2016年03月31日

数十年ぶりに「原爆の図 丸木美術館」を訪ねる

3・11を描く美術家の力業に見入る

ほんとうに久しぶりに「原爆の図 丸木美術館」を訪ねました。前回の訪問はたぶん37〜8年前です。
数十年ぶりに丸木夫妻の作品の前にたつと、宇宙の広がりの前で立ちすくむ子どものようになってしまう。言葉もなく、途方にくれてしまう。丸木夫妻の、原爆の図の一連の作品こそ、人類の遺産というべきだろう。人間が、どんな悪業をおこなうものであるか。だれも直視したくないそのことを、真正面から見据え、絵画として表現した。恐ろしいまでの芸術の力です。

いま丸木美術館では、3・11を描いた画家たちの作品を企画展示しています(3月5日〜4月9日)。 
「光明の種 POST 3・11」と題した5人の作家(安藤栄作、石塚雅子、白濱雅也、半谷学、横湯久美)の作品。
もうひとつは「牧場 山内若菜展」。
新聞・TVで企画を知り、ああ、それこそ丸木夫妻の遺志を継ぐひとたちの仕事だなと感じたので、見にきました。
「美術家は、同時代の空気の渦中にいて見えざるものをまさぐり、その混沌の先に見えるものに形を与える役目を負っています」(「光明の種」企画主旨より)。
とうぜん撮影不可ですし、美術作品を文章で伝える技もありませんので、案内チラシを貼ります。
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山内若菜の作品は、みえない放射線を可視化し、放射能に「殺されてしまった牧場」を描くという意欲的な作品で、まさに丸木美術館で展示されるのにふさわしいものでした。
5人の作家の作品も、それぞれに意欲的で、破滅・破局のなかから人間は新たな歩みを始めるというメッセージを感じました。こうした志をもつ画家たちがいるという、そのことが嬉しい。美術が好きで、原発事故に怒りを感じている者には、深く共感できる企画です。
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進化する美術館。地域に根づいて。
東松山駅はずいぶんカッコいい駅ですね。ノーベル賞の梶田さんの出身地らしい。循環バスが1〜2時間に1本でています。駅からバスで15分、人里離れたという感じのところに美術館はあります。
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こんな辺鄙な場所に作られた美術館が、よくも50年以上も存続してきたものです。
アプローチには丸木俊、位里、スマ(位里の母)の彫像が微笑んでいます。
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建物は、たぶん数十年前よりは増築されています。奥行きがでました。
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2階には夫妻の仕事場が再現されています。窓から、夫妻が愛した都幾川(ときがわ)が見えます。敷地内の桜が、あと数日で咲きそうな気配です。
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この美術館は、多くの人に愛され、進化していると実感しました。

丸木美術館の存続と進化に、乾杯。
3・11以降の日本の「見えざるもの」に形を与えようとする美術家たちに、乾杯。
posted by 三鷹天狗 at 21:50| Comment(0) | 美術・水彩画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月29日

名越康文『「男はつらいよ」の幸福論』

「男はつらいよ」全作品の全肯定。寅さんファン大往生の一冊。

このタイトル、この装丁。寅さんファンしか、買わない・読まない本です。その寅さんファンを幸せな気持ちにさせる、という一点に絞って書かれた本です。
寅さんのファンでいいんだよ。それどころか、もっとファンになっていい、もしかしたらあなたが気が付いていないこんなメッセージ、こんな意味があの場面、このセリフにはあったかもしれない…とにかく、全作品の全肯定。
しかも、信者風にではなく、心理学者としての味付けや、仏教の輪廻観なども柔らかく引用しつつ、すべてを肯定する。寅さんファン大安心、大往生という一冊です。

名越の結論は、寅さんとリリーは、結婚する必要も一緒に暮らす必要もない、出会いと別れを繰り返す関係だから幸せなんだという幸福論です。物を所有しない、相手を所有しない、互いに自由で相手を想いあっている。そんなパートナーシップこそすばらしい、と説いています。
わたしたち凡人にはそれができないからこそ、煩悩まみれの人生を送るわけですが…。
名越は寅さんを菩薩(ぼさつ)にたとえます。すでに悟っている如来(にょらい)ではなく、「あえて悟りきらずに、一般の人々と一緒に、あるときは悩み、あるときは苦しみ、あるときは欲にまみれ、あるときは笑い合ってくれる存在」としての菩薩です。
ずいぶんむかし『山口百恵は菩薩である』という本があったなあ、などと思いだしました。
「寅さんは菩薩である」確かに、いえるかもしれません。そうだからこそ、あんなに長い間この映画を見つづけたのでしょう。

「おわりに」で、とても興味深いエピソードが紹介されています。
名越が山田洋次と会った時に、「寅さんのように幼少期に愛されずに育ったために、恋愛などで相手と関係を構築できなくなることを基底欠損(きていけっそん)というんです」と心理学者らしく一席ぶった。感心する山田に、「もし僕が寅さんに、『基底欠損ですよ』って言ったら、『てめえさしずめインテリだな!』って返されますかね」と聞いたら、山田は「いや、『俺は基底欠損ってんだそうだ』ってみんなに自慢するんだろうね。」と答えたという。
みごとなもんですね。
山田洋次のなかに、いまもみずみずしく寅さんが息づいていることが伝わってきます。

ときどき入るマドンナ=女優評もいい。映画通の薀蓄としてではなく、一映画ファン兼心理学者のことばです。
吉永小百合「謙虚で清純で、優しくて気高い、でもどこまでも頑固で人から影響を受けない性質」
竹下景子「かわいらしいけれどもどこか野暮ったく、知的だけれども控えめな『ザ・日本女性』」
都はるみ「芸を売って生きる女の悲哀、色気、さすらう人生が匂ってくる」
残念なことに、シリーズ中もっとも大切なマドンナ・リリー役を演じた浅丘ルリ子については、女優論をしていません。
わたしが代わりに。「日本の枠を超えた、大陸・満州の風が吹いている女優。日本映画は浅丘ルリ子を活かしきれなかった。唯一、寅さんシリーズが、放浪するリリーという役柄で、浅丘ルリ子の本質を引き出した」

往時茫々。寅さんを同時代に見ることができた幸せ。

何十年にもわたって、お盆と正月には夫婦で寅さんを見るのが習慣になっていました。最後の作品(1995年12月『寅次郎紅の花』)がもう20年前だなんて、信じられない思いです。
バブル崩壊も、ソ連崩壊も1991年か。その4年後、世の中先行き不透明の頃に、渥美清が亡くなり、寅さんシリーズが終わったわけだ。まさに往事茫々…。
四半世紀にわたって寅さんを見つづけることができた幸せは、こころと体に沁みついています。

心理学者の寅さん讃歌に、感謝をこめて、乾杯。
「男はつらいよ」の幸福論 寅さんが僕らに教えてくれたこと -
名越康文『「男はつらいよ」の幸福論』日経BP社、2016年、1500円+税。
posted by 三鷹天狗 at 08:30| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月28日

神代植物公園の「椿・さくらまつり」コンサート

春の花を愛でつつ、クラシックユニットを聴く

神代植物公園は「椿・さくらまつり」を開催中(3月15日〜4月10日)です。
3月27日(日)には、La turip(ラ・チューリップ)というクラシックユニットのコンサートが開かれました。音大出身の若い女性4人が結成したクラシックカルテット。森山直太郎の『さくら』、童謡さくらを主題にした『SAKURA変奏曲』など「さくらコンサート」にふさわしい選曲。アンコールに『上を向いて歩こう』が流れ、なんともすてきなひとときでした。
用意されたイス席はすべて埋まり、芝生広場のたくさんの来園者は思い思いの姿で演奏を楽しんでいました。
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会場は、桜がぐるりとまわりを取り囲んでいる芝生広場。まことに残念ながらメインのソメイヨシノはまだ一分咲きです。来週が超満開でしょう。
しかし、数十種の桜が植えられている公園ですから、寒緋桜(かんひざくら)など今が満開の桜もあり、源平枝垂れ(げんぺいしだれ)などの花桃も咲きほこっています。
菜の花の黄色とのコントラストがみごとです。
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椿は、散り終えた木があり、今が満開の木があり、ずいぶん長いあいだ入れ替わり立ち代わり咲くものですね。
椿・さくらまつりに、乾杯。
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明石潟               狩衣             石膏のような白さの花も
posted by 三鷹天狗 at 08:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする