html
posted by 三鷹天狗 at 08:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月25日

共謀罪やがて川柳とりしまる (呆け天)

新葉館Web川柳で「秀作」入選。うれしいなあ。

安倍ブラック政府に対抗する言論のひとつに、川柳世界があります。
持ち駒は嘘(うそ)と強弁 安倍将棋(6月24日、神奈川、門口泰宣)
こういう句が、毎日載っているのだから、権力者にとってはめざわりなことです。わたしが見ているのは朝日川柳ですが、まさか読売や産経の川柳欄では安倍をたたえる川柳が載ってるということはないはず(確かめてはいませんが)。川柳の本質は批評性であり、時の権力におもねった川柳というものは、そもそもあり得ない。
いまのところ実現しそうにありませんが、もし日本で北欧の社会民主主義政権のようなものができれば、川柳子はてぐすねひいて批評し、茶化し、笑いのめすでしょう。そういう文芸です。
これまでは朝日川柳をみて「うまいなあ」と感心するだけでしたが、安倍ブラック政府のあんまりひどいやりくちに、呆け天のこころの中にも、ポロリポロリと川柳がこぼれおちはじめました。
<4月にできた句>
森友のメル友すばやくばっくれる
かご池や昭恵逃げ出す水の音
金正恩その髪型はバカっぽい
<5月にできた句>
共謀罪やがて川柳とりしまる
米朝がおっかない芸ふりまわす
忖度で不可能すべて可能にし

できたものが「川柳」になっているか、たしかめたくて新葉館Web川柳に投稿しました。
このサイトは、月刊「川柳マガジン」を発行している新葉館出版が開設しています。時事、題詠、ユーモアの3部門に誰でも応募できます。部門ごとに、特選3句、秀作10句、佳作40句前後が選者によって採られます。
そうしたら、4月の3句のうち<かご池や昭恵逃げ出す水の音>を佳作にとっていただきました。他にユーモア部門にだした「ふと立ってなぜ立ったかを沈思する」も佳作に。
さらに、5月の3句は、第1句目の<共謀罪やがて川柳とりしまる>が秀作に、他の2句が佳作に採られました。
とってもうれしい。

川柳という文芸、その楽しさ、そのすごみに内側から触れてみる

川柳は昔から好きです。<役人の子はにぎにぎをよく覚え><居候三杯目にはそっと出し>などの句は、べつに川柳という意識もなく、少年時代になんとなく覚えていました。周囲の大人(先生とか親とか)が口にしたものを聞き覚えたんでしょう。
田辺聖子『川柳でんでん太鼓』(講談社文庫)、佐藤愛子『古川柳ひとりよがり』 (集英社文庫)、山藤章二『人の噂も五七五 』(文藝春秋)など、川柳についてのすばらしい本にも感化されてきました。川柳作家では、時実新子が阪神淡路大震災のとき詠んだ<天焦がす天は罪なき人好む>という週刊朝日に掲載された1句など、今も脳裏を離れない。
しかし、小説であれ俳句・川柳であれ、読んで楽しむものであって、自分で創るものではないとずっと思ってきました。
今回、新葉館Webサイトに投句して、おもいがけなく「入選」となり、そうか、気楽につくればいいのかと考えが変わりました。もちろん今回の入選は「ビギナーズラック」まぐれ当たりです。継続して入選できるようになるには、何ヶ月も何年もつくり続ける必要があります。できるのか?という疑いもありますが、しばらくのあいだ、川柳創作を趣味の一つにくわえ、その楽しさ、そのすごみに、内側・創る側からも触れてみることにします。

新葉館川柳Webサイト「秀作」入選に、乾杯。
川柳でんでん太鼓 (講談社文庫) -  古川柳ひとりよがり (集英社文庫) -  人の噂も五七五 (1984年) -
関連:新葉館Webサイトhttps://shinyokan.jp/navi/kukai/
2014年09月22日、川柳おそるべしhttp://boketen.seesaa.net/article/405816634.html
2016年09月24日、20代限定のサラリーマン川柳http://boketen.seesaa.net/article/442206354.html
posted by 三鷹天狗 at 08:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月15日

