2017年05月14日

町田市民文学館「本の雑誌厄よけ展 オモシロ本を求めて42年」

充実の展示、すてきな解説。たっぷりと楽しみました。

町田市民文学館ことばらんどで「本の雑誌厄よけ展 オモシロ本を求めて42年」をみてきました。
「厄よけ展」という風変わりなネーミングは、本の雑誌が1976年に創刊されてから42年になることと、男の厄年42歳をかけたことば遊びです。
なんでまた町田でこういう催しが?という疑問は、展示を見たらあっさり解けました。沢野ひとしが1970年から、目黒考二が1982年から町田在住だというのです。地元に住む二人が深くかかわった「本の雑誌」の企画展というわけです。
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チラシには、山猫の椎名誠、シカの目黒考二、ワニ目の沢野ひとし、カメレオンの木村晋介という、雑誌創刊者4人が酒盛りしながら編集会議の図。遊び心満点です。すべてはこの4人からはじまった。
展示は、実にすばらしいものでした。2階の展示室への階段に、沢野ひとしのイラストや「本をよみなさい」という喝。入り口には「つまらない本に付き合うほど、ぼくらは暇ではないのだ」という、創刊第2号の目黒考二のたからかな宣言。
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中に入れば第1号(1976年5月)から最新号まで、407冊の表紙が年代順にずらりと並ぶ。壮観です。すべて沢野ひとしのイラストってのがすごい。このヒトたちのしつこさ、身内意識の強さ。たいしたものです。
「本の雑誌」誕生以前の、目黒考二の私的な通信、椎名誠が勝手につくってた新聞、江戸川区・克美荘での共同生活の記録ノートなども、「本の雑誌」ファンには興味深々です。このコーナーには「本の雑誌」と同じ年に創刊された137の雑誌のうち、「POPEYE(ポパイ)」など37誌が展示されている。現在も刊行され続けているのはわずか8誌だそうです。まさに、往時茫々。
人気連載「吉野朔実劇場」の原画イラストが展示されていて、ある種の静謐さを演出しています。なんだか騒々しいつくりの雑誌の中で、吉野朔美のページは一服の清涼剤でした。約25年連載され、惜しくも2016年4月に亡くなられたため、終了した。合掌。
本の雑誌2.jpg撮影禁止なのでチラシから拝借
沢野ひとしのアニメ「スイカを買った」(11分、1996年)が上映されている。いい味出してます。
「本の雑誌」に、配送部隊などなんらかの形でかかわった人たち181名からのコメントも楽しい。
群ようこ(初代事務員)が「本の雑誌がまだ世の中にあることがうれしいです。創刊当初でさえ、目黒さんは『廃刊になったときの、イラストと文言は考えている』とおっしゃっていた。そうならなくて良かった」と寄せています。
居酒屋本で有名な太田和彦は、1988年から104冊分のデザインを担当したのが誇りと書いている。そうだったのか。
嵐山光三郎、高野秀行、大竹聡、宮田珠己、蔵前仁一、逢坂剛…わたしが好きな作家・エッセイストたちが、たくさんコメントを寄せていて、見飽きない。
そして、2004年から始まった「本屋大賞」の推進役としての役割り、菊池寛賞受賞(2015年)。
すばらしい。「本の雑誌」があって、ほんとに良かった。
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5月13日に椎名・目黒対談、20日に北上次郎講演があるというので、そのどちらかを覗こうなどと思っていたら、両方とも申込日に即満席となったそうです。そりゃそうか。ならばと、企画担当者によるガイドがあるという5月9日(火)午後に行きました。
担当学芸員・神林由貴子さんのガイドが、実に良かった。目黒・沢野からのじゅうぶんな取材がうかがえるエピソードいろいろ、「本の雑誌」は単なる雑誌ではなくひとつのムーブメントだった、という定義。最盛時(1990年代)10万部に達したが、2009年1月号で椎名が「経営危機」を訴えるまで追いつめられた時期があったこと。その後もち直し、現在2万8000部という。老舗文芸誌「新潮」が1万部といいますから、それに比べればいかがでしょうか…。
さすが「町田市民文学館」の学芸員です。日本文学の大きな流れのなかで「本の雑誌」が占めたユニークな位置、役割が伝わってきます。実にいいガイドで、この日に来た甲斐がありました。

やるなあ町田市。こういう文学館もありか。

それにしても、図書館とは別に「文学館」を創るというのは、他に例があるのかしら。やるなあ、町田市。
鶴岡市が藤沢周平記念館をつくるとか、荒川区が吉村昭記念文学館を作るとか、作家個人の名を冠した文学館を、作家本人は強く辞退していても、地元自治体が作らずにはいられないという例があります。その気持ちは分かります。
町田市の場合、そういうことではなく、市民が文学に親しむ場としての文学館ということで、さまざまなイベントなどもしているようです。美術館やコンサートホールがあるように、文学館があってもいいじゃないかという見識、みあげたものです。

町田市民文学館「本の雑誌厄よけ展」の、すばらしく充実した展示に、乾杯。
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町田市民文学館ことばらんど「本の雑誌厄よけ展 オモシロ本を求めて42年」2017年4月22日〜6月25日。入場無料。https://www.city.machida.tokyo.jp/bunka/bunka_geijutsu/cul/cul08Literature/
関連:2015年07月29日、椎名誠『新宿熱風どかどか団』http://boketen.seesaa.net/article/421314208.html
2015年10月11日、目黒考二『昭和残影 父のこと』http://boketen.seesaa.net/article/427442345.html
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2017年05月12日

琴欧洲勝紀『今、ここで勝つために 琴欧洲自伝』

元大関・琴欧洲が、鳴戸部屋を興した。おめでとう、成功してほしい。

「週刊文春」ゴールデンウィーク特集号の阿川佐和子対談は、異色のゲスト、元大関・琴欧洲でした。なんと、4月1日に鳴戸部屋を設立したという。すばらしい。ぜひ成功してほしい。
大相撲は、久々の日本人横綱・稀勢の里の誕生で湧いています。2003年に貴乃花が引退してから、14年間も日本人の横綱がいなかったのですから、相撲ファンが喜ぶのはとうぜんで、わたしも稀勢の里の活躍を祈るひとりです。
その陰でそっと出発した鳴戸部屋、弟子3人の小部屋です。ブルガリアからやってきて、ヨーロッパ出身初の大関になり、幕内優勝も一回なしとげた。顔を見るだけで善良な人ということが伝わってくる風貌。まさか、日本に帰化し独立して部屋を興すとは想像もしていなかったので、驚きました。

対談の中で阿川が「琴欧洲自伝」に触れているので、すぐ読みました。引退した2014年に上梓している。会話体の、読みやすい本です。
琴欧洲の本名はカロヤン・ステファノフ・マハリャノフ。1983年ブルガリア共和国ヴェリコ・タルノヴォ市で農家の次男として生まれた。
ブルガリアは人口約750万人、面積は日本の約3分の1(北海道と九州を足したくらい)しかない、小さな国です。オスマントルコに500年間も支配されたり、第2次大戦後はソ連の衛星国にされたり、バルカン半島の小国として苦難の歴史を歩んできた国のようです。
ブルガリアの大学で学び、レスリングにうちこんでいた19歳のカロヤン青年が、プロの力士になると決意する。途方もない地理的な距離、文化的な落差を埋めたのは、レスリングと相撲の「格闘技」という共通点、そして相撲で成功することがもたらす経済的な報酬の魅力です。
わたしたちは日本のことを、つい「小さな島国」と思いがちですが、一億人を超える人口をもつ国は世界で11か国しかないし、1970年代以降は「経済大国」の位置を占めてきた。ブルガリアに比べれば「大国」です。
まして当時のブルガリアはソ連崩壊(1991年)のあおりをくらって、経済はどん底。父が事故にあうという不運にもみまわれた。学生をやっている場合じゃない、オレが家族を救う、とカロヤン青年は決意、母の強い反対を押し切って来日します。

2002年に来日し、わずか2年で入幕、2006年には史上最速、初土俵から19場所で大関になった。おそろしいほどのスピード出世です。
身長202p、体重155sというめぐまれた体格、格闘家としての素質、ハングリー精神の3拍子が揃っている。呆け天は彼が来日した背景などまるで知りませんでしたが、これはすぐに横綱になるだろうと思っていました。ところが、意外にも大関で長く足踏みした。素人目にも「腰高」(足が長いんだからしょうがないとは思うけど)の弱点が見える。左肩鎖関節脱臼に苦しめられ、関脇に陥落、大関復帰がならなかった2014年、31歳で引退した。
大関になったときに当時の佐渡ヶ嶽親方(元・横綱琴櫻)から、将来の独立を約束されていたという。引退後は佐渡ヶ嶽部屋付きの親方として相撲協会で働きながら、2015年に日体大3年に編入し、科学的トレーニング、栄養、メンタルなどについて学び、今春卒業した(阿川対談より)。

土俵の上では「国際化」している大相撲ですが、相撲協会で親方になり、独立した部屋を興すとなれば話は別です。
まず日本に帰化する必要がある。琴欧洲は、ブルガリアで日本の国民栄誉賞にあたる勲章を受けており、帰化することには家族や親せきの反対があった。そうだろううなあ。たとえば、偉大な実績をのこした白鵬など、指導者として残りたくても「モンゴルの英雄」という立場が邪魔するのではないか。
これまで、元関脇・高見山の東関部屋(1986年〜)、元横綱・武蔵丸の武蔵川部屋(2013年〜)の二例しかない。
弟子探しもたいへんです。一部屋に所属できる外国人力士は一人だけというしばりがあり、東欧から力持ちの若者を連れてきてどんどん弟子にすればいいという訳にはいきません。「地元」がない琴欧洲には、有力な後援者を得ることも、有望な少年の情報を得ることも、きっとたいへんです。

そうした困難をどう克服していくのか。異文化にとびこんできて感じた、大相撲のすごさへの畏敬と、非科学的・因習的な側面への疑問を、どう昇華していくのか。楽しみです。

「グレーテルのかまど」で見る鳴戸親方の優しい笑顔。大丈夫か。

おりしも5月1日(月)夜のNHK・Eテレ「グレーテルのかまど」で「鳴戸親方のゼブラケーキ」という放送がありました。琴欧洲が少年のころ母親の誕生日にゼブラケーキ作ってプレゼントしたという感動秘話、母からの手紙、4月1日の鳴戸部屋開設の映像など、見入りました。
まだ佐渡ヶ嶽部屋付きの親方のときに、ケーキを50個も買ってきて弟子たちに食べさせるその優しい笑顔!。こんな優しい人が、格闘技の極北のような大相撲の世界で、指導者になれるのかと心配になるほどでした。
彼が名跡を継いだ鳴戸部屋は、故・横綱隆の里が鬼のような指導で稀勢の里を育てたことで有名です。琴欧洲の師匠の、先代佐渡ヶ嶽も厳しい指導で強い力士をたくさん育てた。
きっと新・鳴戸親方は、そんなことは百も承知二百も合点、優しさと厳しさ、伝統の稽古と科学的なトレーニングを融合させて、立派な力士を育ててくれるでしょう。

好漢・琴欧洲の鳴戸部屋設立に、幸あれと祈って、乾杯。
今、ここで勝つために (一般書) -
琴欧洲勝紀『今、ここで勝つために 琴欧洲自伝』徳間書店、2014年、1400円+税。
posted by 三鷹天狗 at 07:45| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月10日

朝井まかて『すかたん』

元・江戸の饅頭屋の看板娘が、商都大坂で生き抜く

元は江戸の饅頭屋の看板娘だった知里(ちさと)は、夫・三好数馬が大坂赴任中に急病死したため、一人大坂にとりのこされる破目になった。こどもができなかったので婚家に残ることもできず、江戸にある実家の兄夫婦のところにも戻りたくない。
寺子屋の女師匠として雇われるが、大坂の子どもたちのいじりに対応できず、くびになる始末。家賃も払えず途方にくれる。
進退きわまったときに、偶然の縁で大坂の青物商の大店・河内屋で働くことになった知里は、お家はん(女主人)付きの女中として厳しいしごきに耐え、大坂の商家のしきたりを身につけ、大坂の町の仕組み、人々の思考や情になじんでいく。

「天下の貨、七分は大坂にあり」といわれる大坂の繁栄ぶり、武士など足元にも及ばぬ大商人たちの豪奢な暮らし。亡き夫が「侍は戦をしなくなって久しいが、商人は毎日が戦だ。身上を懸け、いや命を懸けて生きている」と評した、仲買商たちの生存競争。江戸時代の大坂の情景が、ありありと浮かんできます。
なにかといえば「江戸には負けん」「江戸にはこんなおいしいものはなかろう」といいたがる大坂の人びとに対して、それ一人相撲だから、江戸っ子はあんたたちのこと相手にしてないから、と心のなかでツッコミをいれる知里の反応がおかしい。
河内屋の一人息子清太郎は、遊び人と「青物狂い」の要素が混在する「すかたん」。はちゃめちゃな行動で周囲をまきこみ、知里も呆れ、怒りながらしだいに憎めなくなっていく。
河内屋の主人夫婦の葛藤、清太郎となじみの芸者小万の美貌と意気地、にくにくしい敵役の策動、河内屋の大番頭の頭のキレと度胸、知里を気に入る女中仲間の先輩おかね、たいへんな数の登場人物がからみあい、お話はぐいぐいと大団円に向かいます。

恋が、ものがたりの推力になるという小憎らしいしくみ

江戸と大阪、武士と商人、商人と農民…とても大きな背景があり、いきいきと動きまわる若者の恋がある。呆け天は「恋愛小説」が苦手で、まず読みません。しかし、本作では、恋愛が物語の欠かせない推進力になっていて、読まないわけにいかない。読んで心地よい。
すばらしい時代小説の書き手がいてくれてうれしいかぎりです。

元江戸の饅頭屋の娘と、浪花のすかたんの恋に、乾杯。
すかたん (講談社文庫) -
朝井まかて『すかたん』講談社、2012年、1600円+税。現在、講談社文庫。
関連:2017年02月07日、朝井まかて『阿蘭陀西鶴』http://boketen.seesaa.net/article/446709713.html
2017年01月25日、朝井まかて『恋歌(れんか)』http://boketen.seesaa.net/article/446273767.html
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posted by 三鷹天狗 at 07:49| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする