2017年10月18日

ティモシー・スナイダー『暴政 20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』

トランプを、ファシズム登場の前触れと警告する歴史学者

2016年11月8日に、ドナルド・トランプがアメリカ大統領に当選した。イェール大学の歴史学教授(東欧史、ホロコースト史)である著者は、その1週間後の11月16日に、自分のフェイスブックに箇条書きで「こんにちの状況にふさわしい20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン」を載せた。
ウソと強弁のトランプのふるまい、トランプ支持者たちが「USA!」を連呼する熱狂、これらはファシズムそのものではないが、ファシズムの前触れだ。いまおきていることを軽視していると、恐ろしい未来を招来するぞ、という警告の書です。
スナイダーは、トランプの低劣さ愚劣さを、決してあなどらない。
1930年代にも、グローバリズムへの反動としてのポピュリズムやナショナリズムはあった。問題は、人々がそれに追従し熱狂し、ついには「防衛のため」と称して他民族や他集団の大量虐殺にまで突っ走ってしまうことだ。
それは、いくつかのことに注意を払っていれば、防ぐことができるというのが、20項目のレッスンです。

1、忖度(そんたく)による服従はするな
ナチスがオーストリアに侵攻したとき、オーストリアの役人も一般人も、ナチスの意を忖度し、率先してユダヤ人への侮辱と財産没収をやりはじめた。これがナチス高官たちに「どんなことが可能かを教えた」と、スナイダーは指摘します。ナチスの蛮行は、ドイツ人の専売特許ではない。どの民族・国民にも起きうることだ。
2、組織や制度を守れ
独裁者といえども、現存の組織や制度をないがしろにはしないはず、となぜか国民は思う。当の犯人たちが「ぶっこわす」だの「リセットする」だのとわめいているのに、そういう者を選挙で選ぶ。
3、一党独裁国家に気をつけよ
どんな選挙も、それが民主的な手法の最後の選挙になりうる。一党だけに権力を与えるな。
4、シンボルに責任を持て
スターリンは富農を豚の姿に描かせた。ドイツではユダヤ人の家や商店にペンキで「ユダヤ人」の印をつけはじめたところから大虐殺への暴走がはじまった。シンボル操作に警戒せよ。
5、職業倫理を忘れるな
権威主義的支配者は、従順な公務員を必要とする。「命令に従っただけ」といういいわけが、大虐殺をひきおこす。
6、準軍事組織には気をつけよ
トランプは、選挙集会で私設保安部隊に反対者を追い出させ「USA」コールの熱狂を煽った。これはナチスの「突撃隊(SA)」を連想させる。
7、武器を携行するに際しては思慮深くあれ
独裁者の求めに応じて、警察官や軍人(武器を携行する公務員)が不法な行為に手をそめたときに、大虐殺はおきる。
8、自分の意志を貫け
独裁者への「和解と崇拝」に、背を向ける者であれ。
9、自分の言葉を大切にしよう
言い回しを他のみんなと同じにすることをやめる。テレビを消し、本を読む。
10、真実があるのを信ぜよ
選挙中にトランプが語ったことの78%がウソだった。「ポスト・トゥルース」(脱・真実)とは、「プレファシズム」(ファシズム前夜)のことだ。
11、自分で調べよ
インターネットの時代はユーザー全員が出版業者でもある。よく調べ、事実、真実だけを発信せよ。
12、アイコンタクトとちょっとした会話を怠るな
微笑み、握手、挨拶の言葉が、抑圧に抗する武器だ。
13、「リアル」な世界で政治を実践しよう
ポーランドの「連帯」の闘いは、共産主義(全体主義)の終わりの始まりとなった。
14、きちんとした私生活をもとう
インターネットの使用頻度を減らし、じかに人と触れ合ことを大切にする。
15、大義名分には寄付せよ
慈善活動を一つか二つ選んで、自動引き落としをはじめる。
16、他の国の仲間から学べ
どんな国であれ、自国だけでは解決法を見出せない。国外に友人を持ち、学び合おう。
17、危険な言葉には耳をそばだてよ
自由を代償にしてはじめて安全が得られるーと語る政治家を信用するな。彼らは、あなたから自由も安全も奪う。
18、想定外のことが起きても平静さを保て
現代の暴政は、テロを操作する。テロの脅威を口実とするトリック(非常事態云々)にひっかかるな。
19、愛国者(ペイトリオット)たれ
ナショナリストと愛国者はまるで異なる。ナショナリストは報復を煽り、愛国者は国民が理想に沿って生きることを望む。
20、勇気をふりしぼれ
現大統領の「アメリカ・ファースト」という言葉は、1930年代にナチス・ドイツと闘うことを妨げようとした委員会の名前だ。私たちの誰一人も自由のために死ぬ気概がなければ、私たち全員が暴政(ティラニー)のもと死すべきさだめとなる。

日々の、誰にでもできることをしっかりやることが、ファシズム到来を防ぐ防波堤となるという、語りかけです。考えさせられることの多い本でした。わたしも、ささやかながら、11項目目の「事実、真実だけを発信せよ」を守って、安倍政権の暴走政治(まさに暴政)に抗していくことにします。

プーチンへの警戒、憎悪の強さが印象に残る

スナイダーにとっては、ファシズムと共産主義はまったく同列の悪として扱われます。スターリン主義への憎悪に関しては100%同意しますが、たとえばマルクスが説いた共産主義が、ユダヤ人撲滅のファシズムと同じものだとは、呆け天は考えません。
もう一つ強く印象に残るのがプーチンへの警戒・憎悪の強さです。最悪の全体主義者、全世界の極右勢力のリーダーかつ資金源、まるで「ショッカーかッ!」という扱いです。
エマニュエル・トッドは、プーチンはドイツ後ろ盾とするウクライナのファシストからロシアを自衛しようとしているだけだ。プーチンへの憎悪がヨーロッパに好戦的な気分を蔓延させていることが問題だと指摘しています。つまり、スナイダーとはまるで逆の見方です。双方の主張を聞き比べながら、考えていきたい。

トランプ登場に「ファシズム前夜」を予感する歴史学者の警告に、乾杯。
暴政:20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン -
ティモシー・スナイダー『暴政 20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』慶応義塾大学出版会、2017年、1200円+税。
関連:2015年05月29日、エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』http://boketen.seesaa.net/article/419767550.html
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2017年10月16日

「映画のまち調布」がシネコンオープン記念でもりあがる

映画「太秦ライムライト」(落合賢監督)を、ワンコインで堪能

調布に、大型シネマコンプレックス「イオンシネマ・シアタス調布」がオープンして盛り上がっています。11スクリーン、総座席数1,672席というからたいしたものです。
シネコンオープン記念で「ワンコインで大きな感動を」という催しがおこなわれており、公開時(2014年)に見逃した「太秦(うずまさ)ライムライト」が上演されたので、やれ嬉しやと見にいきました。
福本清三という、50年以上「切られ役」に徹してきた俳優を、いきなり主演に抜擢したことで大きな話題になった映画です。チャップリンの名画「ライムライト」を下敷きにして、滅びゆく時代劇、滅びゆく切られ役俳優へのみごとなオマージュになっています。
福本は、これまでセリフをいう場面もない俳優生活だったからだろう、滑舌がわるい。「健さんか!」というほど寡黙な男の設定で、極端に少ないそのセリフが、聞きとれなかったりする。ところが、それが逆に、半世紀にわたる大部屋・切られ役俳優という設定に妙なリアルさをもたらす。まことに映画はいきものです。
大部屋俳優の日常、名札でキャスティングされ一喜一憂する様子、下積み俳優たちを愛する演技科の職員たち、時代劇をバカにしている演出家やタレントの言動…「映画村」の舞台裏がリアルで、切られ役の老優にスポットライトを当てる、それを無名の切られ役自身が主演するという、ちょっとありえない奇策を、みごとに映画にしています。傑作です。堪能しました。

当日は、脚本を書きプロデュースまでした、文字通りこの映画の生みの親である大野裕之の制作トークというスペシャルなおまけがついていました。
大野は、なんだか異様に多芸多才の人のようです。日本のチャップリン研究の第一人者という顔をもち『チャップリンとヒトラー』(2015年)でサントリー学芸賞を受賞している。「劇団とっても便利」を主宰し、劇作家・脚本家・映画プロデューサー・演出家・作曲家・俳優・映画研究者・振付師の顏をもつという。多羅尾伴内か!
無名の70歳の俳優が主演の映画を作るなどということは、日本の映画史上、ありえないことだった。まして、チャップリンのライムライトを翻案するなどという企画は、著作権上も不可能に違いない。
ところが、著作権者であるチャップリン家の反応は「大野が脚本を書くならいいよ」というものだった。これって、かなり嫌味な自慢話ですが、京都弁で、早口で、ぶあーっとしゃべるので、なにか冗談を聞いているような感じ。なるほど、役者でもある。
映画の最後の難関は、実は福本本人が自分を主演にする映画などありえない、できないと出演を渋りまくったことだった。2013年9月5日にクランクインという段取りまで決まっているのに、主演が決まらないので他の俳優のキャスティングもできない。7月28日の夜、大野が散歩していたら、福本夫妻が散歩しているところと鉢合わせした。福本の奥さんは財布から5000円札を出して福本におしつけ「ふたりでお茶でも飲んだら」と去っていく。つまり、奥さんは福本に引き受けてほしいわけです。入った店は300円くらいでコーヒーが飲める店でしたけど…。
まあ、なんて話がうまい、しかも映像が浮かぶ。たいへんな才能です。
惜しいことに、当日は雨のせいか、800人入る会場に観客はわずか100人くらい。これが満席近く入っていたら、どよめくような講演になっただろうと残念でした。

これからは、自転車で映画を見に行ける

それにしても調布にシネコンができたのはうれしいかぎりです。気になる映画がかかったら、自転車で、サンダル履きで見にいける。スーパ―のイオンは、シネコンにまで手をひろげていたのか。なんでも、今ではTOHOシネマを抜いて、全国でいちばん多いスクリーン数を誇っているらしい。豪華な客席の特別鑑賞ルームがあったり、立体音響とか、体感型アトラクションシアターなど、若者向けの仕掛けもあるみたいです。大いに流行ってほしい。
わたしは、昔ながらの映画館感覚のスクリーンを楽しみます。

映画「太秦ライムライト」と、生みの親・大野裕之に、乾杯。
太秦ライムライト [DVD] -   シネコン2.jpgシアタス調布
落合賢:監督「太秦ライムライト」(2014年)、2017年10月15日13:30〜調布市グリーンホール・大ホール。
posted by 三鷹天狗 at 10:36| Comment(0) | 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

スディール・ヴェンカテッシュ『ヤバイ社会学 一日だけのギャングリーダー』

暴力と麻薬が支配するスラムに、
公民権運動の挫折が、透けて見える

シカゴ大学の大学院生スディール・ヴェンカテッシュ(インド系アメリカ人)が、大学の近くにある黒人貧民地区に実地調査に入る。16階建ての高層アパートが建ちならび、4000戸もの人々が暮らす街が、麻薬に汚染され、ギャングに支配されている。学校警備員が「そこにだけは近づいてはいけない」と学生たちに釘をさす場所だ。
知りあったギャングの若いリーダーJTと、友情といってもいいようなかかわりが生じる。1989〜95年の6年間、毎日のようにこの地区に入りびたり、黒人ギャングの生態を内側からレポートした。
サブタイトルの「一日だけのギャングリーダー」は、スディールがJTに「リーダーってのは、楽な仕事だね」と感想をいったら、「ならお前が一日だけやってみろ」とギャングリーダー体験をさせられたことによる。

映画の世界でしか見ることのない、アメリカ最貧スラムのルポです。
潜入した初日に、不良たち(JTの手下)に拉致されたスディールが「アフリカ系アメリカ人の生活を理解するために…」とJTに訴える。
「オレはニガーだ」「ニガーってのはこういうとこに住んでるやつらのことだ」「アフリカ系アメリカ人ってのは郊外に住んでるやつらだな。アフリカ系アメリカ人はネクタイ締めて仕事に行く。ニガーは仕事なんかもらえない」
もう、この出だしだけで「つかみはOK」というやつです。
会話のすべてに「ニガー(Nigger)」「クソ(Shit)」「ファック(Fuck)」がつく。暴力沙汰は日常茶飯事だが、誰も警察を呼ばないし、救急車も呼ばない。呼んでもこないということもあるが、警察が立ち入ると麻薬取引という、ギャングにとって死活にかかわるビジネスに、支障をきたすからだ。
JTは大学を卒業したあと、カネを稼ぐにはギャングになるのが近道と考えて、生まれ故郷のゲットーにもどった。まだ30歳の若さで、200人の部下を束ね、麻薬売買のアガリと住民たちからのみかじめ料で、高級車を乗り回し、複数の愛人を抱える暮らしをしている。
JTの母ミズ・メイは、スディールの顏を見ればなにかを食わせ、一族の者たちを守る肝っ玉かあさんだ。スディールはミズ・メイの部屋でレポートを書くほど親しくなっていく。
ギャングとならぶ支配装置が、自治会だ。自治会長の女性・ベイリーは、育児放棄された子どもにご飯を食べさせる、揉めごとをおさめるなど、住民のよろず相談役として奮闘している。同時に、仕事をしている住人から手数料や「税金」を徴収する、ギャングとならぶ支配者でもある。
ときどきギャングのパーティを襲って現金や貴金属を強奪するのは、悪徳警官グループだ。彼らは、ギャングたちが自分たちよりはるかに多い収入を得ていることにガマンができず、定期的にギャングのパーティを襲う。ギャングはこれを「税金」と考え、反撃しない。スディ―ルがいちばん恐ろしい目にあうのは、この警官たちを告発する気なのではないかと疑われた時だった。

まあ、なんという世界だと呆れかえるしかありませんが、読んでいるうちに、とてもつらい気持ちになります。レポートの端々に、1960年代公民権運動が、未完のまま腐ってしまった姿が、透けて見えるからです。
4000所帯のうち、90%は女性が家長だ。彼女たちは、1960年代には公民権運動を担い、1970年代には選挙で黒人候補を後押し、コミュニティのために真剣に戦った。しかし、レーガン政権による福祉切り捨て、それを追認したクリントン政権によって1990年代には貧困が常態化し、ギャングと麻薬が団地を覆う。
JTはギャング・ブラックキングス(BK)の下部組織のリーダーにすぎない。シカゴに200もの下部組織をもつBKは、シカゴのアンダーグラウンド経済を支配しており、自分たちは黒人コミュニティの守護者だと思っている。じっさい、スディールに昔の自慢話をする大幹部は「1960年代には、ギャングは黒人革命を先導していた」とまでいう。
疲れ果てた女たち。暴力と麻薬で街を支配し「黒人革命の先導者」「コミュニティの守護者」を気どるギャングたち。公民権運動の挫折、ブラックパンサー党の敗北の、90年代の姿がこれなのか。まさにディストピア(地獄)です。(スディールがレポートしたスラムは、すでに解体され、いまは存在しない。)
スディールは「アメリカの絶望」を見せたくてこの本を書いたわけではなく、「それでも人々は生きていく」という側面に光をあてるために書いた。それは承知のうえで、アメリカの病理の深さにため息がでます。

トランプのもとで息を吹き返すKKK。

トランプはオバマ政権の8年間を憎み、侮蔑し、アメリカの深奥部からKKK(クー・クラック・クラン=白人至上主義団体)を呼び起しています。
核兵器の廃絶や、国民健康保険制度の導入など、オバマ政権が語った夢は、一場の幻にすぎなかったのか。
それとも、トランプを弾劾し、少しは正気な政治に復元する力が、アメリカ社会にあるのか。
さまざまなことを思わせる本でした。

スディール・ヴェンカテッシュの、捨て身の社会学レポートに、乾杯。
ヤバい社会学 -
スディール・ヴェンカテッシュ『ヤバイ社会学 一日だけのギャングリーダー』東洋経済新報社、2009年、2200円+税。
posted by 三鷹天狗 at 09:21| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする