2017年06月17日

津村節子『果てなき便り』『時の名残り』

津村節子が回想する吉村昭との50年

岩波書店のPR誌『図書』と、新潮社のPR誌『波』の2誌に、並行して津村節子のエッセイが掲載され、ともに同じ2016(平成28)年3月に完結した。
『図書』掲載の「果てなき便り」は、吉村昭と津村節子の100通を超える手紙のやりとりを、年代順に引用しながら、夫妻の約50年を回想・解説していく。
『波』掲載の「時の名残り」は、津村の日々の暮らしや回想のエッセイだが、当然のことながら吉村昭との思い出がくりかえしたちあらわれる。
吉村昭ファンにとっては、吉村の著作に親しんできた数十年が、なつかしくおもいおこされます。

『果てなき便り』で驚かされるのは、夫妻がともにお互いからの手紙を一通残らず保管していたという、その事実です。
まだ学習院大(吉村は4年制、津村は短大)の文芸部だったころの手紙のやりとりにはじまり、吉村最後の手紙(遺書、家訓)に到るまで、すべてが津村節子の手元にある。
「文学はつきつめた戦ひです。孤独に徹した仕事です。(中略)あゝ、よく生きてやがる!」
若き日の吉村の手紙は、生涯にわたって変わることのなかった創作への情熱をあますところなく語っています。
「あの中ではやはり貴方が小説家だと思ひます。ほかの人達は貴方より十年も早く生れて経験も豊富です(中略)が、ヒラメキと云ったものが無いのです。」
まだ学生の身でありながら社会人たちがやっている同人誌にともに顔をだし、合評会にでたあとに津村が吉村に送った手紙です。
吉村の臨終のときに「あなたは世界最高の作家」と叫んだという津村は、すでに学生時代に「貴方(だけ)が小説家」と言い切っている。

「貴女と共に過すことができたことは、僕の最大の幸福です。生きてきた甲斐があった、生まれてきた甲斐があったと思います。(中略)僕が気難しいと貴女は言いますが、両親に早く死別し、兄たちの家を転々とした間に生れた卑屈感、拗ね、その反動としての居丈高であると理解し、お許しください。(中略)愛情は尊敬だと僕は信じていますが、僕は貴方を尊敬し、惚れています。」
これは1977(昭和52)年、旅先からの吉村の手紙です。1953(昭和28)年の結婚から24年もたっている。子ども二人も青年になっている。そういう夫婦が、こういう瑞々しい手紙のやりとりをしている。
吉村昭・津村節子が文壇きってのおしどり夫婦だったとは、いろんな編集者や作家も書いているが、この手紙を読めば納得です。もし吉村のほうが長生きしていたらこれらの手紙の公表はありえなかっただろうから、吉村が先に鬼籍に入ったことで、貴重な文学的資料を目にすることができたということになります。

『時の名残り』は、ゆるやかでおだやかな回想記で、日本茶かコーヒーを横にフフなどと笑いながら読む本です。
富士山のふもとの「富士霊園」に文藝家協会の設けた「文學者の墓」がある。津村は「吉村のたった一人の文学上の友人である大河内昭爾氏を誘って、一枚の墓碑に吉村昭、津村節子、大河内昭爾と並べて彫って貰った。三人で並べば、淋しくないね、と大河内氏と語り合った。」
親しい編集者に、碑に刻む代表作は何がいいかと相談したら、全員「戦艦武蔵」と言い、カロウト(骨をいれる小箱)に愛用の万年筆を入れるつもりと話したら、全員が「わたしにください」と言ったという。いかにも、と笑みをさそわれる会話です。

『オール讀物』5月号の津村のエッセイ

『オール讀物』5月号の「おしまいのページで」に「ふるさと ゆいの森」と題した津村節子のエッセイが載っています。今年3月にオープンした荒川区の「ゆいの森あらかわ」の一画に「吉村昭記念文学館」が設置された。
「その中に三方の壁が天井まで書棚になっている庭の書斎が再現されていて、そこに吉村がいるような雰囲気を漂わせている。(中略)まるでそのまま移築されたような出来栄えである。こんな幸せな作家がいるだろうか。(中略)かねがね吉村は私が福井に迎えられた時の対応を見ていて、おまえはふるさとがあっていいなあと言っていたが、かれには東京にふるさとがあるではないか。」
福井に夫婦で行くと、エリザベス女王の陰にかくれるエディンバラ公の気持ちがよく分かると、吉村はエッセイで笑いをとります。ある時などカメラマンに「横のひと、どいて」といわれたことがあるとまで書いています。
津村はやはり気にしていたんでしょう。やけに力のはいった「東京にふるさとがあるではないか」に、笑いました。

半世紀にわたる小説家夫妻の愛に、献杯。
果てなき便り -  時の名残り -
津村節子『果てなき便り』岩波書店、2016年、1800円+税。
津村節子『時の名残り』新潮社、2017年、1600円+税。
関連:2017年04月10日、吉村昭記念文学館がすばらしいhttp://boketen.seesaa.net/article/448870111.html
posted by 三鷹天狗 at 08:46| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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