共謀罪が、参議院で強行可決された朝に

悪法が社会をしめあげていく姿をみることになるのか

6月15日の朝、ニュースは「共謀罪」=現代の治安維持法が参議院で強行可決される様子を映し出している。委員会審議を打ち切り、いきなり本会議採択という「奇策」までくりだして徹夜審議、むりやり採決に及んだ。
ここまでする執念というのは、ある意味すごい。
安倍政権のうちに、やれることはみなやるという、日本会議の戦前回帰ゾンビたち、官僚支配の中枢にいる者たちの強烈な悪意が、日本の国と社会をしびれさせつつあります。
公明党は、母体である創価学会の創立者牧口常三郎が、治安維持法違反と不敬罪容疑で検挙・投獄され、獄中死した(1944年)歴史さえ忘れて、共謀罪成立にひた走った。たぶん、戦前の治安維持法が共産党を取り締まるための法であったことのほうが、創立者の獄死よりたいせつなんでしょうね。「戦前回帰というよりは、リベラル憎しの感情」が日本会議のエネルギーという菅野完の指摘が思いおこされます。

共謀罪についてのさまざまな考察や意見のなかで、呆け天がもっとも鋭いと感じたのは、「現代ビジネス」の小笠原みどりの警告です。(2017年2月13日「共謀罪の狙いはテロ対策ではない! スノーデンの警告に耳を傾けよ 合法化される政府の国民監視 」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50957
米国防総省の国家安全保障局(NSA)の契約職員だったエドワード・スノーデンが告発した、NASによる全世界の監視という実体は衝撃だった。「スノーデンの警告」とは、NASと同じように、日本の政府・警察が国民のコミュニケーションすべてを監視する技術はすでにありますよ、それを合法化させるのはまずいですよ、ということです。
小笠原は「共謀罪の核心は、人々の日常のコミュニケーションが犯罪化される、という点にある。合意すること、相談すること、言葉に出すことで犯罪が成立するのだから、警察は私たちのコミュニケーションそのものを捜査対象とすることになる」と述べています。おぞましい国民監視社会が、この悪法からはじまります。
携帯電話、インターネットなどの通信をすべて監視する。そんなことできっこないでしょ、と素人が思うことが、すでに可能になっている。問題はそれを合法とするか否かです。
国連のプライバシー権に関する特別報告者ジョセフ・ケナタッチが「プライバシーを守る適当な措置を取らないまま、法案を通過させる」ことに強い懸念を表明し、安倍政権は打ち消しにおおわらわでした。
これからしばらくのあいだ、悪法が社会をしめあげていく姿を、ありありと見ることになる。日本社会には、自力でこの暴走に歯止めをかける力があるはずと信ずるしかない。

共謀罪と辺野古反基地闘争。山城博治のことばが重い。

今日6月15日、山城博治・沖縄平和運動センター議長は、スイス・ジュネーブで開かれている国連の人権理事会で演説する(6月14日付沖縄タイムス)。
さまざまな集会での発言やインタビューで、自身にかけられた「拘留5ヶ月」という弾圧は、共謀罪の先取りだと告発している。検察は、取り調べでしつように「誰と共謀したか」を問い続けたという。「特定の団体だけではなく、ゲート前で抗議している人々全員を共謀した組織集団としてくくるということだ。辺野古で起きていることが共謀罪の実態だ」という山城の指摘は、重い。
治安維持法下の日本では、「予防拘禁」があたりまえのことだった。山城への5ヶ月の拘留は、予防拘禁でもある。かくも急いで「共謀罪」を成立させたその牙は、まずは沖縄に向かっている。

戦前回帰のゾンビたちと国民監視願望の官僚たちに、多摩の片隅から70老のブーイングを。
国連人権理事会での、山城博治の奮闘に乾杯を。
共謀罪1.jpg2017.6.15朝日新聞朝刊
関連:2017年05月27日、「共謀罪」が衆議院を通過http://boketen.seesaa.net/article/450266619.html
2017年04月08日、共謀罪に反対する日本ペンクラブ…http://boketen.seesaa.net/article/448827422.html
posted by 三鷹天狗 at 12:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする