2016年08月31日

村田沙耶香『コンビニ人間』(「文藝春秋」9月号)

良かった、芥川賞受賞作品にも傑作はある

第155回芥川賞受賞作品です。
主人公の古倉恵子は36歳。大学1年生の時からはじめたコンビニエンスストアでのアルバイトを、今も続けている。
アルバイトの初日、研修で教わったとおりに大きな声で「いらっしゃいませ」と叫んだ時に、「はじめて世界の部品になることができた」と実感した。「私は今自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。」
小中高と、まわりとの関係、家族との関係がいまひとつしっくりいかない「変人」ポジションにいた女の子が、コンビニのマニュアル通りの表情、動作、発声をしてみたら、カチリと社会にはまった=正常な部品になったと感じた。
それから18年、コンビニのアルバイトとして機嫌良く働いている恵子に、さまざまなプレッシャーがかかってくる。
まともな就職は?恋愛は?結婚は?
賢い妹に教えられた「体調が悪くて」という言い訳ひとつで、世間は納得してくれていた。
ところが、アルバイト仲間としてあらわれた白羽という30代男性の言動が、恵子の暮らしに微妙な変調をもたらし始める。
自分もその一員であるコンビニのアルバイトに「終わっている」「底辺」「恥ずかしくないのか」などあらゆる呪詛をなげかける。遅刻する、仕事できない、女性客のストーカーになる。ダメ人間の見本のようなこの男を、恵子は放っておけなくなる…。

いやはや、傑作小説です。
選者のひとり小川洋子は「社会的異物である主人公を、人工的に正常化したコンビニの箱の中に立たせた時、外の世界にいる人々の怪しさが生々しく見えてくる」と評しています。さすが、ふつうの人間の中にひそむ「怪しさ」を書き続けている作家です。本作の核心をずばりと言い表しています。

呆け天はここのところ連続して芥川賞受賞作品をつまらないと感じ、もしかしていまどきの小説を読む感性が鈍くなっているのかと、少し心配にもなっていました。
ほっとしました。こういう傑作小説が現われる。芥川賞=つまらない小説という等式は、崩れました。

著者本人もかなりユニーク

著者の村田沙耶香自身が、コンビニ店員として今も働いている。これに目をつけたセブンイレブンが、コンビニでサイン会を開く、といったこれまでの文学作品にはなかった展開もおきているようです。
こういうニュースも楽しい。
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                            朝日新聞8月30日掲載
芥川賞受賞なのに、抜群におもしろい小説の誕生に、乾杯。
文藝春秋 2016年 09 月号 [雑誌] -
村田沙耶香『コンビニ人間』(「文藝春秋」9月号)950円
関連:2016年02月29日、青山文平『つまをめとらば』http://boketen.seesaa.net/article/434330174.html
posted by 三鷹天狗 at 09:30| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月29日

北村薫『中野のお父さん』

「闇の夜は吉原ばかり月夜かな」をめぐる薀蓄。

大手出版社文芸部の若い編集者・田川美希は、元大学バスケット部の体育会系女子。
中野に住む父は定年間近の高校国語教師で、美希が仕事がらみの難問を持ち込むと、スルリと解いてくれる。ミステリの世界では「アームチェア・ディテクティブ」(安楽椅子探偵)に分類される作品になるんでしょうか。
いまどきの日本では高校教師はけっこう激務だと聞きますから、本作の美希の父のように、ありあまる余裕で難問を解きほぐすなんてことがホントにできるかな、という疑念は湧きます。
しかし、そんなことはおもしろい小説の前ではどうでもいいこと。知的なナゾ解きの楽しさに満ちた、明るい連作短編集です。

全8編どれもが楽しい仕上がりですが、私が「ヘーッ」となったのは「闇の吉原」です。
作家と落語家の対談に同席した美希は、「文七元結」にでてくる「闇の夜は吉原ばかり月夜かな」の解釈をめぐる作家の薀蓄を聞く。
大工の長兵衛が、孝行娘のおかげで吉原の「佐野槌」の女将から借りることができた50両を、吾妻橋で身投げしようとする若い者にくれてやってしまうという、古典落語の一席です。
吉原から出て、吾妻橋にかかったあたりで長兵衛が吉原をふりかえる。
墨を流したような闇夜に、吉原の明かりだけが、ぼうっと闇を染めている。ここで次の一句が入る。
「闇の夜は吉原ばかり月夜かな」
わたしは「文七元結」にそんな句がでてくるとは、ついぞ知りませんでした。
落語家が「入れないやり方もあります。でもわたしは、これが好きなんです。」とハナシは続いて行きます。
すると私の聞いている志ん朝は、いれないやり方か、と手持ちのCDを聞いて確かめました。志ん朝は入れていません。なるほどなあ。それじゃあ知らなかったわけだ。
ついでに、YouTubeで見ることができる幾人かの落語家を聞いてみると、円生、円楽、喬太郎など、この句を入れる派と、志ん生、馬生、志ん朝、談志など入れない派に分かれているんですね。
古典落語は、演者によって細部が違うのは当たり前のこと、不思議ではありません。

一句は宝井其角の作で、常識的には「真っ暗闇の中で吉原だけが月夜のように明るい、盛っている」と解釈される。
ところが、この句をめぐって、幸田露伴による通常の解釈のひっくり返しがあった。「闇の夜は吉原ばかり」で切って、どんな明るい月夜にも、吉原だけは真っ暗闇の苦界だというのが正しい解釈と主張したのだという。
なるほどなあと感心させておいて、中野のお父さんはもういちどひっくり返す。
江戸時代の庶民にとって、吉原はスターのいる、輝いている場所だった。だから演者によっては「闇の夜に吉原ばかり月夜かな」と、意味がぶれないように演じる者もいる。(よく聞くと円生、円楽がそうでした)
結論は、どれが正しい解釈かではなく、解釈の多様性をこそ楽しもう、ということで落着させます。
いやはや、薀蓄も、こういうものなら楽しいですね。

読書=アタマの体操を実感させてくれる作品

読書の楽しみは多様ですが、この作品のようにアタマの体操をさせてくれるものもいいですね。殺人も、抗争も、裏切りも、騙し合いもないミステリ。あまりミステリを読まない呆け天でも、こういう作品なら楽しめます。

中野のお父さんの、あざやかな推理と、凝った薀蓄に、乾杯。
中野のお父さん -
北村薫『中野のお父さん』文藝春秋、2015年、1400円+税。
関連:2015年03月02日、美濃部美津子『おしまいの噺』http://boketen.seesaa.net/article/414905060.html
posted by 三鷹天狗 at 07:57| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月27日

西調布「雅(みやび)」に、囲碁・酒なかま参上

俳優・亀岡拓次の暮らす町で、秋田の酒・両関に酔う

他でもない西調布に、日本酒は秋田の酒「両関」しか置いていない小料理屋があります。
置いてある日本酒の多様さで客をひきつけるのが流行りのご時世に、全国的にはメジャーとはいえない「両関」一本で勝負するって、かなり大胆な考えです。
実は、囲碁・酒なかまのひとり I さんが、「両関」とは浅からぬ縁がある人で、湯沢からとりよせた「山廃純米」を分けてもらって飲んだりしています。あまりおいしくて、しばらく他の日本酒が一格オチに感じられて困るといった問題も生じます。
両関のホームページで、東京で両関が飲める店として紹介されているのが、「雅(みやび)」です。
I さんと二人で5月にいちど飲みにいき、両関純米酒を堪能しました。料理のうまさも抜群です。
そのとき、現在のマスターのお父さんが作られた店であること、その時代から日本酒は「両関」一本であることなど、さまざまなお話しをうかがいました。

囲碁仲間との酒席でそのことが話題にでて、「それでは一度のぞいてみたい」の声があり、行ってきました。台風騒動もおさまった8月24日、夕方6時に調布駅改札口に集合したのは5人です。
一駅で西調布。なんでも再開発の予定があるとかで、駅の北口は大きな空き地になっています。その先にある「西調布一番町」という飲み屋街の一角に、大きなのれん、しゃれた看板をだしているのが「雅」です。

全員、ひざや腰に問題がある客だと事前に電話でいっておいたので、畳の座敷ではなく、カウンター席8席中5席確保で飲みはじめました。
前回おじゃましたときには両関純米酒のおいしさに酔うのが主眼でしたが、今回は大人数でゆっくり飲みながら、あれこれと肴をたのんで、食べる方もたっぷり楽しみました。
実においしい。特に今回サイコーと感じたのは鮎のササ焼きです。鮎って、こんなにおいしい魚だっけと舌が驚いています。
他の肴もみな、マスターの神経の行き届いた仕事がしてあり、やはり「小料理」の看板が似合う店です。
良い店、うまい酒・肴、なかまたちとの談笑。のん兵衛にとって、至福のひとときです。

帰路の問題もあるので、2軒目は寄らずにほろ酔い機嫌で帰りました。
通りを歩きながら、このちいさな街に、こんなに密集した飲み屋街がなりたつのかと余計な心配がわきます。
そのうち、そうか、「俳優・亀岡拓次」はこの街の住人で、この飲み屋街のどこかのスナックで常連客とカラオケやっていたなと思い出しました。映画では、さびれ感、場末感を色濃く感じさせるつくりになっていました。確かに、そういう感じもあります。しかし、地元の呑み助にとってはそれこそ余計なお世話。きっと今日も、亀岡はこの街のどこかの飲み屋で、機嫌よく一杯やってるでしょう。

西調布にある、両関とおいしい肴の店「雅」に、乾杯。
西調布一番街image1.jpg 西調布nishichofust004.jpg 西調布f5afec8dc18dad6203577d1b3d0bf510.jpg
関連:2016年02月13日、映画/横浜聡子監督『俳優・亀岡拓次』http://boketen.seesaa.net/article/433734162.html
posted by 三鷹天狗 at 08:12| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする