2016年06月19日

國分功一郎『民主主義を直感するために』

行動する若き哲学者。頼もしい。

1974年生まれとあるから、まだ42歳か。若いなあ。
本のタイトルは、「なんかおかしい」と直感するところから政治へのかかわりがはじまる、それが民主主義の現場だ、というような意味です。
小平市でおこなわれた都市道路建設反対住民投票運動の、当事者の一人でもあります。
本のラストには、沖縄・辺野古基地建設反対の座り込み闘争体験がレポートされています。
こういう、行動する哲学者が、ぜひとも必要です。この人がこれから数十年、どんな思索をみせてくれるのか、注目です。

本書は、さまざまな媒体に書いたエッセイや対談を集めたもので、アタマの痛くなるような哲学的考察はありません。
印象に残ったことばや考え方、いくつか。
1、単に群衆があらわれることこそ重要
「デモとはなにか」と問いをたて、単に群衆があらわれることだと解いている。
参加者の意識が高いとか低いとか、シュプレヒコールとか、どうでもいい。ただ単に「暴力をもってしか排除できない」くらいの群衆が出現するだけでいい。それ自体が「いつまでも従っていると思うなよ」という意思表示だ。
現状を「幸せだ」と感じている若者たち(『絶望の国の幸福な若者たち』古市憲寿)も、現状が悪い方向に改変されるとなれば動き出す。その回路をどう作るかが問題だ。
2、革命運動をやるとかじゃなく、自分がやれることをやろうよ
同世代の山崎亮(1973年生、コミュニティデザイナー)との対談で、ウィリアム・モリス、ジョン・ラスキンなどへの偏愛を熱く語ることにも、強い印象を受けた。マルクスからレーニンへ向かうラインこそが社会主義という、硬直した社会主義観から完全に自由になっている。なるほどなあ。
20代の若者の7割が「社会を良くしたい」と思っている(内閣府調査)。
「今の若い人って、社会を良くすることがデフォルト(「標準設定」)なんだと思います。」
「別に革命運動をやるとかじゃなく、手づかみの幸せに立脚しながら、自分がやれることをやろうよという、新しいセンスがでてきている。」
いいねえ。
3、近代政治学の根源にある、単純な欠陥
吉野川可動堰を住民投票で止めた元徳島市議、村上稔(1966年生)との、住民運動をめぐる対談もきわめて興味深い。
ここで國分は、住民が行政の決定にかかわれないことを、「近代政治学の根源にある、単純な欠陥」と指摘している。
つまり、道路でもなんでも、決めているのは官僚機構・行政機関だ。彼らが決め、議会で承認されると「主権者も同意している」ということで、どんどん進められてしまう。実際には、主権によって統治できない法の行使を、行政機関は好き勝手にやりはじめる。
この、根源的な単純な欠陥に対して、住民投票が大きな意味をもつ…。
うーむ。そういうことなのか。

熱くて純な哲学者。いいなあこの人。

辺野古基地建設に反対する沖縄の人々のたたかいをレポートした「辺野古を直感するために」(『atプラス』2015年5月)は、初体験のキャンプシュワブゲート前での座り込みが、いきいきと描写されています。
あいさつにたった若者3人が「スーパー金秀の研修でやって参りました」と語るのを聞いて「私は本当に感動した。こんな光景は想像もしていなかった。」と、なんだか素人のような文章になっています。
感激していたら、司会の山城博治からいきなり「哲学者の大学の先生がきています」とマイクをわたされた。人前で話すのを仕事としてきた國分だが、途中で思いがあふれて言葉に詰まり、泣きそうになってしまう。
熱くて、純です。いいなあ、この人。

行動する哲学者に、乾杯。
民主主義を直感するために (犀の教室) -
國分功一郎『民主主義を直感するために』晶文社、2016年、1500円。
posted by 三鷹天狗 at 07:37| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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