2016年07月14日

米原万里・佐藤優編『偉くない「私」が一番自由』

初めて読む米原の文章がいくつもある。編者の手柄です。

米原万里が54歳という若さで亡くなったのが2006年です。もう10年もたったのか。
あのきらめき、エネルギー、辛辣さ。ほとぼしるような文才に圧倒されるのが快感でした。
本作は、生前の米原と「ソ連・ロシア語」という共通点でとても親しかった佐藤優が編者として編んだアンソロジーです。佐藤シェフが供するロシア料理のフルコースという趣向の、遊び心に満ちた一冊です。
あとがきで佐藤は、文芸春秋の編集者・藤田淑子の名をあげ、藤田との共同編集だと記しています。編集者というのは、著者本人が書いたことも忘れたような媒体のインタビューや短文まで目配りしている、恐ろしい存在です。
既刊の文庫には入っていない文章がたくさんでてきます。「ソ連出版文化通信」1979年11月号(日ソ著作権センター)や「東京外語会報」1995年5月号に載っているインタビューなどはいかにもありそうですが、「月刊やきにく」(全国焼肉協会)「月刊うえの」(上野のれん会)といった誰も知らないような雑誌の短いエッセイまで、よくぞこういうものをという文章が集録されています。
目玉は、米原の東京外語大学卒業論文。全体384ページの本の4分の1にあたる106ページが、この卒論。著者24歳の、才能や天分がきらめく論文です。

わたしには、次の二つのことが強く印象に残りました。
ひとつは「女が選ぶ政治家ベスト10」(「文藝春秋」1993年11月号)という、一種のお遊び企画のようなアンケートに答えた短文です。ここで米原はベスト1に共産党の論客・正森政二をあげ、彼を讃えたうえでこういいます。
「世界史的に見ても、共産党が政権を奪取して国民が幸福になった例は皆無。しかし野党である限りは、かなり頼りになる。」
さらにベスト5に不破哲三をあげ、その中では「健全な野党として百議席までは取っていいと思う」と記しています。
米原が共産党についてこういうストレートなものいいをしている文章は、ほかに記憶がありません。
雑誌のお遊び企画だからの回答でしょうか。しかし、「文藝春秋」というメジャー誌ですから、多くの人の目にふれることを承知の発言です。なるほど、これが米原の日本共産党との、本音の距離感だったのかと、驚いたような腑におちたような。
もう一つは、佐藤優が「シェフからのご挨拶」で記している、逮捕直前の佐藤と米原の電話でのやりとりです。
「外務省のラスプーチン」と週刊誌が書きたて、特捜が佐藤を逮捕するのは時間の問題と言われていた2002年5月13日に、米原は「あなた今晩あいていない。私と食事しよう」と電話をかけてくる。米原に迷惑をかけたくない佐藤はことわる。そこで米原は、「どうしても伝えたいこと」を言う。
「外務省はあなたを切っている」「組織が人を切るときの怖さを話しておきたいの。私は共産党に査問されたことがあるの。あのときは殺されるんじゃないかとほんとうに怖かったわ。」
これこそ、正真正銘の初耳です。しかし、佐藤優がウソやでっちあげでこんなことを書くとはとうてい思えない。
たとえば、最近刊行された『姉・米原万理』(井上ゆり、文藝春秋)は、ものすごく仲の良かった妹の目からみた米原像を、率直に描いています。しかし、姉と共産党との関係といった話は一行もでてきません。
いったい、いつ、どんなことをめぐってこの「査問」があったのか。まだ関係者もたくさん生きているでしょうから、誰か当事者が書いてほしいものです。ぜひ読みたい。

米原万里。なんど読んでも、いつ読んでも、新しい発見がある。

なんだかこの本が呼び水になってしまい、米原の本を何冊も読み返しています。なんど読んでも、いつ読んでも、新しい刺激があり、新たな知見を得た気になります。
すばらしい作家を、とんでもなく早く失ってしまったなあ。米原なら、いまの日本について、世界について、なにを言ったかなあ。ソ連が崩壊するときの、絶望的なまでの困難にたちあった米原の、醒めた、透徹な目に映る、いまの日本と世界の像を、知りたい。

偉くない、自由な、一個人にすぎない米原万里に、乾杯。
偉くない「私」が一番自由 (文春文庫) -
米原万里・佐藤優編『偉くない「私」が一番自由』文春文庫、2016年、720円+税。
posted by 三鷹天狗 at 05:14| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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