2017年02月09日

マイケル・ブース『限りなく完璧に近い人々』

饒舌のはてに、マイケル・ブースが言いたいことは

イギリス人ジャーナリスト、マイケル・ブースは、妻の故郷のデンマーク・コペンハーゲンで暮らしている。ある日の朝刊で「デンマークの人々が、人類で最も幸福な国民に選ばれた」というニュースを読む。英国レスター大学の心理学部による「人生の幸福度指数」という調査の結果だという。
北欧への高い評価は、いまや世界の常識のようになっている。2012年国連が行った「世界幸福度レポート」では、1位デンマーク、2位フィンランド、3位ノルウエー、7位スウェーデンとのこと。国連やOECDなどの国際機関の、あらゆる調査で、男女同権、経済格差の少なさ、福祉政策、労働時間の少なさなど、さまざまな指標で北欧各国は最上位にランクされています。
「そんなご機嫌な場所にはとても見えないが…」というのが、マイケル・ブースの反応です。
「一番幸せ?現在、私が住んでいる、この暗くて雨が多くて退屈で平坦な国、冷静で分別あふれる少数の国民が住む、世界一税金のいこの国が?」
以下、515ページを費やして、北欧で暮らす人々がいちばん幸せというのは本当か?ということを追求したドキュメントです。

北欧5ヵ国を訪ね歩き、各国の政治家、ジャーナリスト、学者、市井の人々に話を聞きまわって、嫌がられる質問をぶつけ、本音をひきだそうとします。
「税金高すぎ」「まるで全体主義のような同質社会」「おたがいにむちゃくちゃ仲悪い」「平等ったって王室あるし」というように、各国を腐すことを質問し、書きたてる。
しかもその文章が、饒舌すぎてうるさい。どんなことでも、ひとひねりしないと気がすまない。ちょっとした皮肉、クスっと笑わせるジョークをいれないと、文章を書いた気がしないんでしょうね。一種の神経症です。
そんなに嫌なら北欧のことを本にするなんてやめればいいじゃん、というようなものですが、追及をやめられない。
ソ連流の共産主義ではなく、ナチス流の全体主義でもなく、極端な市場原理主義でもない。もしかしてこれが人類のいきつく未来の社会を先どりした姿なのか?という、強い関心に、マイケル・ブースはとらえられています。タイトルの「限りなく完璧に近い人々」には、「そう(人類社会の未来形)かもしれない。だとしたらかなりうんざりだよね」という響き、そして「それしかないかも」という諦念がこめられています。

北欧が、なんかこじんまりした福祉国家でうまくいってるらしい、というのは聞きかじりますが、今回フームと思ったのは各国の歴史です。
デンマークが昔、スカンジナビア半島全域の覇者であり、いまは見る影もなくおちぶれた小国となった…ということを、ブースは情容赦もなく書きたてます(九州くらいの面積に約500万人が暮らしている)。敗北に次ぐ敗北、喪失に次ぐ喪失の果てにデンマークは「コップの中には、まだ半分も水が残っている」という人生観で国民が統合される国になったという。
そうでなければ、ごく普通のサラリーマンが72%もの税金を払って平気なはずがない。しかし、その税金は、一部特権階層のポケットに入るのではなく、成人人口の半数が公共セクターで働いている(統計によれば3分の2とも)、労働力人口の20%が失業給付で生きているというように使われている。それを是とするか、非とするか。考え方の分かれるところではあります。
ノルウエーは1969年に発見された石油の恩恵を受けて、いま北欧でいちばん豊かな国だ(本州+北海道くらいの面積に約500万人が暮らしている)。何百年もデンマークに支配され、そのあと約100年スウェーデンに支配され、やっと独立した「暗くて寒い」国が、オイルマネーでうるおっている。それはうれしくて、自慢したり、楽な暮らしを享受するのも当然でしょう。
フィンランドはスウェーデンとロシアに挟まれて、苦難の歴史を歩んできた(ノルウエーと同じくらいの面積に約500万人が暮らしている)。数百年間はスウェーデンの支配、100年くらいロシアの支配、ロシア革命の余波を受けて内戦、厳しい歴史です。米ソ冷戦時代は、ソ連の機嫌を損なわないようにしながら独立国であることを保つ、綱渡り的な外交が必要だった。波乱万丈です。たいへんだったね。
スウェーデンは、北欧5ヵ国のリーダー格だが、かなり嫌われている(日本より少し広いくらいの面積に約1千万人が暮らしている)。ブースは「時間を守り、法を守り、熱心に働く」「日本人的な責任感と有能さ」をもつ国民がつくった「優しい全体主義」の国家としてスウェーデンを描いている。「空気を読め」という同調圧力の強い社会の描写は、かなり日本に似ている。大きく違うのは、日本の自民党政権にあたる役割を果たしてきたのが、スエーデンでは社会民主主義の政党だったということだ。
人口約30万人のアイスランド(ノルウエーから逃亡した犯罪者たちが作った国だという。ホントかね)もあわせて、総計約2500万人の人々が暮らす北欧で、かなり先駆的な「反格差・平等社会」の実験が行われてきたことはよく分かりました。それが、ドイツとロシアに挟まれていたという、地政学的な理由に大きく起因していることも。「ナチズムでもなく共産主義でもなく」の解が、社会民主主義だったんですね。

『英国一家、日本を食べる』の著者が、こういう本を?

マイケル・ブースは『英国一家、日本を食べる』の著者です。おもしろおかしく日本食との出会いを描いた本でした。本作には、食べものの話はほとんどでてきません。リベラル左派的な立ち位置から、北欧5ヵ国の政治・社会・文化について、執拗に迫っていきます。『英国一家、日本を食べる』にも、食を通じた日本社会探訪という側面はありましたし、皮肉もジョークも満載でした。しかし政治については言及していません。
こういう本も書く人だったか。

人類の未来像かもしれない北欧5ヵ国についての、微に入り細に亘るレポートに、乾杯。
限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか? -
マイケル・ブース『限りなく完璧に近い人々』角川書店、2016年、2200円+税。
関連:2014年09月07日、マイケル・ブース『英国一家、日本を食べる』http://boketen.seesaa.net/article/405017418.html
posted by 三鷹天狗 at 13:50| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: