2016年07月30日

相模原テロを生んだ不気味な土壌。根っこは在特会のヘイトクライムと同じ。

恐ろしい事件です。
7月26日(火)深夜に、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」を元職員の植松聖(26)が襲い、入所者19人を殺害し、25人に重軽傷を負わせた。
約50分にわたって、特に重度の障害者をねらって襲撃するという、みぶるいするほどおぞましいテロ事件です。
植松は、今年2月15日に衆院議長公邸を訪ねて殺害予告の手紙を渡していた。相模原市は精神保健衛生法に基づき、2月19日に植松を緊急措置入院させた。しかし、自分や他人を傷つける恐れがないとの医師の判断で、3月2日に退院したという。

植松は「障害者は生きていてもしょうがない」「安楽死させた方が良い」「何人殺せばいくら税金が浮く」といったことを周囲に語っていたという。
これって、新大久保で「朝鮮人殺せ」と叫ぶ在特会とか、ネトウヨ・バカウヨといわれる人間たちのヘイトクライム(憎悪犯罪)と、まったく同じメンタリティです。
「非国民」ということばで、戦争遂行の邪魔になる存在をすべて抹殺できた80年前の日本が、じんわりとよみがえっている。その土壌から生み出されたテロです。

小泉政権以来の新自由主義(ネオリベラリズム)的な風潮の、ひとつの帰結でもあるように感じます。「改革」を熱病のように叫ぶものたちが、戦後民主主義的な匂いのするあらゆるものを憎み、破壊している。その破壊衝動が植松という個人を通して爆発した、そのようにも感じます。

犠牲になったみなさんに、黙祷を捧げます。
このテロを生んだ不気味で危険な土壌を、かなわぬまでも改良する努力をしていくしかありません。

トホホな都知事選。足どり重く投票所に行きます。

明日は都知事選の投票日です。
この人に都政を託したいと思える候補がいません。
小池百合子は、「日本会議」所属の右翼、危険な扇動家の素質ありとみます。
自公推薦の増田寛也は、東京一極集中批判をしてたはずの恥知らず。
野党共闘の鳥越俊太郎は「全都民にがん検診」などと間抜けなことを言うし。知名度を当て込んでの擁立だったでしょうが、さすがに76歳でがん手術4度といわれれば「4年もつのか」と不安です。
それでも、小池と増田よりはマシ、安倍政治に反対している候補ということで、鳥越にするしかありません。
なんというトホホな都知事選なのか。2年に一回、50億円かけてこのバカ騒ぎ。これも民主主義のコストというものだと観念し、足どり重く投票所に行きます。

凶悪な相模原テロ。トホホな都知事選。梅雨はあけても70老人の心は晴れません。
posted by 三鷹天狗 at 09:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月28日

奥田英朗『向田理髪店』

それでも人は生きていく。「消滅可能性都市」のウソに奥田が一矢を放つ。

苫沢(とまざわ)市という、架空の町の住人たちが主人公の小説です。
北海道中央部の、炭鉱で栄えた町が今はさびれきっている。ま、どうみても夕張市がモデルです。町に10軒あった理髪店は、いまや2軒しかない。
そのうちの一軒の店主である向田康彦53歳は、28歳の時札幌から帰ってきて父の跡を継いだ。息子の和昌も札幌で働いていたのに、父と同じように戻ってきて床屋を継ぐといいだしている。康彦は、未来のない町に息子が帰ってくることが、あまり嬉しくない。自分が25年前にここに戻ってきたのは、札幌でのサラリーマン生活に負けたからだった。息子もそうなのではという懸念もある。
東京からやってきて「町おこし」を訴える若い助役や、それにのって新しいことをやりたがる息子たちの浮ついた気分が気にいらない。
町主宰の「町おこし講演会」では、「苫沢は沈みかかった船だべ。親としては子供を逃がしてやりたい」と発言して、場を凍らせる。ところが息子の和昌が「やりもしねえで、沈むってどうしていえる」「おれたちのやる権利まで奪うな」と発言して流れを変える。
心配症の父親と、頼りなさげな息子の、世代交代の始まりです。

小中学校時代からの友だちとの、助け合いやいがみあい。中国からきた花嫁をめぐる町のざわめき。新規開店したスナックのママに浮足立つオヤジたち。映画のロケで舞い上がってしまう人々。秀才だった若者が東京で詐欺事件をおこし指名手配される…。
康彦が「沈んでいく船」と形容する町で、人々の暮らしがあり、笑いも涙もある。権威・権力の誇示もあれば、たてつく住民の意地もある。人口が減ろうが、経済が低迷しようが、それでも人は生きていく。あたりまえのことです。
奥田は、苫沢市の現実が、この世の終わりでもなんでもなく、浮き世(憂き世)は所詮こんなものと、語っています。馬鹿笑いもせず、悲憤慷慨もせず、淡々と「寂れいく故郷」で暮らす。それでなにか問題でも?というオハナシです。いいねえ。

何年か前に「消滅可能性都市」ということばが雑誌の見出しに踊ったことがあった。私の故郷の秋田など、まるごと消滅地域みたいな扱われ方みたい。なんちゅうことを!バカでないのと腹がたちました。
経済成長がおわる、人口が減りはじめる。ただそれだけのことを、まるでこの世の終わりのように騒ぐ御用学者や政治家たちって、ホント最低です。
経済成長しない社会でいかに機嫌よく暮らせる仕組みをつくるか、収入が増えない社会でいかに若者たちが結婚でき子どもを育てられる社会をつくるか、減少する富を1%の人間が総取りすることを許さない仕組みをどうつくるか…。
冴えた提言が「里山資本主義」「保育園義務教育化」その他、たくさん出てきています。人間には、このピンチとみえる事態を切り抜けていく智恵があるとわたしは信じています。
なにもおおげさなことを言わなくたって、ポルトガルも、イタリアも、かつて「世界に覇を唱えた」ような国々が静かな「小国・中堅国」になって今日の営みをつづけています。それの、なにがいけない。

奥田が描く「沈みゆく舟」住民のドタバタ劇は、「消滅可能性都市」というくだらないウソにみごとに一矢むくいています。奥田は、作品を通じてなにかをアピールするなどということを嫌う作家ですから、「そんな意図はなにもない」というでしょうけど。

「住民を説得して縮小する時代」と説く夕張市長・鈴木直道、35歳。

7月23日の朝日新聞「オピニオン」欄に、夕張市長・鈴木直道のロングインタビューが載っています。
最盛時の1960年に12万人だった住民が、半世紀を経たいまは8千人しかいない。「炭鉱から観光へ」と唱えてハコもの行政をおしすすめた市長や職員はいなくなり、残った市民はいまも莫大な借入金を返済し続けている。
鈴木は、憲法22条の「居住・移転の自由」がある限り、夕張の人口がこれからも減り続けるのは当然のこと、「さらに半分の4千人になっても、負担増のお願いも含めて続けられる行政サービスは何かを考え続けるしかない」と語ります。エライ!
「住民を説得して縮小する時代」と説く、この35歳市長の考え、真っ当です。生きていくというのは、そういうことでしょう。
都知事選に出ている増田某は「消滅可能性都市」を煽った日本創世会議の座長で「東京一極集中」を攻撃してたはず。ホントの恥知らずですね。

衰退する地方都市で、それでも人々は生きていく。奥田の新作に、乾杯。
向田理髪店 -
奥田英朗『向田理髪店』2016年、光文社、1500円+税。
関連:2015年10月09日奥田英朗『我が家のヒミツ』http://boketen.seesaa.net/article/427438006.html
posted by 三鷹天狗 at 09:28| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月26日

文藝春秋編『直木賞受賞エッセイ集成』

文章のトッププロたちの、もっとも高揚した状態で書かれたエッセイ

直木賞は1935(昭和10)年に創設された。150回を記念して2014年に編まれたのが本書です。
21世紀に入った2001年1月から2014年までの受賞者36人に、受賞記念の「自伝エッセイ」か受賞インタビューを依頼して『オール読物』に掲載してきた。そのすべてを収録しています。
文章のトッププロたちが、直木賞受賞という、歓喜に満ちた、もっとも高揚した精神状態で書いたエッセイです。いやもう、じつに面白い。

「受賞記念自伝エッセイ」という、お題の決まったエッセイですから、どうしたって似たような内容になりそうなものですが、一篇として「同じようなもの」がない。
落語家でいえば晴れて真打になった初高座のようなもの。前回受賞者のはなしとかぶらないように注意しながら、小説仕立てあり、シリアスあり、お笑いあり。
さまざまな趣向をこらして「私」がくっきりときわだつエッセイを読ませてくれます。

全36人中、その人の書いたものを読むのが初めてという作家が19人もいます。
たとえばその一人、山本兼一(第140回2008年下半期受賞)の『本のある家』。
父親は私立大学の国文科教授で、家は古い文献で埋まっていた。学徒出陣から帰ってきた陸軍上がりの学者は、息子をしつけのつもりでよく殴った。父に対しては憎しみの感情しか抱けず、その感情は今も続いている。中学2年生の時に、殴り返した。そこで暴力は止んだが、一度として会話を交わさない親子になった。
団塊の世代から10年遅れの山本は、学園闘争には間に合わなかったが、気分は「詩人か革命家になりたい」と夢想する学生だった。業界誌記者、フリーランスのライターなどを経て、小説家をめざす。40歳で時代小説に挑戦するとき、目のまえに父の蔵書があった。『史料綜覧』全17巻、『大日本地名辞書』全8巻、大きな木箱にぎっしり詰まった『倭漢三才図絵』…膨大な父の蔵書は、そのまま時代小説作家のベースキャンプとなった。
「わたしは、日本の深層に旅するつもりで、作品を書いている。」
「憎しみしか感じていなかった父親だが、いまこうして蔵書の恩恵にあずかってみると、複雑な思いがゆらぐ。」
ひきこまれる、名エッセイです。
すぐに山本の作品『火天の城』(文藝春秋、2004年。現在文春文庫)を読みました。安土城を立てた番匠(大工)の親子の物語です。木造七重(7階建て)の城という途方もない城が実際に建てられた。建造過程から火災による落城まで、緊迫感に満ちた傑作です。実にすばらしい。
なんと山本は2014年に亡くなっている。合掌。これからゆっくりとあなたの作品を読ませていただきます。

既読作家も、未読作家も、みな魅力的。
重松清の『「早稲田文学」のこと』。自堕落な学生だった重松が大学3年生、1983年6月の晴れた火曜日に、大学の掲示板の<「早稲田文学」編集員募集>という貼り紙になぜかひきつけられてしまう。その情景が、心象が、ありありと浮かぶ。
「死んでしまうかもしれない、と本気で思ったことが一度だけある。」と書き出される角田光代の『書くこと、旅すること』。旅先で死に直面したときの「私、まだなんにもしてないじゃん」という思いは、受賞した今もあるというシャープなエッセイ。
実家に帰ったときに料理の味付けのことで母と言い争いになり「直木賞くらいでいい気になるな」とどやされた木内昇の『いい気になるな』。
17歳のときに山梨から埼玉まで人気作家(京極夏彦)のサイン会にでかける昂揚をみずみずしくスケッチする辻村深月の『十七歳のサイン会』。…

そうか。直木賞発表の『オール読物』では、こんなにキラキラするエッセイが読めたか。
いや、意外にリアルタイムで読むと「お、喜んでるな」というくらいしか感じないかもしれない。こうやってまとめて読むことで、それぞれの作家の個性、他の人とは違う技を繰りだすプロの矜持といったものを感じたのだろう。

奥田英朗の掲載時エッセイをさがす楽しみが加わった

全36人中、全作品を読んでいるのは奥田英朗ただひとり。その奥田は受賞時エッセイ収録を拒否したのだという。受賞作(『空中ブランコ』)の主人公、精神科医・伊良部一郎をたずねた作家・奥田英朗が、あれこれ精神分析してもらう架空対談という趣向だったという。それは読みたい!ところが奥田はあまりにも恥ずかしい内容なので再収録を拒絶。一人だけ載らないのはまずいと編集者に懇願されて、しょうがなく『十年たって言うのもなんだが』というふんぞりかえったタイトルのエッセイを書いた。
もちろんこれもいいものですが、その架空対談、なんとしても読みたいものだなあ。第131回、2004年上期が発表された『オール読物』を、気長にさがすとするか。
今期の直木賞受賞は荻原浩か。良かった。こんなにうまい作家が、これまで受賞できなかったのが不思議。彼はどんなエッセイを書くんだろ。

直木賞受賞エッセイの、変幻自在、多種多様な技に、乾杯。
直木賞受賞エッセイ集成 -  火天の城 (文春文庫) -
文藝春秋編『直木賞受賞エッセイ集成』文藝春秋、2014年、2000円+税。
山本兼一『火天の城』文春文庫、2007年、680円。
関連:2014年08月20日、川口則弘『直木賞物語』http://boketen.seesaa.net/article/404046183.html
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posted by 三鷹天狗 at 08:16| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする