2016年09月30日

新海誠『君の名は』

いやあ、場違いでした。年寄りはわたし一人の環境で見る破目に。

知り合いの50代女性が「高校生の息子と『君の名は』を見たらとっても良くて、泣きました」などと言っているのを聞いて、あっそう、じゃあ行ってみるかと気楽に出かけました。シルバー値段1000円というのは、ホントにいいですね。
平日昼のTOHOシネマ府中が、なんと高校生・大学生らしき若者たちで満席。キミたち学校はどうしたの。中学生もチラホラいるような感じもします。
70爺さんはどうみても私ひとり。

映画は、とにかく美しい絵で、ありえない純愛を描くという、中学生・高校生にきっちり的を絞ったアニメでした。
大ヒットしてるとのことで、アニメとしての評価もたかいようです。
千年周期の彗星がやってくるというスケールの大きな設定。男女の高校生が入れ替わってしまうという『転校生』(大林宣彦)以来おなじみのオハナシ。そして3年前へのタイムスリップというSF仕立て。この三つを重ねる、ムリありすぎのストーリーですが、運命の出会いの切なさと、ふきこぼれるような三葉の涙でどんな問題も解消。左右の席の若者たちも盛大に泣いていました。

ひとつだけ、どうしてもひっかかったのが、瀧(男子高生)が入り込んでいった三葉(女子高生)の世界と、三葉が入り込んできている瀧の世界には三年のタイムラグがあるということに、どうして二人が気づかないのかということです。
ふたりともスマホを使いこなし、アルバイトで忙しいとか、居間ではTVが流れているとかしているのですから、瀧が「あれ?カレンダーが三年前だ」となぜ気づかないのか、三葉が「私は三年未来に来ている」となぜ気づかないのか。いくらなんでも不自然。
ま、そいうこというから嫌われるわけで、「そんなものは永遠の愛があればどうでもいいんだよ」というのが中高生の感覚でしょうね。

宮崎アニメのファンであるじいさんからいわせると、新海監督は宮崎アニメの後継者ではありません。本人もそんなことは望んでもいないでしょう。
宮崎アニメの根底には、もがき抜いたような、人間と人間社会への洞察があり、諦念があり、それでも消せない希望があります。
一作しか見ないでいうのもなんですが、新海監督は、現実の人間社会への関心が極端に薄いのでは。あるいは「んなこと、どうでもいいっしょ。絵さえ美しければ」という人なのでは、と感じました。もちろん、それもありです。

『君の名は』の美しい映像に、乾杯。
新海誠監督作品 君の名は。 公式ビジュアルガイド -
新海誠『君の名は』9月12日TOHOシネマ府中。
付記:全面肯定ではないのでUPをためらっていたら半月以上も過ぎました。興行収入が100億円を超えたというニュースも流れたりしているので、お祝いの意をこめてUPします。
posted by 三鷹天狗 at 07:15| Comment(0) | 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月28日

河出書房新社編『マンガがあるじゃないか』

著者29人の熱さに圧倒される。14歳へのメッセージ。

河出書房新社がだしている「14歳の世渡り術」というシリーズの一冊です。
作家や学者、声優、俳優、お笑い芸人など、さまざまな職業の29人が、中学生に向けて「こんなにすばらしいマンガある。ぜひ読んでみて」と語っています。
その語り口が熱い。
若者向けに、この本読んでみて、この映画おすすめだよというような本はたくさんあるでしょうが、マンガをかくも熱く語っている本は初めて読みました。

「働き、恋する女子のためのアイドル」と題して、光浦靖子(オアシズ)が『エースをねらえ』(山本鈴美香)をすすめる。
光浦は、たまたま受けたオーディションにうかり、下積みゼロで芸人生活が始まってしまった。失敗、挫折の連続。いっそ食中毒にでもなれば明日の仕事が休めるとまで追いつめられる日々の中で、『エースをねらえ』を読むと「拳がぎゅーってなる感じ」でがんばれたと熱くかたります。
主人公ひろみに好意を寄せる藤堂先輩を諭すために宗方コーチが言った言葉、「男なら女の成長をさまたげるような愛し方はするな」を素晴らしい!と讃えます。
「世の中の男性たちには、まずこの言葉を噛みしめ、意味をよーく考えていただきたい。はー。こういう考えの男が増えたらいいなー。」

「人間は変化する」と題して、中野京子(作家)が『火の鳥4鳳凰編』をすすめる。
悪のかたまりのような主人公・我王と、ライバルにして善人の茜丸が、同じ彫刻家(仏師)としての相克ゆえに善悪が入れ替わる、恐ろしい人間ドラマであることを簡潔に要約していきます。
「人間性の複雑さと面白さ」たとえそれがすぐには理解できなくとも「とりあえず感じるだけでいい」から読んでほしい、「感じたところから考えはじめるまではすぐそこす」と結びます。

「強さを哲学したバトル漫画の金字塔」と題して、飲茶(作家)が『グラップラー刃牙』(板垣恵介)をすすめる。
男の子であればだれでも好きなバトル漫画には、宿命的な問題がある。第1話で最強の敵を倒すと大人気となり、第2話、第3話と果てしなく強い敵を登場させなければならない「強さのインフレ」が発生し、やがて物語としても破綻し、読者も去っていく。
『刃牙』は、「強さを哲学する」という、これまでのバトル漫画になかった視点をもちこむことで破綻をまぬがれた。「バトル漫画でありながら、『強さ』という概念をひたすら追求した一種の哲学書だ」と言いきっています。
飲茶というペンネームもかなりユニークですが、この人の書いた他のものも読みたくなる一編でした。

ヤマザキマリが『河童の三平』(水木しげる)を、高野秀行が『プロゴルファー猿』(藤子不二雄Ⓐ)を熱く語り、中学生にすすめています。
マンガ評論とは一味ちがう、このマンガはわたしの人生にこんな影響を与えたという、人生論にもなっています。

「マンガがあるじゃないか」というタイトルがいい

14歳といえばいわゆる「中2病」の年代のこどもたちですね。
もはや自分が14歳だったころはおぼろだが、自意識過剰になる時期の、独特の不安定感は微かに記憶にあります。この年代の子どもにとって、マンガが救いや希望になりうることは、よく分かります。
いろいろたいへんで、惑うことも多い日々だろうが「マンガがあるじゃないか」という先輩からのメッセージ、とどいてほしいものです。

マンガを愛する大人から、14歳の少年少女への熱いメッセージに、乾杯。
マンガがあるじゃないか (14歳の世渡り術) -
河出書房新社編『マンガがあるじゃないか』河出書房新社、2016年、1300円+税。
関連:2016年07月18日、荒俣宏・編著『日本まんが』http://boketen.seesaa.net/article/440077494.html
posted by 三鷹天狗 at 14:00| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月26日

竹村公太郎『水力発電が日本を救う』

なんとしても実現してほしい提言。「今尊徳」と勝手に呼ばせてもらいます。

「雨は日本にとっての『油田』だ」という指摘、なんてすばらしい。
素人のわたしにも、ストンと胸におちる提言が満載です。国会議員たちにとどいているのかなあ。
自分のアタマの良さをひけらかす空理空論も、「ダム屋」の我田に水を引くという私欲もない。
エネルギー問題についてはこういう解決策がありますという、実務的な、実行可能な提言だけが書かれています。

1、雨は日本にとっての『油田』
一世紀以上前の1898年(明治21年)に日本を訪れたグラハム・ベル(電話の発明者にして、地質学者)は、「日本は豊かなエネルギーを保有している」「豊富な水資源を利用して、電気をエネルギー源とした経済発展が可能」とスピーチしているという。
科学者の予言能力というのは、すごいものですね。
アジアモンスーンの北限に位置し、海に囲まれ、高い山を有する日本の地形が、大量の雨という恵みを日本にもたらす。
山は、雨のエネルギーを集める装置だ。日本列島の約7割が山地であり、この地形が雨をエネルギーに変えてくれるインフラとなる。
そして ダムは雨のエネルギーを貯蔵する装置だ。日本は近代化の過程で、巨大なダムをたくさん作ってきた。水源部である山地に住む人々の故郷をまるまる水の底に沈めるといった大きな犠牲を強いて、都会と工業地帯に電気を送って来た。
大量の雨、高い山、すでに作られているダム。
この三つが、これから先100年、200年の日本のエネルギー問題を解決する。雨は日本にとっての、尽きることのない「油田」なのだ。

2、日本のダムは、水を半分しか貯めない
近代化の過程で日本各地に作られた巨大ダムは、貯水能力の半分しか水を貯めていない。それは、ダム管理の大元である「河川法」の第1条・目的が、「治水と利水」になっているからだ。河の氾濫に備える治水のために、急な大雨がきても大丈夫なように半分あけておく。だから発電能力(利水)の半分しか活用されていない。
なんじゃそりゃ!というようなもんですが、それが現実だそうです。
竹村は、50年以上も前の法律で21世紀のいまに通用しなくなっている法律を変えればいい。第1条の目的を、治水、利水、環境保全という現在の文面に「河川のエネルギーは最大限これを活用しなければならない」とつけ加えたものにすればいいという。
そうすれば、手持ちのダムと技術だけでも状況は大きく変わっていく。

3、かさ上げ工事、発電してないダムでの発電、小型水力発電など、アイデアは満載
竹村によれば巨大ダムは自然の岩盤と一体化した構築物で、ほぼ永久的に壊れないように作られている。このダムを10%かさ上げし、能力フル活用と法律を改めれば、発電量は2倍になるという。
加えて、治水目的のためだけに作られたダムに発電もさせる、小型水力発電をいたるところに作るなどのアイデアを駆使すれば、日本のエネルギー問題は解決できる。制御できない原発に頼る必要もなくなる。
竹村は「私には原子力を否定する気持ちも、火力を否定する気持ちもない」「ただ、言いたいのは、50年後、100年後、200年後の日本にとって、水力発電は必ず必要になる」と語っています。

4、「小水力発電の利益は水源地域に」原理の提言
実務の人・竹村の真骨頂は、自分のアイデアを実現する法整備、ビジネスモデル、リスク管理、コスト管理まで、徹底的につきつめた提言になっていることです。
ダム屋として三つもの巨大ダムを責任者として作り上げた経験から、「小水力発電の利益は水源地域に属する」という原理が提言されます。
目のさめるような提言です。
それしかないし、そうすることで、ぜんぜん違った日本の未来像が見えてくる。分散型エネルギーに基づく、分散型地方自治体の活性化です。
やはりこの人は、現代によみがえった二宮尊徳翁です。勝手に、今尊徳と呼ばせてもらいます。

竹村は、現在の1億2千万人の人口が、21世紀には8000万人に減少することを、危機でもなんでもなく、良いこと、当然のことであり、成長型の社会から持続可能型の社会に変わっていくしかないと説きます。
世界中が、過去の急速な近代化の歪みを認識し、修正しようとして模索している。日本の水力発電こそ、「歪みの修正」のモデルとなり、近代化途上のアジアの国々にとっての見本になりうると結びます。エライ!

人類史とエネルギーの変遷についてのハナシも興味深い

一章分をさいて、人類史をエネルギー源の変遷から読み解いているのも楽しい。
木材に頼っていた時代に、森を切り尽くし、砂漠化させていった人類。石炭の発見で産業革命がおき、石油の発見が自動車とジェット機をうみだす。
日本をみれば、奈良から京都への遷都は奈良周辺の木を切り尽くしたからだし、江戸の命運も木が尽きはじめたことによる。明治のはじまりと石炭発掘は幸運だった…。こういうハナシ、秋の夜長に酒を飲みながら、いつまでも聞いていたいですね。

今尊徳=竹村公太郎の、警世の書に、乾杯。
水力発電が日本を救う -
竹村公太郎『水力発電が日本を救う』東洋経済、2016年、1400円+税。
関連:2014年07月10日、竹村公太郎『日本史の謎は地形で解ける<文明・文化篇>』http://boketen.seesaa.net/article/401411764.html
posted by 三鷹天狗 at 09:51| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする