2017年05月12日

琴欧洲勝紀『今、ここで勝つために 琴欧洲自伝』

元大関・琴欧洲が、鳴戸部屋を興した。おめでとう、成功してほしい。

「週刊文春」ゴールデンウィーク特集号の阿川佐和子対談は、異色のゲスト、元大関・琴欧洲でした。なんと、4月1日に鳴戸部屋を設立したという。すばらしい。ぜひ成功してほしい。
大相撲は、久々の日本人横綱・稀勢の里の誕生で湧いています。2003年に貴乃花が引退してから、14年間も日本人の横綱がいなかったのですから、相撲ファンが喜ぶのはとうぜんで、わたしも稀勢の里の活躍を祈るひとりです。
その陰でそっと出発した鳴戸部屋、弟子3人の小部屋です。ブルガリアからやってきて、ヨーロッパ出身初の大関になり、幕内優勝も一回なしとげた。顔を見るだけで善良な人ということが伝わってくる風貌。まさか、日本に帰化し独立して部屋を興すとは想像もしていなかったので、驚きました。

対談の中で阿川が「琴欧洲自伝」に触れているので、すぐ読みました。引退した2014年に上梓している。会話体の、読みやすい本です。
琴欧洲の本名はカロヤン・ステファノフ・マハリャノフ。1983年ブルガリア共和国ヴェリコ・タルノヴォ市で農家の次男として生まれた。
ブルガリアは人口約750万人、面積は日本の約3分の1(北海道と九州を足したくらい)しかない、小さな国です。オスマントルコに500年間も支配されたり、第2次大戦後はソ連の衛星国にされたり、バルカン半島の小国として苦難の歴史を歩んできた国のようです。
ブルガリアの大学で学び、レスリングにうちこんでいた19歳のカロヤン青年が、プロの力士になると決意する。途方もない地理的な距離、文化的な落差を埋めたのは、レスリングと相撲の「格闘技」という共通点、そして相撲で成功することがもたらす経済的な報酬の魅力です。
わたしたちは日本のことを、つい「小さな島国」と思いがちですが、一億人を超える人口をもつ国は世界で11か国しかないし、1970年代以降は「経済大国」の位置を占めてきた。ブルガリアに比べれば「大国」です。
まして当時のブルガリアはソ連崩壊(1991年)のあおりをくらって、経済はどん底。父が事故にあうという不運にもみまわれた。学生をやっている場合じゃない、オレが家族を救う、とカロヤン青年は決意、母の強い反対を押し切って来日します。

2002年に来日し、わずか2年で入幕、2006年には史上最速、初土俵から19場所で大関になった。おそろしいほどのスピード出世です。
身長202p、体重155sというめぐまれた体格、格闘家としての素質、ハングリー精神の3拍子が揃っている。呆け天は彼が来日した背景などまるで知りませんでしたが、これはすぐに横綱になるだろうと思っていました。ところが、意外にも大関で長く足踏みした。素人目にも「腰高」(足が長いんだからしょうがないとは思うけど)の弱点が見える。左肩鎖関節脱臼に苦しめられ、関脇に陥落、大関復帰がならなかった2014年、31歳で引退した。
大関になったときに当時の佐渡ヶ嶽親方(元・横綱琴櫻)から、将来の独立を約束されていたという。引退後は佐渡ヶ嶽部屋付きの親方として相撲協会で働きながら、2015年に日体大3年に編入し、科学的トレーニング、栄養、メンタルなどについて学び、今春卒業した(阿川対談より)。

土俵の上では「国際化」している大相撲ですが、相撲協会で親方になり、独立した部屋を興すとなれば話は別です。
まず日本に帰化する必要がある。琴欧洲は、ブルガリアで日本の国民栄誉賞にあたる勲章を受けており、帰化することには家族や親せきの反対があった。そうだろううなあ。たとえば、偉大な実績をのこした白鵬など、指導者として残りたくても「モンゴルの英雄」という立場が邪魔するのではないか。
これまで、元関脇・高見山の東関部屋(1986年〜)、元横綱・武蔵丸の武蔵川部屋(2013年〜)の二例しかない。
弟子探しもたいへんです。一部屋に所属できる外国人力士は一人だけというしばりがあり、東欧から力持ちの若者を連れてきてどんどん弟子にすればいいという訳にはいきません。「地元」がない琴欧洲には、有力な後援者を得ることも、有望な少年の情報を得ることも、きっとたいへんです。

そうした困難をどう克服していくのか。異文化にとびこんできて感じた、大相撲のすごさへの畏敬と、非科学的・因習的な側面への疑問を、どう昇華していくのか。楽しみです。

「グレーテルのかまど」で見る鳴戸親方の優しい笑顔。大丈夫か。

おりしも5月1日(月)夜のNHK・Eテレ「グレーテルのかまど」で「鳴戸親方のゼブラケーキ」という放送がありました。琴欧洲が少年のころ母親の誕生日にゼブラケーキ作ってプレゼントしたという感動秘話、母からの手紙、4月1日の鳴戸部屋開設の映像など、見入りました。
まだ佐渡ヶ嶽部屋付きの親方のときに、ケーキを50個も買ってきて弟子たちに食べさせるその優しい笑顔!。こんな優しい人が、格闘技の極北のような大相撲の世界で、指導者になれるのかと心配になるほどでした。
彼が名跡を継いだ鳴戸部屋は、故・横綱隆の里が鬼のような指導で稀勢の里を育てたことで有名です。琴欧洲の師匠の、先代佐渡ヶ嶽も厳しい指導で強い力士をたくさん育てた。
きっと新・鳴戸親方は、そんなことは百も承知二百も合点、優しさと厳しさ、伝統の稽古と科学的なトレーニングを融合させて、立派な力士を育ててくれるでしょう。

好漢・琴欧洲の鳴戸部屋設立に、幸あれと祈って、乾杯。
今、ここで勝つために (一般書) -
琴欧洲勝紀『今、ここで勝つために 琴欧洲自伝』徳間書店、2014年、1400円+税。
posted by 三鷹天狗 at 07:45| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする