2017年08月04日

滝口悠生『愛と人生』

『寅次郎物語』の「秀吉」が、美保純と伊豆下田を旅する

不思議な小説を読みました。
寅さんシリーズ第39作『男はつらいよ 寅次郎物語』(1987年)に、寅さんのテキヤ仲間「般若の政」の子どもとして出てくる「佐藤秀吉」が、大人になって伊豆下田を旅している。旅の同伴者は、50代になっている美保純です。
二人がなぜ一緒に旅をしているのかは不明ですが、お互いに「寅さん映画の共演者」というリアルは共有している。ただし、秀吉はあくまでも映画の登場人物、実在しない虚構の人間のままです。秀吉を演じた伊藤祐一郎という子役の名前は、いちどもでてこない。
いっぽう美保純は、タコ社長のむすめ「あけみ」そのままの設定を美保純として生きている。あけみのセリフや演技、寅さんや秀吉とのやりとりはすべて美保純として行われる。あけみはいちどもでてこない。
なんだか煮えきらない30代後半のオトナになっている秀吉は、年代的にもたぶん作者・滝口悠生の投影です。
映画や寅さんについてグダグダと語る秀吉に、美保純は「あんたさっきから当たり前のことばっかし難しく言い連ねてなんなのよ」と悪態をつきます。悪態をつきながらも野天風呂の中で立ち上がり、秀吉(=滝口)に相変わらず魅力的な背中とおしりを見せるというサービスはしてくれます。
秀吉が美保純に問われるままに、寅さんと一緒に母をさがした旅の思い出話しをしている。旅のとちゅうで化粧品の巡回セールスで生きている秋吉久美子と知り合いになる。秀吉の看病が縁で急接近した寅さんと秋吉がたわむれに「とうさん」「かあさん」とよびあう。
その思い出話を聞いている美保純が「どうかと思っちゃうわね、その女」と妬(や)く。
なんとも、しっかりと美保純と秀吉の会話になっています。

このあと小説は、宿の仲居(実は女将)が語る波乱万丈の思い出話に脱線したり、「豆相(ずそう)人車鉄道」という人力でトロッコをおして観光客を運んだ歴史の遺物に美保純と秀吉が乗ったり、トロッコをおす男の背中から般若の入れ墨が浮かびあがってくるというように、果てしなく虚構・幻夢に迷い込んでいきます。

ま、あれでしょうね。虚構とリアルの相互浸透、といったようなことを文学実験してるんでしょうね。
寅さんという映画(虚構)が、現実の葛飾・柴又に万来の客をよび繁栄している。
渥美清の演じる寅さんがリアルな影響を観客の実人生に与え、それがまた渥美清にはねかえる。
美保純は「あけみ」という役名ではなく、美保純として野天風呂に立って後ろ姿を見せている。それはいまも秀吉(=滝口)の性的な渇望の対象である…というようなことではないかと推察します。

きっと寅さんがあの世でテキヤ仲間に自慢していることでしょう

どうして、こういう文学実験が必要なのか、呆け天の理解のおよぶところではありません。しかし、この作品で滝口は野間新人文芸賞を受賞、次の年には『死んでいない者』で第154回芥川賞(2016年)を受賞しました。
寅さんファンとしては、寅の墓前に捧げられたたくさんの追悼作品のひとつに、純文学という変わり種が加わったことをすなおに喜ぶことにします。
寅さんはあの世で「どうだいポンシュウ、芥川賞をとるような小説家が、オレをネタに小説書いたらしいぜ」と鼻高々でしょうね。

芥川賞作家の、寅さんへのオマージュ(賛辞)に、乾杯。
愛と人生 -
滝口悠生『愛と人生』講談社、2015年、1700円+税。
関連:2017年07月27日、「呪いかけましたよ。…」http://boketen.seesaa.net/article/452155432.html
2016年08月31日、村田沙耶香『コンビニ人間』http://boketen.seesaa.net/article/441495744.html

posted by 三鷹天狗 at 08:45| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: