2017年11月24日

小松宏誠展 Air tracks (調布市文化会館たづくり)

空中に浮遊する羽根のアート。美しさに魅了され、おだやかな幸せ感に包まれる。

調布市文化会館たづくりの一階フロアに展示された美しくも面妖な物体。
ゆっくりとまわって、そこだけ時間の流れが違うような空間を作っています。
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展示室ではたくさんの作品が、あるいは空中に浮き、あるいは微かな空気のながれにまかせてゆっくりとまわっている。
美しさへの感嘆とともに、おだやかな幸せ感が湧いてくる。
美しく飛翔する鳥を見るときの幸せな感情と重なるのだろうか。

「ガチョウの羽根をつなぎあわせたモビール彫刻」だそうです。幻想的でテクニカル。こういうアートもありうるのか、という新鮮な驚きと感動があります。
パンフレットに「鳥の羽根自体が、自然界が生み出したテクノロジーであり、これと人間の光や風のテクノロジーを交錯させた表現」とあり、納得です。

作者・小松宏誠は、「浮遊」への興味から「鳥」や「羽根」をテーマとした作品を展開。今回の展示は、公共展示施設としては初の展示だそうです。
調布の「文化・コミュニティ振興財団」エライッ!よくぞこういうアートを見つけ出してくれました。タイトルの「Air tracks」は直訳すれば「空気浮上搬送」という意味のようです。作品の魅力は動きにあるので、写真では伝えきれません。一見の価値あるアートです。

浮遊の美しさを芸術として表現した小松宏誠に、乾杯。
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小松宏誠展 Air tracks 2017年11月23日〜2018年1月14日。調布市文化会館たづくり1階展示室。入場無料。
posted by 三鷹天狗 at 09:48| Comment(0) | 美術・水彩画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月22日

万城目学『パーマネント神喜劇』

これが日本で良かった。神さまで遊ぶ不謹慎なオモシロ小説。

神さまをネタにした喜劇という、イスラム世界ならテロリストがとんでくる不謹慎な小説です。ほんと、ここが日本で良かった。
連作4短編の主人公は、日本中にある小さな神社のひとつで1000年お勤めしている縁結びの神さまです。ここに、現場の実態を調査・報告するために上の方から派遣されてきた神さま(作家志望のレポーター神!)が取材にきている。饒舌な縁結びの神は、レポータ―神につい「上位の方々」への不満や愚痴をもらす。少子化や晩婚の風潮でなかなか男女をくつっけるのが難しくなっている、その実情を知らない上級神からのノルマや査定を憤る縁結びの神のぼやき、笑えます。

第1話「はじめの一歩」は、優柔不断な男とそれがもの足りない女という組み合わせの、同期入社カップルの恋をどう成就させるか。「ハイ、言霊打ちこんだ」という、縁結び神のキメ台詞がおかしい。
第2話「当たり屋」は、当たり屋をしながら自堕落に暮らす男に、神さまが「神宝袋」に封じていた言霊がわたるというおはなし。やることなすこと大当たりとなった当たり屋が、恋人の心をつなぎとめるために選んだのは意外にも…というファンタジー。
第3話「トシ&シュン」は、芥川龍之介の「杜子春」を本歌に、作家志望のトシと、女優志望のシュンが夢と現(うつつ)を行き来しながらお互いへの信頼を深める。
第4話「パーマネント神喜劇」では大地震が起きて神社は倒壊する神木は折れるの大騒ぎ。なんと上級神のさらに上にいる大神が出動して、さらなる徹底的な破壊がおきるという事態を食いとめたのは、たよりない縁結び神と、幼い女の子の祈りだったという感動のエンディング。
この章には、物語全体を貫く日本の神仏観が、主人公の口を借りて端的に語られています。
「人間に祀られるから、我々は存在する。
人間が去ってしまったら、我々のような下々の神は神通力と神性を失い、消えてしまう。」
一神教世界のように、神さまが人間を作ったのではない。
平穏にくらしたいという人間の願いが、神をつくりだした。祀られた神は人間によりそって、懸命にその願いを叶えようとしてくれている。一神教世界の住人からすれば「そんなものは神とは言わん!」と激怒されそうな神仏観ですが、これが日本人にはいちばんしっくりくるのだからしょうがない。

万城目ワールドでは、いつも不思議と現実は隣り合わせ、ごちゃまぜです。それを笑いながら楽しみ、人間への愛おしさがほんわかと残る。極上エンターテインメントです。

カバーでも遊ぶ。徹底した万城目ワールド。

神さまでこういうふうに遊んだ小説ってほかにあったかと思っても、浮かびません。浅田次郎『憑神』など、神さまがでてくる楽しい小説はたくさんありますが、主人公はあくまでも人間です。
どこかの小さな縁結び神社の、ものすごく俗っぽい神さま、しかも見た目は漫才師のようなキラキラ衣装の中年おっさん。派遣されてきた作家志望の調査員は銀行マンのような顔立ちと服装。それを、読者に想像させるのではなく、表紙カバーにデーンと描いてしまっている。
カバーは、オビが上に来ているような不思議なデザインで、はずして開くと、神木・マテバシイや登場人物があらわれるという、これまたどこでも見たことのない仕掛けになっています。万城目の遊び感覚が、隅々まで行き届いているみごとな装丁です。

きらきら衣装の、中年おっさん縁結び神に、乾杯。
万城目学『パーマネント神喜劇』新潮社、2017年、1300円+税。
posted by 三鷹天狗 at 10:25| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

唯川恵『淳子のてっぺん』、田部井政伸『てっぺん』

登山家・田部井淳子を、小説で追悼する『淳子のてっぺん』
夫の回想で追悼する『てっぺんー我が妻・田部井淳子の生き方』。ともにすばらしい。

女性として初めてエベレストに登頂した登山家・田部井淳子さん(以下、敬称略)は、2016年10月20日に永眠されました。ことし7月に夫・田部井政伸『てっぺん』、9月に作家・唯川恵『淳子のてっぺん』が相次いで上梓されました。偉大な登山家を追悼するにふさわしい2冊です。

『淳子のてっぺん』は、あえて小説という手法で田部井淳子(作中では田名部淳子)の生い立ちからエベレスト登頂までを描いています。充分な取材をもとに、田部井夫妻の了解を得て書かれた新聞連載小説です。闘病中の田部井淳子本人が『楽しく読ませてもらっているわ』と語っていたという。

第一章「谷川岳・一ノ倉沢」では、国際的な登山家・田部井淳子が、一ノ倉沢での命がけの岩登り訓練で育まれたことが、描かれます。なにしろ、後年田部井本人が「1969年冬に登った谷川岳一ノ倉沢凹状岩壁は、エベレストよりもつらかった」と述懐しているという。
ここで出会ったのが「サスケ(猿飛佐助)」とあだ名されるクライマー・田部井政伸(作中では田名部正之)だった。山と恋の二本立てですから、強力です。当時の日本山岳会の、「女には登山はムリ」という差別的な常識を、身長150センチ前後の、運動神経もさほどではない一人の女性が覆していく。共にエベレストに行こうと誓い合った女性クライマー・マリエとの友情と、マリエの滑落事故による別れ。泣かせます。
第二章「アンナプルナ」では、1970年、女性だけのチームでアンナプルナV峰(7555m)の未登頂ルートに挑戦し、成功するまでが、チーム内の対立・葛藤のなまなましい描写とともに描かれる。
旅立つ淳子に、正之が「淳子のてっぺんはここだよ。必ず無事に俺のところに帰って来るんだ」という場面が第二章のハイライトであり、本書全体のタイトルの所以にもなっています。この感動的なセリフは、実在の夫・政伸の『てっぺん』には出てきません。作者が二人の夫婦愛、家族愛の深さを充分に取材したうえでの創作でしょう。鮮やかに決まっています。
第三章「エベレスト」では、1975年5月16日12時30分、女性初の世界最高峰エベレスト(8848m)登頂という、登山史上に刻まれて消えることのない偉業が、克明に描かれます。
女性だけのパーティが、隊長の途中帰国、隊員内の不協和音で解体の危機に瀕するところを、田部井の人柄や胆力で切り抜けていく。雪崩に巻き込まれて登頂絶望というところまで追い詰められながら、重症と報じられた田部井本人が続行を望んで突破していく。奇跡的な登頂だったことが伝わってきます。
プロローグとエピローグでは、東日本大震災に遭った東北の高校生たちを、富士山に招待する活動を続けた田部井の姿が描かれます。次世代を担う若者たちに、「一歩ずつ進めば必ず頂上にたどりつける」というメッセージを発し続け、闘病中の身をおして一緒に登る姿が、田部井の生き方そのものだったことが伝わってきます。

『てっぺん』は、夫・田部井政伸が淳子との出会いから死別まで、尊重・尊敬しあう登山の同志であり、相思相愛の夫婦であったことを率直に綴っています。
こちらのタイトルは、文字通りいちばん高いところという意味です。10歳のときに初めて登った那須の山での「驚き、好奇心、知らない世界への憧れ、それを大人になるまで持ち続けていた」のが、妻・淳子だった。世界5大陸最高峰の登頂、世界各国の最高峰76座の登頂という軌跡に、それは分かりやすく表現されている。その中には独立して間もない東ティモール最高峰ラメラウ山(2963m)もあり、登頂に感謝した初代大統領から面会を受けるということなどもあった。
「田部井淳子同行シリーズ」というツアー企画で、100回以上海外登山のリーダーをまかされ、大きな事故が一度もなかったという卓越したリーダーシップ、判断力を発揮した。夫はその企画に料金を払って一参加者として何度も同行し、常にしんがりを引き受けていたという。
弔問にきた古い友人の「未来永劫、永遠に破られることのない¨女性初¨という記録。それを持って、淳子さんは天国に逝った」という言葉が、結びになっています。登山史に消えることのない足跡を残した、偉大な女性登山家でした。

谷川岳の威容に臨んで、田部井淳子さんを偲ぶ

温泉囲碁旅行(11月16日〜18日)で水上温泉に行き、ケーブルカーとリフトで天神峠まで登って、間近に谷川岳を見ました。20代の田部井淳子は、この山で訓練を積んで世界の最高峰に挑んでいったのかと思うと、感慨ひとしおです。
わたし自身は登山を趣味にはしませんでしたが、高峰や極地に挑む登山家や冒険家には敬意を惜しみません。人間本来のあくなき好奇心で、まだ見ぬモノを見、その体験を映像や文章で私たちに伝える。そのことが、人間の想像力や感性をどれほど豊かにしてきたか。田部井淳子は、女性登山家としてその最先端を歩きつづけました。

田部井淳子さんの偉大な足跡に、献杯。
唯川恵『淳子のてっぺん』幻冬舎、2017年、1700円+税。
田部井政伸『てっぺん 我が妻・田部井淳子の生き方』宝島社、2017年、1200円+税。
posted by 三鷹天狗 at 09:16| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする