2017年07月31日

関川夏央『人間晩年図巻 1990-94年』『人間晩年図巻 1995-99年』

これぞ関川の代表作。個人の晩年をえがいて、現代史の一面をくっきりと浮かびあがらせる。

あとがきに、ことの発端は山田風太郎の『人間臨終図鑑』の続編が必要と感じたことにあると記しています。山田が1980年代なかばで筆をおいた、その後に死んだ人は「書かれずに気の毒ではないか」と思ったという。
全2冊、約600ページを費やして、1990〜99年の10年間に亡くなった著名人や事件・事故の当事者72人の晩年を描く。ひとりひとりが、流れ星のように生きて消えた、その光に照らされてこんな光景がみえるんじゃない、と提示する。現代史の一面がくっきりと浮かびあがります。
その語り口が、週刊誌風のゴシップ、評論家風のうんちく、自前の保守的な歴史観、さまざまなテクニックを駆使して飽きさせない。みごとな芸で、これこそ関川夏央の代表作になる仕事と思いました。

呆け天の年代だと、まずくるのが懐かしさの感情です。
一人目が栃錦清隆(1990年没)「渋好みのコドモが愛した横綱」です。
「当時は相撲ブームで、コドモたちはたいてい『土俵の鬼』若乃花に肩入れした。東京の下町の子と、コドモのくせに玄人好みは栃錦をひいきにした。」
そのとおり、なんであれほど相撲と若乃花が好きだったんですかね。ラジオで実況中継を聞いていたし、テレビが入ってきてからはさらに拍車がかかった。栃錦が春日野親方となって両国国技館を無借金で建てた、理事長を二子山(若乃花)に禅譲したなんて話し、なんど聞いても飽きることがない。ああ、懐かしい。
二人目が成田三樹夫(90年没)「自由律俳句好きの悪役」。憎たらしい悪役だった。一転して『柳生一族の陰謀』でみせた白塗りの公家かつ剣の達人という、意表をつく役柄。不気味な顔で、スラリと剣を抜いて千葉真一の柳生十兵衛と対峙した場面をいまでも思いだします。「ただものではない役者」という評判が一気にたかまりました。
成田は文学好きで、自由律の俳句を作った。「六千万年海は清いか鯨ども」すごい句ですね。
寺田ヒロオ(92年没)「『真実一路』のマンガ家、その長い晩年」。絵が明るくて、描線がきれいで、「背番号ゼロ」とか「もうれつセンセイ」とか好きだったなあ。トキワ荘でテラさんと呼ばれ、兄貴格として尊敬された。関川は、内田樹が合気道道場「凱風館」を建てたと聞いたとき「反射的に連想したのは半世紀前のマンガ『もうれつ先生』であった」と書く。なるほどなあ。こういう関川の感想が入ることで、追憶は一気に現在とつながる。

一人として「なんでこの人がでてくるの」という人はいない。本書で初めて名前を知った人もいますが、ああそういえばそういう事件があったなと思い出せることがらの当事者です。
たとえば中村曜子(1992年没)「『松本清張的世界』最後の登場人物」。名前を知りませんでしたが、あの「月光荘事件」の当事者・美人画商・詐欺事件被告といわれれば、当時の週刊誌の見出しなど思いだされます。なんと、この人があの中村紘子(ピアニスト)の母だったのか。
でてくる人、事件、そのすべてが自分が生きてきた時代そのものです。懐かしさ、薄れていた記憶の補修、自分の思い込みとは違った角度からの光のあてかた。じつにみごとな仕事です。

もうひとつ印象に残るのが、日中韓・東アジアを見ている関川の目の、確かさです。
江青(91年没)「悪いのはやっぱり毛沢東」、金日成(94年没)「どうする?銅像と肖像画は」、テレサ・テン(95年没)「昼はケ小平が語り、夜はケ麗君が歌う」、金丸信(96年没)「晩節ほど大事なものはない」、ケ小平(97年没)「不倒翁倒了」、ポル・ポト(98年没)「何が悪かった?」、寺尾五郎(99年没)「ものごとは見たいように見える」。
以上7人が、日中韓・東アジアに関連する人たちです。
金丸信は晩年に北朝鮮を訪問(90年)して、金日成の術中にはまって赤恥をかいた政治家として登場します。
全72人のトリをつとめるのは、世間の人は聞いたこともないような左翼学者・寺尾五郎です。寺尾は1959(昭和34)年に『38度線の北』を書いて、在日コリアンの北朝鮮への「帰国運動」を扇動する決定的な役割を果たした。もちろん、9万人にも達する北朝鮮への送還の、すべての責任が寺尾にあるわけではない。
映画『キューポラのある町』のラストシーンにあらわされているように、当時の日本の世論が北朝鮮=貧しいが理想社会の建設を目ざしている国という、とんでもない錯誤のなかにあった。美濃部亮吉東京都知事は1972年の訪朝時に金日成に面と向かって「社会主義の勝ち」とおべんちゃらを言った。岡本愛彦(TVディレクター)は74年の著書で「一つの国そのものが芸術の具現である国家」とまで、北朝鮮をたたえた。こういう文章を掘り起こされれば、穴があったら入りたい政治家・作家・ジャーナリストはたくさんいることでしょう。
関川は『ソウルの練習問題』(84年)で左がかったフィルターをかけて日韓関係を論じることの愚を指摘し、『退屈な迷宮』(92年)で北朝鮮は共産主義とはなんの関係もない、金一族の支配するカルト国家にすぎないことを明らかにした。
関川の指摘は、その後96年に拉致問題が明るみにだされることで実証される。ソ連邦の崩壊(91年)と拉致問題は、日本における左翼陣営の総崩れをひきおこし、いまも立ち直れていない。
関川が、この大冊・労作の、最後のひとりを寺尾五郎としたことに、日中韓現代史を見る目についての強い自負と、左派論壇への強烈な皮肉・あてこすりを感じます。

1990年代というのは、とんでもなく大きな転換点だった。

90年代は、ソ連邦の崩壊とバブル崩壊(ともに91年)があり、阪神淡路大震災とオーム真理教の地下鉄サリン事件(ともに95年)があった。戦後的なものが根本から崩れ去ったが、次の時代は見えない時代だった(今も見えないが)。
左がかったものの見かた・感覚で生きてきた呆け天など、茫然自失の10年だったというしかない。関川の仕事にうながされて、笑いもあるし悔いもある、実感的な現代史を追体験させられました。
73人をジャンルでみると映画・演劇など芸能分野が28人と圧倒的に多い。映画スターやコメディアンのエピソードが放つ「時代の共有」感はやはりすごい。政治家と作家が10人ずつ、以下スポーツ7人、将棋3人、漫画家3人、その他事件・事故の当事者や冒険家など。人選は関川の「記憶と好み」によると、あとがきにあります。
だれについても、称えず、貶めず、時代の中に放った光芒をさらりと書き留める。練達の芸に感服しました。続編(2000-2009年に亡くなった人たち)を期待します。

1990年代に、過ぎ去った時代と人々に、献杯。
人間晩年図巻 1990-94年 -  人間晩年図巻 1995-99年 -
関川夏央『人間晩年図巻 1990-94年』『人間晩年図巻 1995-99年』岩波書店、2016年、1巻1800円+税、2巻1900円+税。
関連:2013年06月16日、関川夏央「やむを得ず早起き」http://boketen.seesaa.net/article/366532094.html
posted by 三鷹天狗 at 10:42| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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