2017年01月31日

さだまさし『笑って、泣いて、考えて。ー永六輔の尽きない話』

焼跡・闇市で、永六輔と渥美清が不良仲間だった?

2016年7月7日に亡くなった永六輔の「最後の対談」というキャッチフレーズの本です。
永は、さだまさしのことがよほど気に入っているようです。おもいつくまま気のむくままに語っている。昔のようにはアタマも舌もまわらないもどかしさを隠すこともなく、もどかしさのままに、語っている。

どこかで聞いたような話も多いのですが、少なくとも次の二つは初耳でした。
ひとつは戦後の焼け跡のなかで、永六輔や不良仲間たちが鉄くずを拾い集めて持っていくと「怖いあんちゃんが全部お金に換えてくれた」「それを取りまとめていた仕切り屋が、田所康雄という」。いうまでもなく、田所康雄は渥美清の本名です。
きっと有名な話なんでしょうが、私ははじめて知りました。
話の続きで、お巡りさんが田所に「お前の顔は悪いことをするのに似合わない。一度見たら忘れられない」と言ったというのは、渥美本のなかに必ずでてくる有名なエピソーなので知ってましたが。
渥美は1928年生まれ、永は1933年生まれで年の差は5歳か。14〜5歳の永少年と仲間たちが拾い集めたり盗んできた鉄くずを、20歳前後でテキ屋の若いもんかなんかをやっている「怖いにいさん=渥美清」がカネに換える。信じられないような出会いです。
もうひとつが、清朝の残党から「清朝再興に協力してくれ」と頼まれ、台北までいって張学良の息子とも会い、「深紅の琥珀の指輪」をもらったという話。
なにもウソをつく必要のない対談なのですから、実際にあったことなんでしょう。中国の謎は深い。

永六輔は「遠くへ行きたい」「上を向いて歩こう」の作詞者というだけで、わたしたちの人生に深くかかわっています。平易な、日常のことばで綴られた詩が、10代だったわたしたちの心に深くしみ込んだ。
「夢であいましょう」のプロデューサー。ベストセラー『大往生』をはじめ『職人』『芸人』など数えきれないほどの著作。ラジオの名パーソナリティ。鯨尺復興運動。小沢昭一、野坂昭如との「中年御三家」という活動もありました。
とらえどころのないほど巾のひろい活動の基軸には、スジガネ入りの反戦平和主義がありました。

那覇のホテルでみた刺し子の作務衣姿

もう何十年前になるのかも定かではないが、沖縄旅行で泊まった那覇のホテルでコーヒ―を飲んでいたら、すぐ近くの席に、刺し子の作務衣姿の永六輔が座ったことがあった。身軽な一人旅という雰囲気でした。きっと「沖縄ジァジァン」にでも出演したんでしょうね。
本書の「対談後記」でさだは、「大和の人間として、沖縄には借りがある」というのが永の口ぐせだったと記しています。

こころに残る作詞の数々、反戦平和への尽きせぬ思いと活動に敬意を表して、献杯。
笑って、泣いて、考えて。 永六輔の尽きない話 -
さだまさし『笑って、泣いて、考えて。ー永六輔の尽きない話』小学館、2016年、1000円+税。
posted by 三鷹天狗 at 11:23| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月29日

映画『標的の村』羽村上映会に参加

すばらしいドキュメンタリー映画。高江の人々の、暮らし、苦悩、怒りに、胸うたれる。

1月28日(土)羽村で行われた「オキナワ映画 西多摩上映会」に参加しました。西多摩で平和運動・地域運動を続けておられるみなさんがひらいた上映会です。
『標的の村』(三上智恵監督、琉球朝日放送制作、2013年)、初めてみましたが、あんまりすばらしいドキュメンタリー映画で、驚きました。90分間、完全にひきこまれます。
標的の村1.jpg 標的の村2.jpg
ひきこまれる第一は、安次嶺(あしみね)現達さん一家の暮らし約4年間の、ていねいな描写です。夫婦と6人の子どもが、高江の森の中で暮らしている。野菜を育て、とれた野菜を使った「森のカフェ」を開いている。村を取り囲むようにつくられるヘリパッド計画に、一家をあげて反対する。「ヘリパッドいらない住民の会」の座り込みに対し、国は「通行妨害禁止」を求める仮処分の申し立てをし、なんと安次嶺さんの7歳の長女までが被告にされた。
アメリカでは、国や力のある集団が弾圧・恫喝目的で、非力な集団や個人を訴えることをSLAPP(スラップ)裁判と呼び、多くの州で禁じている(strategic lawsuit against public participation、威圧訴訟、恫喝訴訟)。
日本では、国が7歳の童女を訴える(しかも彼女は座り込み現場にさえ行ったことがない)。
11歳になった少女は「お父さんとお母さんががんばれなくなったら、わたしがひきついでいく」とカメラに向かって語る。泣けます。
安次嶺一家を柱に、木工師の伊佐真次さんなど、高江の住民のみなさんが、暮らし、座り込み、行政の説明会で涙ながらに抗議する姿が、ひしひしと胸に迫ってきます。
1960年代に高江は「ベトナム村」として、米兵の「ベトコン掃討作戦」のモデル村にされ、黒いベトナム民族衣装、円錐形の笠(ノンラー)をかぶった姿で「ベトコン」を演じさせられて歴史を持つ。
『標的の村』という映画のタイトルは、この歴史に由来している。高江を取り囲むようにヘリバットを作るのは、オスプレイの訓練の「標的」の役割りをもたせるためだ。

ひきこまれた二つめは、2012年9月28日の夜から22時間、普天間基地を完全封鎖した沖縄のみなさんの闘いです。
オスプレイ配備に抗議する10万人集会の直後に電話一本でオスプレイ配備を通告してきた日本政府(当時の政府は、野田民主党政権)。怒った沖縄県民が台風をついて普天間基地ゲートに座り込みはじめる。22時間にわたって基地が封鎖された。
えんえんと続く機動隊との攻防、座り込んだ女性が歌う安里屋ユンタの哀切なしらべ、政党の垣根をこえた全沖縄の抗議行動の先頭には翁長那覇市長(当時)の姿もみえる。
そうか、本土では民主党の腰砕けで国民の政治の変革への希望が崩れ去っていったあの年に(2012年12月衆院選で自民党が圧勝)、沖縄では「オール沖縄」が萌芽していたのか。衆院選でも、全国の流れとはまったく逆に、沖縄選挙区で自民候補は全員落選した(ただし比例代表で復活)。
米軍と日本政府のやりたい放題のまえでは、どんな抵抗もムダにみえる。しかし、沖縄の歴史には、古くは昆布闘争(1)、安波のハリアーパッド(2)、25年前には恩納村に実弾訓練施設阻止(3)など、体をはった闘いで勝利した歴史がある。
普天間基地は、沖縄の人々の実力行使で封鎖できることが実証された2012年の闘い。必ずや再現されると予感します。

監督の三上智恵は、雑誌『沖縄から未来をきりひらく』(歴史地理教育2016年3月号)のインタビューで、「沖縄を苦しめているものの正体を問う」と題し、とても重要な指摘をしています。
いま日本人は「中国が軍事力を強化して日本に攻め入るんじゃないか」ということを心配している。
「でも、日本の軍事費が5兆円に伸びて、中国にいちばん近い沖縄に自衛隊が使う出撃拠点ができ、宮古島と石垣島に自衛隊のミサイル基地を作る。どっちが危機を煽っているんですか」。
辺野古の新基地と宮古・石垣の自衛隊基地新設が、中国の人々にどう見えるか。これは、ジャーナリズムも学者も政治家も指摘していない視点です。冴えてます。次の作品も見たい。
標的の村3.jpg 標的の村4.jpg三上監督

西多摩のみなさんの、ねばり強いたたかいに敬意。

集会には7〜80人もの方が参加しています。ちょうちんデモの会の平田さんの現地報告、沖縄一坪反戦関東ブロック大仲さんのアピールが行なわれました。集会参加者の方からも、横田基地の撤去を求める西多摩の会の方の座り込み行動へのよびかけ、平和大好き多摩市民の集いの講演会案内、青梅での映画「日本と原発」上映会の案内など、さまざまなお話がありました。地域にふかく根ざし、何年、何十年にもわたって持続している西多摩のみなさんの活動に、敬意を抱かずにはいられません。

沖縄のたたかいを、口コミで、上映会で、講演会で、さざなみのように広げ、伝えていく。
西多摩のみなさんの活動に、敬意を表して、乾杯。
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「オキナワ映画 西多摩上映会」2017年1月28日(土)13:30〜17:00。羽村産業福祉センター。
よびかけ:郵政ユニオン多摩地方支部、ピースサイクル三多摩ネット、アイム'89退職協、福島子ども支援プロジェクト・西多摩。
※(1)昆布闘争:ベトナム戦争中の1966年1月、米軍が具志川市・昆布集落の土地約8万2000平方メートルの接収を計画した。闘争小屋での阻止行動など5年間の闘いで、71年3月に計画を断念させた。
※(2)安波のハリアーパッド:1987年1月、在沖米軍海兵隊は、北部演習場内の安波ダム近くで、ハリアー基地建設工事を始めた。国頭村は、ただちに建設反対を決議。地区ぐるみの反対運動に立ち上がり、工事現場で米兵らと乱闘。米軍は工事を中止した。
※(3)恩納村の実弾訓練施設阻止:1989年恩納村に都市型の実弾訓練施設が作られることになり、村民の24時間体制の抵抗で計画を断念させた。
posted by 三鷹天狗 at 12:00| Comment(0) | 沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月27日

『オール読物』2月号藤沢周平特集

阿川佐和子・遠藤展子対談、後藤正治ルポなど、読みどころ満載

『オール読物』2月号が、「藤沢周平没後20周年総力特集 藤沢周平の美学」と題して、楽しい企画を読ませてくれます。嬉しいなあ。
阿川佐和子・遠藤展子(のぶこ)対談「″作家の娘″に生まれて」。
藤沢周平の娘・展子は、『藤沢周平 父の周辺』(2006年)出版のときに、週刊文春の対談「阿川佐和子のこ人にあいたい」に、でています。
ずいぶん前の対談ですが、展子の「阿川佐和子にわたしが会いたい」という名セリフが、いまでも記憶にあります。阿川は、初めてインタビュー稼業に進出したとき藤沢宅を訪ねている(『あんな作家こんな作家どんな作家』)。そのころすでに阿川のファンだった展子は、父に阿川のサインをねだった。インタビューが終わったら、藤沢が恥ずかしそうに阿川にサインを頼んだ(ありえん)。
藤沢周平は、初めての妻の忘れ形見ともいうべき展子を溺愛していたようです。展子は、家に帰ると執筆中の父の部屋に入り、その日に学校であったあれこれを父にかたるというのを、高校生までやっていたという。父は、一度たりとも、うるさがったりめんどくさがったりしたことがなかった(ありえん)。
たいする阿川は、父が執筆中は物音をたてないように育てられた。まだ幼いころ、兄とひそひそ声で話していたら「気配がうるさい!」と怒鳴られたエピソードを語っています。
確かに、『強父論』に描かれる、わがままで横暴な作家・阿川弘之と、『藤沢周平 父の周辺』『父・藤沢周平との暮らし』の2冊に描かれた、一度として声を荒げる姿をみせたことがなかった藤沢周平は、対照的すぎます。
展子が家出したことがあり、それを職場に伝えた妻・和子に「ただですむと思うなよ」と藤沢周平が言ったという。拝むようにして一緒になってもらった妻にそのセリフ。ありえん。和子への遺書に「展子をたのむ」という一節がある。結婚して子供までいる娘を。さすがにそれについては展子自身が「それは違うでしょ」と思ったらしい。
藤沢周平の、おだやかで、バランスのとれた人柄・作風のなかに、一点かたよったところがあり、それは若くして死んだ最初の妻・悦子への想いです。もし小説というはけ口がなかったら、生きていることもできなかったほどの傷です。その想いが、忘れ形見・展子への溺愛となって噴出する。その人間くささが、また藤沢周平の魅力です。

後藤正治「藤沢周平への旅路ー娘・展子と家族たち」には驚きました。
あの『遠いリング』『清冽』の後藤正治です。当代一のノンフィクションの書き手が、遠藤展子とその夫・崇寿、息子・航平の一家について、おだやかな(ある意味ぬるい)、ほのぼのレポートを書いている。それだけで魂消ました。この仕事を引き受けたというのは、後藤がどれほどの藤沢ファンだったか、ということでしょう。
三屋清左衛門残日録で、派閥抗争には距離をおく清左衛門が、徐々に遠藤派に肩入れしていく成り行きを、夫婦で、わたしたちに配慮してくれてるのかしらと笑ったという。なるほどねえ。
三越の藤沢周平展の企画、なかでも、数十点の作品のなかの数行を抜き出してパネルにしたその選択のみごとさにうなりました。「監修:鈴木文彦 遠藤崇寿 藤沢周平事務所」とありましたが、なるほど、あの選択は娘婿の遠藤崇寿がやったのか。このルポによれば、崇寿は藤沢周平の娘とは知らず展子とつきあいはじめた。結婚後、大学に入りなおして学芸員の資格をとり、鶴岡市立藤沢周平記念館の設立に深くかかわった。現住所の杉並に藤沢周平事務所を構え、藤沢関係資料の第一人者になっている由。すばらしい。あのパネルの数行の選択をみるだけで、力量が伝わってきます。ぜひ、藤沢周平研究の本を書いてほしい。
後藤は「困難に直面しつつなお、秘めたる矜持をもつ」人々がいる限り、藤沢作品は愛されつづけるだろうとルポを結んでいます。確かに。そういえば後藤の描くルポルタージュの主人公も「秘めたる矜持」を抱くひとたちです。

高野秀行が、アジア・アフリカの深奥部で藤沢作品を読む

「私の一冊」と題して、林家正蔵など6人の人たちがいちばん好きな作品をあげている。
高野秀行も書いていて、アフリカやアジア深奥部に出かけていくとき、藤沢作品が心のバランスにいちばん良いのだそうだ。なるほど、分かるようなきがします。日本を持っていってることになるんでしょう。高野があげたのが『麦屋町昼下がり』で、シブい。わたしもとても好きな作品です。
他の人があげた作品もぜんぶ「そうそう、そこがいいんだよね」と納得できるものばかり。ファンクラブの楽しさ、ここにきわまれりです。

藤沢周平が好きな人たちの、作品讃歌のすべてに、乾杯。
オール讀物 2017年 02 月号 [雑誌] -
『オール読物』2月号藤沢周平特集、980円+税。
関連:2017年01月13日「没後20周年記念 藤沢周平展」http://boketen.seesaa.net/article/445877050.html
2014年05月13日、後藤正治『清冽ー詩人茨木のり子の肖像』http://boketen.seesaa.net/article/396920525.html
2014年10月02日、阿川佐和子『あんな作家こんな作家どんな作家』http://boketen.seesaa.net/article/406404578.html
posted by 三鷹天狗 at 11:57| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする