2016年11月14日

囲碁・飲み仲間が、木彫りの仏像を彫る人だったとは!

新高円寺のスタジオSKで開かれた「第15回仏像彫刻展」(11月11日〜14日)を見学しました。仏像彫刻道場「微笑庵(みしょうあん)」の会員作品発表会です。
いやあ、驚きました。
世の中には、趣味で木彫りの仏像を作る人が、こんなにたくさんいるんですね。
初めて数ヶ月という人の、仏のちいさな顔だけの作品から、堂々と光背を背負った力作まで。約60名の会員が作った仏像が展示されている様は、壮観です。
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中でも目をひいたのが、両脇に風神・雷神を配した「凡夫と雲中供養菩薩」という作品です。
凡夫が、手のひらに雲中供養菩薩をのせて、じっと見ている。凡夫の表情は、微笑んでいるわけでもなく、仏への畏敬の念を表わすでもなく、頬杖などついて「へー、これが供養菩薩ですか」と眺めているだけに見える。
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シュールです。
凡夫が菩薩の手のひらの中にいるーというのではなく、凡夫の手のひらに菩薩がいる。
どんな作意なんでしょうか。はかりかねます。
自分の彫った雲中供養菩薩を「こんなのができちゃったよ」と眺めている自画像でしょうか。
菩薩を彫り出したのはこの手だ。手のはたらきこそ菩薩そのものだという寓意でしょうか。
はたまた、神だ仏だというのは、つまるところ人間の創造物だという宗教観でしょうか。

展示会場でもっとも目立ったこの作品を作ったのが、囲碁・飲み仲間のAさんだというのも驚きです。
三鷹の碁会所がなくなってしまい、囲碁・飲み仲間が集団で武蔵境の碁会所に移ってから約1年がすぎました。
わたしたちは新参者ですから、古くからの常連さんの迷惑にならないように、土曜日の夕方5時半頃になると静かに席をたち、近くにある居酒屋で一杯飲むというのを楽しんできました。
べつに秘密にしているわけではないので、気配で「酒だな」と勘づく人もいます。そういうかたの一人Aさんが、半年くらいまえに「私も酒が好きなのでご一緒していいですか」と声をかけてきました。もちろん大歓迎です。
あるとき飲んでいたら、「わたしは趣味でこういうこともやっている」と仏像彫刻展の案内ハガキをみんなにわたした。11月12日(土)に、碁会所をすこし早めにきりあげてみんなで見にいったというわけです。
あまり仏心とは縁のない衆生ですが、囲碁仲間がやっているとなれば話は別です。
半分ひやかしで、さっとみたら切り上げて居酒屋に、というくらいの気分で見に行ったのです。それが、すっかり圧倒されてしまい、滞在時間も長くなり、居酒屋談義も見てきた作品の話しで大いにもりあがりました。
趣味の域を越えています。なにしろ、3体セットで制作に2年かかったというのですから、たまげます。かといって仕事でもないのですから、それこそ凡夫にははかりかねる世界です。
一本の木から、あんなに複雑な像が彫り出されるということ自体が、不思議でなりません。

出品目録のメッセージが渋い

配られたパンフレットには、全出品者61名と、微笑庵の主宰者増山白舟仏師のメッセージが載っています。
増山仏師の「仏さまは木の中にいらっしゃる。人にできるのはただ取り除いていくことだけ。余分なものを取って取って取りきった時、仏さまはそのお姿を現わされる」という言葉など、なにか仏教の教えの真髄のような響きがあります。
会員各位の短いメッセージも「『木に聞いて』と先生はおっしゃいますが、まだ聞こえてこない声が、いつ私の耳にとどくのでしょうか」といった率直で素朴で好感のもてるものばかり。
その中で異彩を放っているのが次の文章でした。
「教室での心得三か条。ひとつ 思うように進まないときは、良材に巡り合わなかったと、なげくべし。ひとつ 疲れたと感じたときは、刀の鋼の質の良くないものをつかまされたとなげくべし。ひとつ 集中力がとぎれたときは、隣の人のせいだとチラリと目を投げて、ため息をつくべし。」
思わず笑ってしまいました。すごいですね。ふつう「そのように考えてはいけない」とされる代表のような「凡夫の感じ方」を、そのまま肯定する。この言葉もAさんのもの。ということはあの作品も、凡夫たることの大肯定ということなのでしょうか。
居酒屋感想会は、いつまでも終わりません。

すばらしい仏像彫刻に、乾杯。
posted by 三鷹天狗 at 15:08| Comment(0) | 水彩画・美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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