2017年01月05日

高橋源一郎『丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2』

むかしもいまも「丘の上のバカ」であり続ける

前作『ぼくらの民主主義なんだぜ』の続きにあたる朝日新聞の論壇時評の12回分と、さまざまな媒体に書いた政治・社会に関するエッセイをあわせて一冊にした本です。
最後の2編がただならぬ迫力です。
終戦記念日によせるエッセイを求められて書いた「死者と生きる未来」。
ここでは20代後半に女衒=売春の斡旋にかかわったことがなまなましく書かれていて、強いショックをうけます。なぜ終戦記念日というテーマで、そのことを書く必要があったのか。戦争という大きなテーマを、きわめて個人的な体験を通して書く。そのようにしてしか「戦争に反対する」文章は書けないという、文学者としての矜持に、読んでいてすこしビビりました。
もうひとつが、全体のタイトルにもなった「丘の上のバカ」。
若い頃からビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル(丘の上のバカ)」が大好きだった。ひとりのバカが、来る日も来る日も、丘の上にたたずんでいる。…地動説のガリレオ・ガリレイがモデルだという説もあるが、高橋はあまりその説に興味がない。
「丘の上に、ただひとりバカがいる。その風景がなんだか好きだった。それだけだったのだ。」
そこから半世紀前の自分の学生運動体験にはなしはとびます。ベトナム反戦運動に参加した若者(高橋)に、悪意や侮蔑のことばがつぎつぎと投げかけられる。若者はそれらの「批判」にこたえてさらに活動に邁進し、やがて疲れ果てる。
「最後には『ほら、あんなふうに、やるだけやって逃げてしまった。どうせ、そうなると思っていた。学生気分の甘い運動だったからな』という、疑いようのないほど『正しい』批判を受けることになった」
長いあいだ政治や社会について発言することを避けてきた高橋は、安保法制反対の国会前デモの、中心からすこし離れた場所に立っている。
「なににも所属せず、ひとりでいること。それにもかかわらず、なにかに参加しようとすること、それはとても難しいことだ。」
「なにかに賛成すること、なにかに反対すること、じつはどのような問題であっても、簡単に、あるいは完全に、そんなふうには分けられないものだと考えること。そのように考えること、それに基づいて行動すること。それもまた、ひどく難しい。」
若い時の高橋クンや呆け天なら、なに訳わかんないことごちゃごちゃ言ってるんだ、というようなもんです。しかし、今となっては高橋の、このぐちぐちしたものいいに、得心がいきます。
「プニュクスの丘」(古代ギリシャ・アテナイの『民会』が行われた丘)にのぼって、熱気にみちたやりとりをする人々を想起しながら、次の文章で本書全体が結ばれます。
「熱気に溢れた中心があり、そして、そこから離れたところで佇んでいるだけの人びとがいただろう。なににも染まることはないけれど、無関心でいることができない人びとが。」
確かにいただろう。せめて、老い先みじかい人生を、そのような人びとのようにふるまうしかない。

「『結界師』の再放送見たいなあ」って、守備範囲広すぎ

「安倍さん(とお友だち)のことば」と題した1編に、教育を論じたくだりがあります。ここで力説されるのは「子どもたちは教師の話なんか聞いていない」ということです。「教育をはじきかえす野性の力」(鶴見俊輔)こそが希望だという論旨です。
どんな授業をしても、子どもたちは上の空で「『早く家に戻ってゲームしたいなあ』とか『「結界師」の再放送を見たいなあ』と思うのである。」と書く。
『結界師』ですか。なんて守備範囲が広いんだ。
『結界師』は、一昨年亡くなった旧友の、娘さんが描いた漫画です。旧友にすすめられて、私も単行本を読みました。まぎれもない傑作漫画です。わたしはアニメまでは見ていません。それにしても、高橋の文中に、子どもを夢中にさせる傑作アニメとして『結界師』がでてくるなんて、うれしいね。旧友がこのくだり読んだら、ニンマリとほほ笑んだだろうな。

なににも染まることはないけれど、無関心でいることができない人びとに、乾杯。
丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2 (朝日新書) -
高橋源一郎『丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2』朝日新書、2016年、780円+税。
関連:2015年05月25日、高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』http://boketen.seesaa.net/article/419515538.html
posted by 三鷹天狗 at 08:40| Comment(2) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
遅ればせながら、丘の上のバカ読みました。
最終章の安保法制採決日、コールに唱和出来ずにいたのは私だけではなかった(70年にも出来なかった私ですから、当たり前ですけど)と、なにかほっとしています。
Posted by 山田孝司 at 2017年02月28日 01:20
コメントありがとうございます。
高橋が長文の引用をしている『民主主義の源流 古代アテネの実像』(橋場弦)をすぐに読んだのですが、私の手に負えるものではないなと感じて、ブログに書けませんでした。
浮かんだ感想は「いまもむかしも、人間は民主主義をもてあますのか」という、やや暗然たる思いでした。
せめて、若い時代への悔恨も含めて、安直に民主主義を破壊しようとする者たちに異を唱えながら晩年を過ごすことにします。
Posted by 呆け天 at 2017年03月03日 18:48
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