2017年02月27日

河谷史夫『持つべき友はみな、本のなかで出会った 本に遇うV』

反骨の読書人が、反骨の社会運動研究家を絶賛する

河谷史夫が月刊誌『選択』に15年以上にわたって連載しているコラム『本に遇う』の、第3集です。
書評コラムだが、最新の本をとりあげる一般的な書評ではない。書きだしやテーマは、いま現におきている政治・経済・社会の問題だったり、身辺雑記風だったりする。それが昔読んだ本、最近読んだ本と結び付けられ、ひと味違った角度からの時評=書評になる。
とりあげられるのは、タイトルは知っていても読んだことがない本が多く、著者の名前を聞くのも初めてという本も多数あります。鮮烈に印象に残ったのは、シリーズ第1作『酒と本があれば、人生何とかやっていける』の一編「中江丑吉の凄み」です。中江丑吉(1889〜1942)は、中江兆民の長男で中国思想の研究者。あえて北京に沈潜して、ひたすら学究の日々を送った。
その中江が、学究の徒として本だけ読んでいればいいという人ではなく、学問研究は日々生起することがらによって検証されなければならないという考えだった。自分の学問研究に照らして、日本の中国侵略、対米開戦の無謀を断罪し、無残な敗戦を最初から予言していた。「世界史は『ヒューマニティ』の方向に沿ってのみ進展する。」ナチスと日独伊枢軸国側はヒューニティに反するがゆえに敗北する、という言葉の凄み。初めて知った中江丑吉という名前と言葉が、深く脳裏に刻み込まれます。
河谷が自分の膨大な読書に照らして時評を展開するとき、この中江丑吉の流儀を踏襲している。先人、古人が書き残したことを参照して、いま起きていることがらに光をあてればこう見える、こうも考えられる、というコラムです。

反骨の人です。
2014年「朝日新聞の窮境」では、「慰安婦強制連行虚報の放置」「福島原発事故吉田調書の誤報」「池上コラム不掲載」という大失態にふれて、もはや朝日新聞は言論の自由を語る資格を失ったと、ことば鋭く断罪します。
「言論人の初心なく、今日の窮境に陥らしめた社長以下全役員、局長は総退陣して出直せ。朝日にいた者としてそう考える。」
すごいですね。元社員であれ、現社員であれ、こう要求した人は他にはいなかったのでは。
安倍政権の暴走に対しては、徹底的に異をとなえる。戦争がしたくてつきすすむ危うい現状にふれた一編は「『戦争と平和』再読」。参照される本は『戦争と平和』(トルストイ)『中江丑吉の人間像』(阪谷芳直他)『戦争と平和 ある観察』(中井久夫)の三冊です。たとえば中井の著作に「戦争を知るものが引退するか世を去った時に次の戦争が始まる例が少なくない」とあることをひいて、「戦争を知らない」安倍の危うさを論じる、といった具合です。

「一以って之を貫く」という一編では、渡部富哉の『偽りの烙印ー伊藤律・スパイ説の崩壊』(1993年)『白鳥事件 偽りの冤罪』(2012年)を激賞しています。
ゾルゲ事件については、河谷自身若い時から関心をもち、尾崎秀樹『生きているユダ』を読んだ時には「震えるような怒りを伊藤律に抱いた」と率直に記しています。しかし、『偽りの烙印』を読んで「天地がひっくり返った」、尾崎の著作は「砂上の楼閣」だったと、これまた率直です。いさぎよい。
「尾崎秀樹の嘘の皮をひんむいた渡部は、二十年後、こんどは松本清張のまやかしを暴く。」
1952年におきた札幌市警警備課長白鳥一雄が射殺された事件で、実行犯佐藤博は北京に逃亡し、指導者村上国治は逮捕され懲役二十年の判決を受けた。69年の仮出獄後村上は「冤罪」を訴え、日本共産党は「国民運動」を組織して大々的な再審要求運動を繰り広げた。呆け天なども、当時の共産党・民青の活動家たちが、目の色を変えてこの運動をやっていたことを記憶しています。松本清張は「日本の黒い霧」などで、「日共無関与」説を展開してこの運動を後押しした。
しかし、渡部の著作によって、白鳥事件は、村上の指示のもとで佐藤が実行したものであることが、容赦なく暴かれる。あの、何万・何十万人を動員した「国民運動」は、壮大なまやかしだった。
「虚偽ということが、渡部には我慢ならない。その著作をたぎり返る憤怒が貫いている。」
「一以って之を貫く」の結びのこの一行は、渡部の著作に対する最高の賛辞です。

渡部富哉は、定説や権威にひそむ誤謬やおごりを徹底的に暴く反骨の人です。反骨の読書人・河谷史夫が、反骨の社会運動研究家・渡部富哉を顕彰す、という一編です。

囲碁仲間の最長老がこのように称揚される、嬉しいかぎりです

実は、ここで称揚されている渡部富哉さんは、呆け天が何十年とつきあっている囲碁・飲み仲間の最長老です。こういうふうに、知っている人が褒められると、嬉しいもんですね。
20数年前に三鷹の碁会所で出会った縁です。囲碁のあと、少ない時は3〜4人、多い時は10人くらいが、居酒屋に繰りだす。「ああ打てば勝っていた」などと囲碁談議に花を咲かせる。ときに仕事や人生で「疲れた」だの「しんどい」だのと泣きをいれるのがいると「バカ野郎!オレなんざ、いちばん大事な仕事は60過ぎてからやったんだ」と喝をいれる。これを読めと『偽りの烙印』をわたされる。読めば、「ほーか、そがーなことがあったんか」と呆気にとられる。この本を読めば、右だろうが左だろうが、広島出身だろうが秋田出身だろうが、誰だって驚きます。枯れない最長老、というポジションの人です。
ことし、米寿を迎えた長老は、意気軒高として「もう一冊書きたいことがある」と宣言しています。どこからそんなエネルギーがわいてくるのか、そばで見ていても不思議です。

反骨の読書人の、歯に衣着せぬ時評=書評に、乾杯。
持つべき友はみな、本の中で出会った (本に遇うIII) -  偽りの烙印―伊藤律・スパイ説の崩壊 -  白鳥事件 偽りの冤罪 -
河谷史夫『持つべき友はみな、本のなかで出会った 本に遇うV』言視舎、2016年、2200円+税。
関連:2015年4月7日、花見囲碁、日本スペイン友好対局http://boketen.seesaa.net/article/416802385.html
2016年8月14日、伊藤淳『父・伊藤律 ある家族の「戦後」』http://boketen.seesaa.net/article/441029380.html
posted by 三鷹天狗 at 09:10| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

神奈川・松田町に河津桜を見に行く

先週の朝のニュースに、神奈川・松田町の河津桜が満開という映像が流れた。なんて美しい。一週間遅れで見学に行きました。
着いて驚いたのは、「桜まつり」会場の西平畑公園からの雄大な富士山。
河津桜.jpg 河津桜7.jpg
これだけで、来た甲斐がありました。
そうか、松田町とか小田原って、こんなに富士が近いのか。
桜のピークは過ぎたようで、桜の花びらが敷きつめられた山道をのぼるという感じの花見になりました。
それにしても、雲一つない青空に屹立する富士の頂上から、風にあおられて雪が飛んでいる風景の美しさ。絶景ポイントとおぼしきところで画帳をひろげてスケッチをはじめたら、地元の方が声をかけてきました。
「ねぇ、その頂上の雪が風で流れる感じ、いいでしょう」
「そうですね。こんな青空でも、頂上あたりはよほど風が強いんでしょうね」
「あなたが描いてるその川は、酒匂川。川向うが山北町、こっち側が開成町です。あの山裾から上に霞んで見えるのが南足柄」
「残念ながら、桜はピークを過ぎたようですね」
「そぅ、先週が満開だった。いつもの年より、一週間くらい早い感じがする。昨日の風で、盛大に散っちゃった。だけど、染井吉野とちがって、全部散ってあとはなにもないという感じじゃないでしょ」
「そうですね。しっかり咲いている木もたくさんありますね」
「そうなんです。それが河津桜のいいところで、一ヶ月くらいは楽しめます」
「ここの桜はむかしからあるんですか」
「いやいや、最近のことです。そもそも静岡の河津というところで第1号がつくられてからだってまだ5〜60年しかたっていないんです。ここの桜まつりもまだ19回目です」
同年配とおぼしき男性と、いろいろと話がはずみました。
左手をみれば相模湾、右手をみれば富士山と箱根連山という雄大な景色。子ども館の雛のつるし飾りや、道ばたの石仏にも、風情があります。
松田町の河津桜に、乾杯。
河津桜6.jpg 河津桜5.jpg
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2月21日(火)11:00〜14:00 快晴。小田急線新松田から徒歩約20分。テント張り屋台で昼食。
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2017年02月23日

田中圭一『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』

「うつは心の風邪ではない。ガンだ」(一色伸幸)という指摘

漫画家田中圭一が、自分自身と、取材した17人の人たちの「うつ病脱出経験」を作品にしたもの。オビの「私もこうして『うつ』をぬけました」の中に、なんと、あの内田樹の名もあります。田中は「手塚治虫パロディ」で有名な漫画家らしい。全体にブラックジャック風の雰囲気があります。クッキリした明るい描線で読みやすい。

10年近くうつ症状に苦しむ田中は、生きるのがつらくてたまらない。自分に対して「ボクが50歳を迎える日に自殺してあげる」そして生きる苦しみから解放してあげると約束までしていた。
うつ病の苦しみが、ナメクジの妖怪のような姿で表現されているのがみごと。ねばねばした、まとわりつく感触がきもちわるい。マンガだからこそのリアリティです。
その苦しみから田中が抜けだしたのは、二つの方法による。
一つ目は、自分を好きになる暗示をかける。
朝、めざめたら「ボクは自分が大好き」とねぼけまなこでとりあえず言う。これを3週間続けたら、暗鬱な気分が次第に消えていった…。
これには、さすがに自分自身で「こんなの凡百の自己啓発本にだって載ってますよ」とツッコミをいれています。しかし、田中の場合はこれがうつ脱出の方法になった、それでいいのだと思います。きっと田中と同じ方法が効く人もいるはず。
二つ目は、うつのぶり返しへの対処。
せっかく抜けたと思ったうつ症状がぶり返してきた。このぶり返しが、季節の変わり目の、はげしい気温差がある日におこることを、自分でつきとめていく。ネット検索したら、気圧がさがるとダメとか、気温がさがるとダメというような人がたくさんいる。「からくりが分かったことでいっきに霧が晴れた」というイラストが晴れやかです。

これはあくまでも自分のケース。人によって、うつの発症のしかたも、トンネルの脱出のしかたもそれぞれにちがう。
そのことを、ゲームクリエイター、編集者、ミュージシャン(大槻ケンジ)、元高校教師、AV監督(代々木忠)、作家(宮内悠介、熊谷達也)、精神科医(ゆうきゆう)、脚本家(一色伸幸)、外資系OL、サラリーマンなどさまざまは人たちのケースで見ていきます。
このごろ認知症のことに関心がいきがちな呆け天は「人は、その人であるように呆ける(別人格になるわけではない)」という考えに到達しています。うつ症状も同じことのようです。人は、その人固有のうつになる。脱出もその人固有の方法でなされる。
その人固有の方法でうつから抜けたみなさんから、印象にのこることばがたくさんでてきます。
精神科医ゆうきゆうの「ネガティブな自分は優秀なのである」という自己肯定。ものごとを悪い方に考える人は危機を回避しやすく生き残る確率が高い。太古にそうやって生き残った人たちの子孫が、私たちなんです。意表をつかれる逆転の思考です。いいなあ、この自己肯定。
内田樹の「脳を休ませて身体の声を聞く」。脳内物質のバランスが狂って、その「狂い」に身体がつきあわされているのがうつ状態。そうなったときは、身体から脳に働きかけて正しいバランスに戻す。合気道の武道家である内田ならではのことばです。そういえば、呆け天も、30〜50代に剣道に打ち込んでいるときは、浮き世の些事を忘れられたなあ。
脚本家一色伸幸の「うつは心の風邪なんてなまやさしいもんじゃない。うつは心のガンだ」には驚きました。なにそれ、死ぬまで治らないっていうこと?というリアクションをうむ言葉ですが、一色の言いたいことはそこではない。
「うつは心の風邪、誰でもかかる」ということばで、うつに対する社会の認識が広まったのはいいが、それは「風邪ぐらいで休むんじゃないよ」という別のプレッシャーを生む。一色は、うつが「心のがんだ」という認識が広まれば「なにやってんだ。すぐ入院しろ」という反応に変わるだろうというのです。なるほどねえ。
ブラック企業でうつ状態においこまれ自殺する若者たちには、きっと「心の風邪くらいで休んでんじゃねえよ」という罵声が浴びせられていただろうなあ。あるいは、自分で自分をそのことばで追いつめていたかもしれない。
うかつに「心の風邪」ということばをいわないように注意しなくちゃいけないと教えられました。

「あの時ボクはうつだった」の印象的な挿話

田中のうつ体験で、目的の駅を乗りこしてしまい、次の駅で降りて反対側のホームから戻る電車に乗ったのに、また乗りこしてしまった、とういうのがあります。つまり、目的駅でおりたくないわけです。
これは私も体験があります。むちゃ面白い小説を読みふけって、通勤駅を2〜3駅過ぎてしまった。「いけねッ」と乗り換えて反対の電車に乗ってまた読みふけり乗りこしたことがあります。
そうか。あれは小説が面白すぎたからではなく、仕事に行くのが嫌だったのか。フーム。いったいいつのことだったか。

「うつ」に関する、ふかくひろく、しかも明るい考察に、乾杯。
うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち -
田中圭一『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』角川出版、2017年、1000円+税。
posted by 三鷹天狗 at 10:24| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする